親愛なる星「きみ」へ

庵野ゆたか

第1話 彼女は宇宙人

突然だが、宇宙人を見たことはあるか?

十中八九いや絶対に見たことがある人はいないだろう。そんな当たり前が僕にとってはそうでもない。川田由奈かわたゆなは宇宙人である。彼女を説明するには、最も端的で分かりやい。


少し肌寒くなってきた10月上旬。

猛暑であった夏から脱却し、半袖から長袖を衣がえする生徒が増えてきた頃。教室に向かう人並みを見ている。



「おっはよー!」

「げっ!?」

「なんだよ〜。人の顔見るなり嫌そうな反応して」


朝から小学生みたいに元気よく挨拶するのは、僕の幼なじみの坂野薫さかのかおるだ。美しくなびくショートヘアと真ん丸な瞳を持つ薫は学年一の可愛さと明るい性格もあいまって、クラスの男子いわく『常笑じょうしょうの女神』とのこと。そんな美少女と僕みたいな陰キャが一緒にいると面倒なことに巻き込まれるのは容易に想像できる。


「今日なんか反応薄くない?」

「眠たいだけだよ」

「これはゲームのし過ぎで夜更かしとみた!さてはスマートブラウン、略してスマブラをしていたな!?」

「初めて聞いたわそんなゲーム!」


反射的にツッコんでしまい、薫と目が合う。


「やっと私を見てくれた」

「……別にみてねーし」

「私のこと好き?」

「人としては」

「素っ気ないな。私、泣いちゃうよ??」

「………」

「ねぇ、反応してよ。こんなにかわいい乙女が泣きそうなのよ」

「泣きそうに見えないので」

「ひどーい。私と結婚してくれないと本当に泣いちゃう」

「勝手に条件変えないでくれます?」

「だって告白したのに振られたんだもん」


そう、僕は薫に告白された。

およそ2ヶ月前の夏祭りの日。花火が心臓とともに高鳴る中、薫は僕の耳元で愛の言葉を囁いた。少しドキッとした。けれど正直なところ幼なじみには恋愛感情を持っていない。4人に1人ぐらいには分かって欲しい。他にも理由はあるのだが、


キーンコーンカーンコーン


HRを知らせるチャイムが鳴り、各々が席に着きはじめている。薫も僕の前から居なくなった。ここからは退屈な時間が過ぎ、気づけば6時限まで授業が終わり、放課を迎えていた。


特殊なオタクである僕は、放課後は図書室に入り浸っている。芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外などが書いている近代小説オタクである。そのため、ここには僕にとっての宝の山がある。そうだな、今日は夏目漱石の『こころ』を読もうか。もちろん下巻。


図書館は利用者が少なく、読書にはもってこいな環境である。『こころ』があるのは文学コーナーのカ行。本の名前順で置かれているのは、いつになっても慣れない。下の棚から見るとすぐ見つけれた。少し黄ばんでいるが、このくらいの方が味があっていい。


「今日は夏目漱石か」

「!?…川田先輩、居たなら話しかけてよ」

「私ならずっと隣にいたわよ」


心臓が高鳴る。

今僕の隣にいる川田由奈さんは僕の近所に住んでいる1つ上の先輩だ。ちなみにだが、薫の家は僕の隣である。


「あと、先輩呼びやめて欲しい」

「…分かりました、川田さん」

「下の名前で呼んでよね」

「…由奈さん」


由奈さんはいつもこんな感じで、普段から何を考えているのか分からない。本当に、幼い頃から。


「今どきの高校生の間では夏目漱石が流行ってるの?」

「あなたも現役の高校生ですよね!?」

「あー。そっか。そうよね。一応高校生だもんね」


川田由奈には秘密がある。それは───


「だって私、宇宙人だもの」


宇宙人であり、僕の初恋の人だ。

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