SWEET 3人台本(男2、女1)
サイ
第1話
ジャック(m):もう、こんな日記を書いたって仕方がないのだろう。
ジャック(m):私がどんなに願っても、彼女とは結ばれないのだから。
ジャック(m):でも、忘れられない。
ジャック(m):きっとこれを読んでも、君の心は溶けださない。
ジャック(m):いや、
ジャック(m):溶ける必要はない。
ジャック(m):ただ、叶うならもう一度、
ジャック(m):あの甘美な時間を。
デニス:ト、トイチだぁ…?!んなの無茶苦茶だ!!
ジャック:無理なら結構。私は返せる人にしか金を貸すつもりはないのでね。
デニス:や、やめだやめだ!他所(よそ)で借りる!
ジャック:ほう、ではどうぞ。お帰りはあちらだ。
デニス:(ぶつぶつ言いながら帰り支度をし始める)
ジャック:まぁそんな高額、いっぺんに貸してくれるやつはいないだろうがね。
デニス:ぐ…。
ジャック:なんだ、離婚の慰謝料だったか。大変だな、全部アンタが撒いた種だが。まさかあんな美人妻を放って置いておいて不倫とはね。
ジャック:しかし、帰るということは、きっと貸してくれるアテはあるのだろうね。まさか再度帰ってきて「やっぱり貸してください」なんて言いに来たりしまい。
デニス:…………!
ジャック:失礼、独り言が大きすぎたようだ。気にしないでくれたまえ。
デニス:……貸してくれ。ここで。
ジャック:そうか。では契約書にサインを。
デニス:くそ……ほら、これでいいだろう。
ジャック:…デニス・アンダーソン。ふむ、たしかに。隣の部屋で部下が待っている。
デニス:くそ…さっさと別れておくんだった…(ぶつぶつ言いながら退室)。
マーク:お客様、お帰りになられました。
ジャック:そうか。
マーク:しかし、トイチ…身なりからして金はありそうな雰囲気でしたが、10日で1割の利率とは…儲かりますね。
ジャック:どうせ大金を持っていたって愛人に使うだけだ。
マーク:奥さん的には、ざまあってところでしょうか。
ジャック:アイツの嫁がどう思おうが知ったことか。ただ気に入らなかったから、ふっかけただけだ。
マーク:金さえ払えば何してもいいって感じがしましたからね…いやぁ、ああはなりたくない。
マーク:…しかしあなたは、収入を何に使っているので?特別いい服を買っているわけでも、高級車を持っているわけでもない。
ジャック:…贅沢が苦手なだけだ。仕事しろ。
マーク:…はーい。
ー1ヶ月後ー
マーク:結局、取り立てに伺うことになるんですね…。しかし、借金をしている身でありながら高級レストランとは。こりゃ借金に借金を重ねて首が回らなくなる未来が見えますね。
ジャック:その前に返してもらう。何がなんでもだ。
マーク:ええと、100万貸してトイチだから…133万ぐらいですかね。おっかないですねぇ。
用心棒:ホント、おっかねえなァ。てめぇら(ゆっくり銃をぬいて)、何するつもりだ?
マーク:!!下がって!!
(発砲。マークの腕をかすめる)
マーク:…ッ!!!
用心棒:ちっ、腕かよ…。まぁいい、次は頭に一発くれてやる。てめェらが死んだら借金はチャラだ!
マーク:下がりましょう!!分が悪い!!
ジャック:くそッ…!!
マーク:(走りながら)用心棒まで雇いますか…?!どれだけ返したくないんですか…!
(逃げた先に女が1人立っている)
マーク:そこのひと!危ないですよ!早く逃げて!!
(女は反対方向へ走る)
ジャック:おい……!!
用心棒:なんだァ?蜂の巣にされたいのか女ァ!!
レイ:これでもどうぞ…!
(ナイフを銃に向かって投げる)
用心棒:あぁ?ナイフは投げるもんじゃねぇ、こんなんで銃撃を止められるとでも…
レイ:(かぶせて)そう。ナイフは斬りつけるものよ。
(一瞬で距離を詰めてもう一本のナイフで用心棒の首を切り裂く)
用心棒:……!!(呻いて倒れる)
レイ:この距離なら、銃よりナイフのが確実よ。
マーク:……お知り合いですか?
