第20話

目を開けたつもりだったのに、部屋が真っ暗で、起きているのかどうか、どこにいるのかすらわからなかった。

クッションに丸くなって寝ていたせいで、体が痛いし、顔の下の布が冷たくて不快だった。

ゆっくり体を起こして、のそのそと電気をつけた。カーテンが少し開いていて、ガラスに映る自分の顔に驚く。瞼は当たり前に腫れていたけど、他も好き放題浮腫んでいた。

なんかこの世の終わりみたいだなと思って、まぁ、その通りだなと思った。

春馬くんがいない世界は終わってる。

春馬くんがいない未来が1ミリも想像できなかった。

私は、春馬くんの大丈夫がないと、何もできなくて、どうして、

春馬くんの病気、気づけなかったのかな。

私の病気には気づいてくれたのに。

また涙が出る、泣くしかできないのか私は。

ふと、携帯が光っていることに気づいた。

カゴのそばに寄って、画面を覗くとお母さんからの着信だった。

「もしもし?奈央ちゃん?」

「うん。」

「大丈夫?」

「うん。」

「あのね、明日なんだけど、担当さんがくるから駅のところのケーキ屋さん、わかる?ラヴェリテ。そこでクッキーを買ってから来て欲しいなって思ってて。」

「うん。」

「5種類くらい買ってくれる?奈央ちゃんの好きなチョコとナッツのも入れていいからね。」

「うん。ありがとう。」

「領収書忘れないでね。」

「大丈夫。」

「じゃああったかくして寝なさいね。おやすみ。」

「おやすみ。」

電話を切ると、やけに部屋が静かに感じた。

お母さんからの電話で明日の私に生きる意味ができた。

クッキーを買って実家に持っていく。

そんな小学生でも出来るようなことなのに、それだけなのに、今の私には必要だった。花の水やりとか、忘れ物とりにもどるとか、そう言うの。

明日、朝が来たら起きて、カーテンを開けて、顔を洗って、歯を磨いて。

それから、着替えをして、外に出れるくらいにはメイクもして、ケーキ屋さんでクッキーを買って、お母さんに届ける。大丈夫、大丈夫。


ベッドに入って、少しだけ春馬くんの寝ていた方に寄る。

前に一緒に食べたことあるクッキー覚えてる?私と春馬くんはお菓子の好みはあんまり合わないから、どうかなって思ったけど、美味しいねって言ってたよね?

明日そこに行くんだよ。お土産買ってくるからね。

おやすみ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る