聞きたいこと

「分かった。一緒に行こう」


 『昨日の一件とは違う』と示すように同行を快諾すると、マーサは嬉しそうに頷いた。

かと思えば、私の手を取り、立ち上がる。

満足そうに微笑むマーサを前に、私はゆっくりと歩き出した。

繋いだ手を引っ張りながら、執務室への最短ルートを通る。

されるがままのマーサは時折笑みを漏らして、私の様子を見守っていた。

そして、ついに────執務室の前まで辿り着く。

黒塗りの大きな扉を前に、マーサはそっと手を離した。


「私のワガママを叶えてくださり、ありがとうございました。ここから先は、奥様一人でどうぞ」


 『邪魔はしません』とでも言うように、マーサは壁際へ移動した。

『行ってらっしゃいませ』と見送ってくれる彼女に一つ頷き、私は前を向く。

と同時に、部屋の扉をノックした。


「カーティス、私。ちょっと聞きたいことがあって、来た」


「おや?珍しいお客さんだね。入っておいで」


 扉の向こうから聞こえるカーティスの声に促され、私はドアノブに手を掛ける。

丸い形のソレをクルリと回し、扉を開けた私は中へ入った。


「いらっしゃい、ティターニア。今、紅茶を準備するから適当な場所に座ってて」


「分かった」


 カーティスの指示に従い、ソファへ腰を下ろす私は何の気なしに室内を見回した。


「あれ?今日はクロウ、居ないの?」


「ああ、ちょっと用事を頼んであるんだ。昼頃には、帰ってくるよ」


 二人分のティーカップとクッキーをトレイに乗せてやってきたカーティスは、向かい側の席に座る。

そして、テーブルの上にトレイを置くと、慣れた様子で持ってきたものを並べた。

当たり前のようにもてなしてくれるカーティスにお礼を言い、私は紅茶に口をつける。

味はいつも飲んでいるものと大して変わらないが、なんだかとても温かい気持ちになった。

────と、ここでカーティスが口を開く。


「それで、聞きたいことって一体なんだい?」


 『僕の知っていることなら何でも答えるよ』と申し出るカーティスは、穏やかに微笑んだ。

話しやすい空気を作り出す彼の前で、私はティーカップをソーサーに戻す。


「生まれた直後の吸血鬼ヴァンパイアについて、聞きたいの。マーサからある程度説明は受けているけど、もっと詳しく聞きたくて。世界の意志に突き動かされている時の吸血鬼ヴァンパイアって、どんな感じなの?」


 『率直な感想が聞きたい』と言い、私は黄金の瞳をじっと見つめ返した。

好奇心を前面に出す私に対し、カーティスは困ったような……気まずそうな表情を浮かべる。

先程までの饒舌が嘘のように言葉を詰まらせ、そっと俯いた。


 あれ?聞いちゃいけないことだったかな?

それとも、当時の状況を上手く言葉に出来なくて悩んでいるとか?


 『自分の気持ちや状態を説明するのは難しいよね』と共感する中、カーティスはふと顔を上げる。

考えがまとまったのか真っ直ぐにこちらを見据え、口を開いた。


「これはあくまで僕の場合だけど、生まれた直後の意識は酷く曖昧だったよ。自分の言動や周りの状況はちゃんと分かるんだけど、心ここに在らずというか……思考と感情が完全に凍りついていて、何も感じないんだ」


 『夢見心地に近い感覚かも』説明するカーティスに、私は相槌を打つ。


「ふ〜ん?じゃあ、自我が芽生えたときはどんな感じだったの?」


 『状況とかも詳しく教えて』と深掘りする私は、クッキーに手を伸ばした。

極普通のバタークッキーを頬張る私の前で、カーティスは表情を曇らせる。

悩ましげに眉を顰めながらティーカップに両手を添え、そっと目を伏せた。


「それは……」


 暗い声色で言葉を紡ぐカーティスは、またしても返答を躊躇う。

先程より強く感じる彼の苦悩に、私は『ふむ……』と一人考え込んだ。


 カーティスのことを理解するために、まずは吸血鬼ヴァンパイアについて知ろうと思ったけど……知らないままの方がいいのかもしれない。

だって────カーティスの苦しむ姿は、見たくないから。


「言いたくないなら、言わなくていいよ」


 『無理して答える必要はない』と言い聞かせ、私は紅茶を一気に飲み干した。

空になったティーカップをソーサーの上に戻し、ソファから降りる。


「紅茶とクッキー、ご馳走様。あと、お話もありがとう」


 『参考になった』とだけ言い、私は出入り口へ足を向けた。

と同時に─────カーティスが席を立った。


「待ってくれ……!ちゃんと話をさせて欲しい!」


 そう言って、引き止めるカーティスは私の前に回り込む。

何かを決意したような真剣な面持ちでこちらを見据え、跪いた。


「変に気を遣わせてしまって、すまない。これは聞いていてあまり気分のいい話じゃないから、話すのを躊躇ってしまった。でも、ティターニアさえよければ、自我が芽生えた時の話を……いや、僕の過去・・を聞いて欲しい」


 自ら話す範囲を広げたカーティスは、そっと私の反応を窺う。

『どうだろうか……?』と視線で弱々しく尋ねてくる彼に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。


「私が聞いていいの?」


「ああ、もちろん。一応、ティターニアにも関係のある話だからね」


「私にも……?」


「あぁ、血の盟約を交わすに至った経緯もまとめて話そうと思っているから」


 『嫌ならやめるけど……』と零しつつ、カーティスはじっとこちらを見つめる。

不安が滲む黄金の瞳を前に、私はクルリと身を翻した。

先程座っていたソファに戻り腰を下ろすと、自分の隣を手で叩く。


「カーティスの話、聞きたい」


 遠慮や謙虚といった言葉など知らない私は、『早く早く』とカーティスを急かす。

本人の合意さえ得られれば、何でも知りたいと思っているため、ここぞとばかりに好奇心を振りかざした。

キラキラと目を輝かせる私の前で、カーティスは小さく笑う。

『雰囲気ぶち壊しだよ』とでも言うように。


「分かった。直ぐに行くよ」


 おもむろに立ち上がったカーティスは、先程より明るい表情でそう言う。

そして、足早にこちらへやって来ると、私の隣に腰を下ろした。

と同時に、長い足を組む。


「さて、どこから話そうか」


「最初から順番に。マーサはいつも、そうしてるよ」


「ふふっ。じゃあ、時系列に沿う形で話していこうか」


 『そっちの方が分かりやすいだろうし』と零し、カーティスはスッと目を細めた。

かと思えば、ふと天井を見上げる。

昔のことを思い出しているのか、カーティスの表情は憂いげで……でも、どこか険しかった。


「まず、前提として────僕は暗黒時代を終わらせるために生まれた、吸血鬼ヴァンパイアなんだ」

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