ジャック:……いいや。
(おそるおそるレイに近づく)
マーク:あの……危ない所でした。ありがとうございます。
レイ:助けたわけじゃない。私は私の仕事を全うするだけ。
ジャック:……仕事。
レイ:あなたたちがお金を貸したやつの元妻から、そいつを殺すように依頼された。
マーク:奥さんが…。相当恨みが強いというか…なんというか…。
マーク:しかし、よく私たちがその金貸しだってわかりましたね。
レイ:元妻から写真や資料をもらっていたわ。莫大な金額の慰謝料を提示して借金地獄にして、借金で首が回らなくなって社会的に抹殺されて絶望しているときに、殺してほしいそうよ。
マーク:あーなるほど、奥さんの手のひらの上で転がされてるわけですね、旦那さん…。
ジャック:待て。
ジャック:デニスを殺すのか?じゃあ、あいつに貸した金はどうなる。
レイ:…返すかしら。借金してでも虚勢をはるような男よ。多方から借りまくって首が回らなくなることは目に見えてると思うけど。
ジャック:うちのだけでも払ってもらう。
レイ:そう…。私はあいつが殺せればいいわ。きっちり払ってもらってからでも遅くない。
マーク:奥さんの方は大丈夫なんでしょうか…。
レイ:より苦しんで死んでくれるなら、むしろ本望でしょうよ。
マーク:あぁ…なるほど…?
レイ:そういうことなら、私は帰るわ。どうせ、用心棒が出てきた時点で彼はもうどこかへ逃げているでしょう。それじゃあ。
マーク:…行っちゃった。
マーク:騒ぎになる前に、私達も退散しましょうか。
ジャック:そうだな。
マーク:はぁ……、あれから1ヶ月経ちましたけど、全然動向がつかめませんね。こんなに探しているのに…。
ジャック:クソ…どこに逃げやがったんだ。
レイ:遠い地へ逃げたか、のたれ死んだんじゃない?
ジャック:こうも情報がないとは……(深いため息)
マーク:…あの、すみません。
マーク:あなたはどうして、ここの従業員かのようにしれっといらっしゃるのでしょうか…。
レイ:あなたたちのせいで標的がビビって逃げ出したのよ。仕方ないじゃない。
マーク:銃持ってる相手にナイフで立ち向かい瞬殺するほうがよっぽどビビりますよ。
ジャック:デニスの動向がわからない以上、どうしようもないんだ。今は猫の手も借りたいところだろう。
マーク:猫っていうか、ドーベルマンじゃないですかね…いつでも首噛みちぎられそうなんですけど。
マーク:しかし、1ヶ月も消息不明となると…ちょっと不安になりますよね。あぁ、頭痛くなってきた…。
マーク:お二人、ちょっと休みましょうよ。レイさん、コーヒー飲めますか?お砂糖とミルクは必要ですか?
レイ:ありがとう。ミルクだけ入れてくれる?
マーク:わかりました、ではそのように。
(静かな部屋にキーボードの音が響く。)
(レイとジャックはモニターにかじりつきながら探している)
ジャック:…………。
レイ:…………。
(給湯室から二人の様子をじっと見ている)
マーク:(m)なんなんだろう、あの2人…。
マーク:(m)何がどうとは言えないけど…なんか似てる気がする…。実はお似合いだったりするのかな。
マーク:(m)……まさかねぇ。
マーク:(m)しかし…本当に一言も交わさないな、あの人達…。あの中に入るの勇気いるなぁ…。
マーク:(m)今なら猛獣の檻(おり)に餌を持って入っていく飼育員の気持ちがわかる気がする…いや飼育員なんておこがましいけど。
ジャック:…………。
レイ:…………。
マーク:…コーヒー、入りましたよー。
ジャック:(同時に)そこに置いてくれ。
レイ:(同時に)そこに置いておいて。
マーク:あ、はーい……。
ジャック:…………。
レイ:…………。
マーク:…ちょっと外回りに行ってきますね。
(…ガチャン)
ジャック:…………。
レイ:…………。
レイ:……あ。
ジャック:なんだ。
レイ:3週間後、大きいパーティがあるみたい。
ジャック:デニスも参加するのか。
レイ:まだそこまではわからないわ。でも、いてもおかしくないと思う。
ジャック:3週間後…そのパーティの主催の近辺を探ってみるか。
レイ:そうね。調べてみる。
(1週間後)
マーク:主催者のSNSで見る限り、やっぱりパーティへ参加する予定みたいですね。
レイ:ええ。狙うならここしかないわ。
ジャック:耳揃えてしっかり返してもらわないとな。
マーク:それで…パーティについて、いろいろ調べたんですが、ちょっと…気になる点があって…。
ジャック:なんだ。不安要素は早めに取り除いた方がいい。言ってみろ。
マーク:いやその…このパーティって…カップル限定らしくて…
マーク:デニスは既に愛人を作っていて、その人と参加するようなのですが…
マーク:忍び込む以上、こちらもカップルのフリをしなくちゃいけない…と…
ジャック:……!!
