負の感情

カオティック組合の受付の近くにある休憩室でジャレッドは座ってある人物を待っていた。


「...来たか」


やってきたのはシトラス。彼はジャレッドの向かいに座る。


「んで、話ってのはなんだ?」


「単刀直入に言う。ゼパルという悪魔に聞き覚えはないか?」


ゼパルという名を耳にした瞬間、ジャレッドの眉がピクリと動く。


「あいつか...あの女たらし野郎の...」


ジャレッドはゼパルのことを知っているようだが女たらしと呟いたあとしばらく黙り込む。


「奴について他に何か知ってることはないか?」


シトラスはそう聞くが、ジャレッド黙り込んだまま何も答えないかと思われたが少しして一息つくとようやく口を開いた。


「俺達悪魔は互いの情報を共有していないんでね。悪いがそれ以上は何も知らねえ」


「...そうか」


「ただ、悪魔は至る所に身を潜めて自分達の領土を広げようとしているぜ」


「何故それを教える?計画をバラしているようなものでは?」


「俺はな、そんなもんに興味ねえ。俺の中じゃ心底どうでもいいことなんだよ」


そう言うとジャレッドは席を立ち去っていった。ジャレッドは外に出ると雨が降っており、顔を顰める。


「まだ止まねえのかよ。もう1週間だぞ」


ジャレッドは止まない雨にうんざりしていた。


「アハハハー!」


「ん?」


上機嫌な笑い声が聞こえるとマインが傘もささずにずぶ濡れになりながら走り回っていた。そこへゼリームが傘を持ってやってくる。


「ちょっと!いくらなんでも傘無しで出て行くことないでしょ!ずぶ濡れで部屋に入られると困るんだけど!?」


「えー?なんで?ヤミくんも傘さしてないよ?」


マインが指差す方をみるとずぶ濡れ状態のヤミロウが歩いていた。


「あーもう!どいつもこいつも!!ヤミロウあんたこの前傘被ってたでしょ!それ使いなさいよ...って臭っ!あんた体洗ってるの!?」


「めんどい」


「めんどいってあんたねえ...ん?」


ヤミロウの身体をよく見てみると、彼の身体からヘドロのような濁った水が垂れ流れており、ヤミロウの通った道が汚れていた。


「ちょっ!何これ!?こんな汚い水垂らしながら歩くんじゃないわよ!!」


ゼリームはヤミロウに注意するが肝心のヤミロウ本人はただ鬱陶しそうにするだけだった。


「……」


ジャレッドはその光景をどこか懐かしんでいるような様子で見ていた。



テンジュウイン財団本部にて、リョウガは機械の上に寝転がり、検査を受けていた。リョウガの中に眠っている属性の謎を解明するために色々と行っているが目立った成果は出ていない。


「どう?テレン、なんか進展あった?」


イフがそう聞くがテレンシアは静かに首を横に振る。


「そう…。テンジュウイン財団の技術をもってしてもここまで分からないなんてね…」


「あぁ、まるで知られて欲しくないみたいだな」


リョウガはそんな話を聞き流しながらゆっくりと起き上がり、自分の手を見る。何もない自分の手を見ているとあの光景が蘇る。属性無しなだけで格下に見られ、蔑まれ、ミスタールーザー敗者の称号を押し付けられて、さらには彼女にすら振られるという散々な扱いに怒りを感じていた。なぜ自分だけがこんなにも無力で生まれたのか、もしかしてそう扱われるためだけに存在しているのか…。


(ふざけるな!)


ドン!!


凄まじい音がし、驚いたイフとテレンシアが音のした方を見ると、リョウガが壁に拳を打ち込んでおり、拳が壁にめり込んでいた。


「リョウガ!何をしている!」


テレンシアに注意され、リョウガは壁から離れる。拳からは血が滲み出ていた。


「ちょっと!怪我してるじゃない!」


イフがリョウガを心配するがリョウガは特に何とも思っていない様子だった。


「すぐにリョウガを医務室へ!」


「はい!」


テレンシアがその場に居合わせた研究員たちに指示を出し、リョウガを医務室へ連れていった。残ったイフとテレンシアはリョウガがめり込ませた壁を見て呆気にとられていた。


「ねえ…最近リョウちゃんなんかおかしくない?前よりかなり気性が荒くなってるっていうか…」


「毎日クラスメイトからの迫害などでストレスがたまっているか、それともジャレッドと契約した影響か…」


「ジャーちゃんと?悪魔との契約で影響があるの?」


「悪魔と契約したものは、負の感情が高まりやすいらしい。そのせいで性格が歪むことがあるそうだ」


「そうなんだ…」


「それにリュウタに少しとはいえ、薬漬けされていたのだ。その後遺症が無意識のうちに出ている可能性もあるかもしれない。あるいはそれら全部…」


「ねえ!なにか…なにか属性無しでも平等に舞台に立てるようなことはないの!?どうして彼がこんな扱いを受けなきゃいけないの!?落ちこぼれがいなきゃいけないの!?ねえ!!」


