第2話 オトンの蘊蓄

大阪のオトンは存在感が薄い

美味しいところは全部オカンに持っていかれるからだ


美味しいところの意味は違うが うちのオトンは料理が上手い

調理師免許も持っている ついでにフグを捌く資格も取った

自分はあまり大食漢ではないのに とにかく他人に食べさせるのが大好きだ

それだけならありがたい性質なのだが 美味しい料理とセットなのがウンチクだ

とにかくウンチクを垂れる

食材のこと 調理法のこと 如何にこの料理が手の込んだものなのか 延々としゃべり散らす

料理の味などわからなくなる


三人兄弟は姉 兄 妹の私

姉と兄は黙々と食事を終えさっさと部屋に引き上げてしまう 必然的に私がオトンのウンチク係だ

「うん うん へー あー ふーん」

相槌のボキャブラリーも尽きてくる

「すごーい おいしーい」などとオトンに愛想しても何の得もないので自然に黙る

「上手いか? 上手いか?」

しつこく尋ねるオトンにめんどくさげにうなづくだけ


流石に可哀想なので友達を呼ぶことにした

夕方家に誘い晩御飯も食べていってと引き留める

友達たちはみんなオトンの料理は初めてなので

「おっちゃんすごーい」「えー こんなん食べたことなーい」と喜んでくれる

若い女の子に褒められてオトンも喜ぶ

一石二鳥だ 学生の頃はその作戦でしょっちゅう友達が家に来ていた


オトンは動物は捌かなかったが ある日知り合いに烏骨鶏のオスを貰った

朝の5時過ぎから大音量で鳴く烏骨鶏をオトンはシメることにした

オカンが家の台所でシメるなら私はこの家を出て行くと啖呵を切ったので庭で捌いた


「おちょん(私の愛称だ)頭持っとけ」

誰も手伝わないのでまた私が担当だ

羽をむしられ ボツボツの鳥肌の首がフニャフニャになった烏骨鶏の頭を目を背けながら持つ

「美味いぞー」

うれしそうなオトン

オカンと姉兄はケダモノを見る様な目で私とオトンが烏骨鶏を食べるのを見ていた 

因みに味は極上の一品だった


ある時は何処からかスッポンを買って来て家に持って帰って来た オトン初の四つ足だったが 発泡スチロールを食い破り 家の何処かへ逃走したスッポンのお陰で我が家は阿鼻叫喚だった

無事オトンが捕まえて首を切られ血を抜かれ手足をバラバラにされたスッポンは鍋になった

オカンは別鍋で炊かれたスープが入った鍋の蓋を絶対に開けなかった

「これ食うてみぃ」

オトンが私の皿に謎の身を掘り込む

無言で食べると

「美味いか?それキ◯タマやぞー 希少部位や」

とうれしそうにセクハラしてくる

因みに味は至極の一品だった


就職して働き出すと私は毎晩呑んだくれた

次の日仕事でもお構いなしに午前様だ

初めはガミガミ叱っていたオカンも最早諦めて毎晩裏口の鍵を閉めず電気も付けっぱなしにしてくれていた

オトンは「いい加減にせえよ!」と口では怒りながら「今日のイカは美味いぞー めっちゃ新鮮やぞー」食べ物で釣ろうと毎日誘って来た


ある日の夕食でオトンのウンチクにいい加減ムカついて喧嘩になった

散々言い合って私は泣きながら部屋に閉じこもった

オトンが来ても返事もしなかった


次の日 例によって呑みに行った

オトンのウンチク付きの晩御飯を食べるのが嫌で 遅くまで呑み倒した挙句終電の電車に乗った


電車の横揺れに気持ち良くなって気がつくと知らない駅だった ドアが閉まる

ヤバッ ここ何処や

慌てて窓にへばり付く

一旦次の駅で降りよう 駅に着いてもドアが開かない 何故だ!?何故開かん!!

冬だったので暖房が逃げないように ボタンを押さないと開かないシステムだった

自分の降りる駅ではそんなことした事がない

エラい田舎まで来てもーた……

降車のボタンを連打しながら私は焦った

駅名を見ても私の知らない駅だった


次の日岡山に出張予定だった私は 何としても家に帰らなければならない 携帯電話は電池切れ

駅の公衆電話で家の番号を押す

3回掛けて3回とも同じ人に間違い電話を掛けた

最後は「そうですよね 間違ってますよね ホンマにホンマにごめんなさい」と泣きながら謝った 相手の人も呆れながら「いいえ がんばって下さい」とエールをくれた

市外局番を間違えていたことにようやく気がついて今度は慎重にボタンを押した


オトンが出た 事情を説明すると

「とりあえずタクシーで次の〇〇駅まで行け 着いたら駅から出るなよ 明るいとこで待っとけ」

オトンに言われたとおり駅のロータリーに止まっていたタクシーで〇〇駅まで行く

駅のコンコースで半時間ぐらい待っていると兄がやって来た

「何してんねん お前 アホか」

叱られる すいませんと兄について行くと家のワゴンに家族全員 飼い犬のハナコまで乗っていた


「お腹空いてるやろと思て持って来てん」

オカンがタッパーに入ったいなり寿司を差し出す

ちょーだいと姉も兄も手を出す

夜中の遠足みたいな状態で家まで車で帰った

途中 窓から道路を見つめていたハナコがゲロを吐き私はもらいゲロして車内が阿鼻叫喚となった


家に着くとオトンに

「ありがとう ごめんなさい」

と言うと

「これでおあいこな」とオトンがテヘヘと笑った 


「呑んだくれて寝過ごして……こんな娘やったらおらん方がマシやな……」

私がヤサグレて呟くと オトンは

「阿呆を見ぃ言うたら自分の親を見たらエエ どんな子ぉでも我がの子ぉが一番可愛い」

と笑った



オトンのお葬式には信じられないほど人が来た

パチンコ屋の開店初日並みの人混みだった


何故かみんな食べ物持参で オトンの足元は豆腐やら刺身やら押し寿司やら生前オトンが好きで良くみんなに食べさせていた食べ物で溢れかえった

葬儀屋さんに「もうこれ以上は……」と止められる頃には食材の山が出来ていた


兄は年々オトンに似てくる 顔も声も足の形までそっくりだ

私は会社の飲み会などで鍋が出るたび お玉片手に菜箸を振り回して鍋奉行してしまう

そしてあんなにウザがっていたウンチクを垂れている


そうオトンは今でも家族と共にいた


「まだ 肉入れんの早いからッ!!」

同僚の箸を菜箸で押さえつけながら今日も自分の中のオトンと一緒に食事を楽しんでいる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る