レイ:わかったわ。パーティへは私とジャックで行く。カップルのフリをして忍び込めばいいのね。
マーク:え、いいんですか。
レイ:仕事だから。
マーク:そんな淡々と…わ、わかりました。お願いしますね。
レイ:ええ。それじゃ。
(コツコツとヒールを鳴らしてレイが立ち去る)
マーク:…大丈夫なんですか。
ジャック:何がだ。
マーク:何がって…カップルですよ、カップル。
ジャック:それがどうした。
マーク:いや…いたことあるんですか?その…愛人とか。
ジャック:ほう。お前は、私が四十余年(しじゅうよねん)愛人などいたことがない、女ひでりだとでも?
マーク:いえいえそんな…!今度こそ、借金返してもらいましょうねぇ…。
(パーティ会場)
ジャック:さて、ここか。
ジャック:……レイ。
レイ:何かしら。
ジャック:いや…何でもない。パーティに参加しながらさりげなく探していこう。
レイ:そうね。ところであなた、今日はずいぶんと目が泳いでるようだけど。
ジャック:デニスを探しているだけだ。
レイ:そう。だったら、
ジャック:…なんだ。
レイ:エスコートしていただけるかしら、「旦那様」。
ジャック:……っ!……これでいいか。
レイ:…ありがとう。
マーク:さて、パーティ参加者のSNSをいくつか補足したから、掲載された投稿や写真から、デニスの位置を探してみようかな…。
マーク:おや、ここに写り込んでいるのは…2人で腕組んじゃって…。やっぱりお似合いなのかもしれないなぁ。
マーク:しかし、肝心な人間の姿がなかなか見えないな…どこだろう。
マーク:こっちのアカウントは写ってないな。こっちは…っと。
マーク:お!これじゃないか?投稿されたのは10分前…ちょっと前だけど、服装がわかったし、探しやすいかも…!これは早速連絡しないと…
(着信音)
マーク:おや、情報屋から電話…なんだ?
マーク:もしもし。ああそう、今標的の服装を割り出せたから…え、レイのこと?いや、詳しくは知らないな…。
マーク:え、あの人が?いや…そんなまさか…。まぁ、警戒はしておくよ。ありがとう。それじゃあ。
ジャック:…しかし、こんなに人が多いと、探すのも大変だな。けっこう歩き回ったと思うのだが。
レイ:そうね…ちょっと風に当たってきてもいいかしら。
ジャック:ああ、すこしバルコニーに出てくるといい。
(レイはバルコニーの手すりにもたれかかる)
レイ:ふう…。
レイ:……もしもし?…いいえ、まだよ。ええ、今度こそ仕留めるわ。
レイ:……じゃあ、また今度。
ジャック:大丈夫か。付き合いとはいえ、飲みすぎたんじゃないか。
レイ:そうね、普段はあまり飲まないから…。
ジャック:水をもらってきた。少し飲んだらどうだ。
レイ:ありがとう。(静かに口を潤して、息をつく。)
ジャック:少し休んでからまた探そう。パーティが終わるまで、まだ時間はあるからな。
レイ:ええ、そうね…。
ジャック:……レイ。
レイ:何かしら。
ジャック:今日は、綺麗だな。
レイ:…どういうことかしら。
ジャック:…月だ。もうすぐ満月になるだろう。
レイ:…そうね。月がよく見える。雲も少なくて、月の光がよく届く。
ジャック:…ドビュッシーとベートーヴェン、どっちが好きだ?