「急にそんなこと言われても、ほとんど魔法が使えない属性無しでは…ん?」


イフに問い詰められ、テレンシアは答えに迷っているとあることを思いつき、席から立ち上がった。


「あったぞ!一つだけが!あぁ、どうしてこんなことに早く気付かなかったのか!」


「な、何なの?」


「詳細は後だ。忘れてしまわないうちに実行に移さなくては!」


テレンシアはそそくさと部屋から去っていき、イフは慌てて彼女の後を追った。



「リョウガ!お主に特例依頼を受けてもらう!」


「……?」


意味の分からないリョウガは首を傾げるしかなかった。


「依頼内容はこの者の護衛だ」


そう言いテレンシアは写真を取り出し、リョウガに見せた。


「!!」


リョウガは目を見開いた。その写真には金髪のサイドテールにピンクのメッシュが入った人猫の女性が写っていた。リョウガは彼女の事をよく知っていた。


「お主も知っているだろう。この者はテンジュウイン財団のスポンサーでもあり、今最も勢いのあるアイドルグループ『ライブドル』の一人、"にゃすたー"だ」


リョウガは呆気にとられていた。まさかあの有名アイドルグループから直の依頼が来るとは思ってもみなかったからだ。


「詳しい事は現地で話すそうだ。妾は今は少々手が離せないのでな。すまんが一人で行ってきてくれ」


そんなわけでリョウガ一人で行くはめになり、指定された場所にマナンバイカーを走らせた。



場所は変わり、ここはアイドルグループ、ライブドルの事務所。テンジュウイン財団には及ばないものの、それなりに大きな建物だった。


「にゃすたーさん!依頼が受理されました!護衛してくださる方が今向かっているとのことです!」


「ほんと!?」


マネージャーの報告ににゃすたーは目を輝かせる。


「ところでその護衛の人ってどんな人なの?」


「テンジュウイン財団の創設者であるテレンシア様によれば、属性無しの人間とのことです」


「ぞ…属性無し!?」


属性無しと聞いたにゃすたーは目を見開いた。


「なんでそんな人を…?」


「テレンシア様曰く、属性無しではあるものの、実力は悪くはないし、信頼できるとのことです」


「えぇ…」


にゃすたーを安心させようとするマネージャーだが、彼女も内心どうなるのかわからず、不安でいっぱいだった。


コンコン


「にゃすたーさん、護衛の方がいらっしゃいました」


「はい!」


マネージャーが返事をし、ドアを開けるとそこには案内人と一人の少年が立っていた。


「彼がテンジュウイン財団が選別した護衛のナナセ・リョウガさんです」


案内人に紹介されたリョウガが頭を下げた。


「言い忘れていましたが、彼は諸々の事情で口が聞けないみたいなのでそこのところよろしくお願いします」


「はぁ…とりあえず中へどうぞ」


リョウガは中に入り部屋を見渡し、にゃすたーと目が合った。


(やっぱり生で見ると違うなぁ…)


リョウガは目の前に推しのアイドルがいることに感激していた。


(なんかすごい見てる…)


にゃすたーの方は少々困惑していた。


「じゃあ早速本題に入りましょう。どうぞ座ってください」


マネージャーに促され、リョウガは席について話を聞いた。


「まず最初に自己紹介をさせていただきますね。私はライブドルのマネージャーをしています、シオリと申します」


「……」


リョウガは無言で軽く会釈をする。


「それでは早速、今回の依頼内容を説明します」


マネージャーが説明を始めようとしたその時だった。


「待った!ちょっといいかな?」


にゃすたーが話を止めてきた。


「はい?何か問題でもありますか?」


「大ありだよ!何なの?属性無し?ふざけないでよ!そんな奴に守られても嬉しくないわ!悪いけど帰ってくれない?」


「ちょっ!にゃすたーさん!?」


いきなりの事にマネージャーが驚き、リョウガは唖然とするしかなかった。


「そもそもどうして属性無しなんて雇ったの?テンジュウイン財団は落ちこぼれに肩入れしてるの!?」


「そ、それはテレンシア様に選ばれて、それにテンジュウイン財団は落ちこぼれにも平等にチャンスを与えるために……」


「チャンス?属性無しに何が出来るっていうの!?っていうかよく見たらあなたカオティック学園のミスタールーザーじゃない!」


リョウガはなぜそれを!?とでも言いたげに目を見開く。


「カオティック学園は結構有名なのよ。あなたは初心者向けで誰でも勝てるお手軽な相手、ミスタールーザーだって」


「……」


リョウガは何も言い返せなかった。


「まあまあ落ち着いて。リョウガさんは本当に強いんですよ。テレンシア様から聞いた話では、属性無しでありながら、二属性の人をあと一歩まで追い詰めたんですから」


「嘘!?信じられないんだけど!」


マネージャーの言葉を聞いても、にゃすたーはまだ信じようとしなかった。


「それほどテレンシア様は彼を見込んでいるということですよ」


「ふ~ん…」


「ごめんなさい、リョウガさん。彼女は何者かに狙われていて気が参っているんです。本当はこういう事をいう子じゃないんですが…」


マネージャーが謝りながらリョウガに耳打ちをした。


「それでは話を続けていいですか?」


リョウガは頷いてマネージャーに話を続けるよう促した。マネージャーもリョウガの顔色を伺いながら話をつづけた。要約すると、今度、ライブドルのライブ兼、握手会があるのでそれの護衛をしてほしいという。リョウガはそれに頷き、了承した。


「…ねえマネちゃん。ほんとに大丈夫なの?属性無しなんかに護衛が務ま…っ!?」


「……」


にゃすたーが無意識にリョウガの方を見た瞬間、彼女は背筋が震えた。その瞳は殺気を放っており、彼女を睨みつけていた。


「にゃすたーさん、いくらなんでも失礼すぎですよ。ここまで言われたら相手が怒るのも無理ないです」


「…そうね。ごめんなさい、少し言い過ぎたわ」


すると、殺気立っていた目つきが徐々に穏やかになっていった。


「では、日時についてはまた後日改めて連絡しますのでよろしくお願いいたします」


リョウガも軽く会釈をし、事務所を後にした。


(…情けないな、俺も。推し相手にキレかけるなんて)


散々言われたとはいえ、推しに怒りを向けてしまったことを反省したリョウガだったが、彼は気付いていない。感情制御が段々とできなくなってきていることを。

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