レイ:「月の光」と「月光」のこと?…そうね、ベートーヴェンの「月光」かしら。第一楽章も好きだけど、今の気分的には第三楽章の方があっているかも。
ジャック:荒々しいな。
レイ:また殺し合いになるかもしれないのよ。
ジャック:そうだな。
ジャック:……レイ。
ジャック:綺麗だな。
レイ:そうね、星も綺麗だわ。
ジャック:君も、綺麗だ。
ジャック:月や星々と並ぶほどに。
レイ:…水ならまだ少し残っているわよ。飲む?
ジャック:ああ…。(グラス半分くらいの水を一気に飲み干す)
ジャック:……。
レイ:……。
レイ:そろそろ行きましょうか。
ジャック:ああ…そうだな。
レイ:どこへ行ったのかしら……あっ
ジャック:どうした
レイ:(小声)警察がいる。護衛を殺したことで警戒しているのかしら。
ジャック:(小声)まずいな…私はあいつに顔を知られている。殺しが私たちの仕業だと思っているとしたら…警察に出くわすのだけは避けたい。
レイ:(小声)それは私も…でもここバルコニーよ、逃げようにもここからじゃ高すぎて…
ジャック:……ッ!こっちに来てくれ。
レイ:え、なっ……?!
(ジャックはレイの手を引き、抱き寄せて口付ける。)
レイ:…………!!
ジャック:(小声)いいから、しばらくこうしていよう。
(無理にリップ音を入れる必要はありませんが警察をやり過ごすまでキスし続けてください)
レイ:…………。
ジャック:…………。
レイ:…………。
ジャック:…………。
ジャック:……行ったか。
レイ:…え、ええ…そうみたいね。
ジャック:あまり悠長にしていられないな。早く見つけ出すぞ。
レイ:そ、そうね。
(着信音)
ジャック:ん…マークからだ。そっちはどうだ。
マーク:はい、先ほどSNSで、デニスが写り込んだ写真を発見しました。紺色の背広を着ていて、ベストのボタンホールに懐中時計のチェーンのようなものが通してあるように見えます。ネクタイはえんじ色です。
ジャック:なるほど、それだけでもわかればありがたい。
マーク:いえいえ…それと……。
ジャック:なんだ?
マーク:いや、いいです。帰ったら、またお話しします。お時間いただけますか。
ジャック:ああ、構わない。じゃあ。
レイ:…何か特徴は掴めた?
ジャック:ああ。紺色の背広でスリーピース。えんじ色のネクタイ。ベストには懐中時計がついているようだ。
レイ:そう。地味だけど、そこまでわかればけっこう絞り込めそうね。
ジャック:そうだな。……ん?あれじゃないか…?
レイ:遠目だから確実ではないけど…確認してみる価値はあるわね。行ってみましょう。
(移動する)
ジャック:…間違いない、あいつだ。
レイ:どうするつもりなの?
ジャック:裏へ連れ出して直接話す。金さえ返してもらえれば、あとはお前の好きにしたらいい。
レイ:…わかったわ。
ジャック:レイ。
レイ:なに?
ジャック:私は酒には強い方だ。
レイ:…そう。
レイ:聞かなかったことにするわ。
デニス:いやー飲んだ飲んだ…。すっかり酔っちまったな。うん?なんだ、SNSでメッセージが…。
デニス:え、アンちゃんも来てるのか?!そりゃあ、挨拶に行かないとなぁ…?
デニス:えーっと、庭のガゼボの近くで待っています、か…。さすがアンちゃん、待つ場所も可愛い…!待っててねぇアンちゃん…!!
(鼻歌を歌いながらデニスはガゼボに近づく)
デニス:このあたりか。アンちゃーん?来たよー?
ジャック:お前なぁ。いったい何人愛人こさえているんだ。
デニス:お前…!!アンちゃんはどうした!!
ジャック:悪いな、あれはフェイクだ。
デニス:は…?!アンちゃんのSNSを乗っ取ったのか?いくら取り立てのためとはいえやりすぎじゃないのか!!
ジャック:いいや。
ジャック:そんな女はいない。
デニス:…は?
ジャック:架空の人物だ。
デニス:い…いやだって、写真送られてきてたし、
ジャック:最近のAI技術はすごいな。
デニス:メッセージも来てたし、
ジャック:部下が書いたからな。
デニス:俺のこと、かっこいいって…。
ジャック:男に言い寄られる気分はどうだ?
デニス:なっ……
デニス:何がしたいんだよお前!!!!
ジャック:貸した金を返せ。それだけだ。
デニス:む…無理に決まってるだろ!!とっくに借金しまくって火の車なんだよ!!
ジャック:だったらこんなところに来てないで働け。私はお前が返すまで追い続ける。お前が死んでも追い続ける。死んだら墓を売ってでも返してもらう。
デニス:どうかしてる…どうかしてるよお前!!
ジャック:どうかしているのはお前だ。返せないなら借りるな。
デニス:だって…金を使うって気持ちいいじゃないか…。それに…
デニス:金があればモテるし…。
デニス:金があれば可愛い女の子は無条件に振り向く。チヤホヤしてくれる。ジェーンは金の尊さをわかっていないんだ…。
レイ:ホント、あなたには呆れて何も言えないわ。
デニス:なんだアンタ…。
レイ:ジャック、そのジェーンから言伝(ことづて)を預かってきたわ。
レイ:「そこにいる元夫の借金は全額私がお返しします。なのでーー」
レイ:「早くそいつをこの世から消してください。」
デニス:なっ…ちょ…ちょっと…待ってくれ……。
レイ:まだ何か?
デニス:い…命だけは…勘弁してくれ…浮気したのは反省してる…謝る、誠心誠意謝るから…。
ジャック:他の女にうつつを抜かしていたのにか。
デニス:ほんと…これからは心を入れ替えるから…許してくれ…金もちゃんと返す、ちゃんと働く、働くからぁ…。
デニス:頼む…頼むよぉ…生きて詫びさせてくれ…。
ジャック:……。
ジャック:どうする、レイ。
レイ:そうね……。
(レイはデニスにゆっくり近づく)
デニス:ひっ……!
レイ:金で汚れた人間は醜いものね。
レイ:この汚れはそう簡単に洗い落とせるものじゃないわ。
レイ:東の国では、地獄へ行くときに、川を渡ると伝えられているそうよ。
レイ:試しにその川で洗ってみてはどうかしら…?
(レイはデニスの首をナイフで切る)
デニス:…………っ!!
ジャック:……死んだか。
レイ:早く帰りましょう。お風呂に入りたいわ。
ジャック:ああ。
マーク:いやぁ、お疲れ様でした!
マーク:無事、お金も返ってきましたし、一件落着ですね!
ジャック:マーク、いきなりで申し訳ないが、少し席を外してほしい。
マーク:え?…えぇ、わかりました。
マーク:それが終わったら、お時間いただいてもよろしいですか?
ジャック:ああ、そういえばそんなことを言っていたな。先にお前の話から聞くか。
マーク:いいえ、構いませんよ。あとでゆっくりお時間をいただきますので。
ジャック:すまないな。じゃあ、あとで。
マーク:ええ、失礼します。
(マークが退室する)
ジャック:…さて。
ジャック:……レイ。話がある。
ジャック:まずは、取り立てに協力してくれて感謝する。私たちだけでは取り立ては成功しなかっただろう。
レイ:奥さんが返済に応じてくれてよかったわ。
レイ:それに、私は私の仕事をこなしただけ。標的を始末することができた。それだけで十分。
ジャック:……レイ。
レイ:何かしら。
ジャック:あれから、キミのことばかりを考えていた。
レイ:…奇遇ね、私もあなたのことをずっと考えていたわ。
ジャック:……!
レイ:…昔から、ずっと。
ジャック:…昔?
ジャック:どういうことだ。
レイ:そう、本当に気づいていないのね。
レイ:私達、前にも会ってるのよ。
ジャック:…悪い、覚えていない。
レイ:ええ、そうでしょうね。あなたにとって客って、そういうものなのでしょうから。
レイ:ジーナ・ロバーツ。聞き覚えは?
ジャック:……。
レイ:彼女は、それはそれは真面目な人だった。夫が事業に失敗して自殺、当然保険なんか下(お)りず、残ったのは多額の借金と一人娘。
レイ:仕事は掛け持ちして、日夜働いていた。
レイ:それだけでは足りず、方々から借金もしていた。
レイ:借金を借金で返す生活、当然マトモなひとはもう金を貸したがらない。
ジャック:うちにも、来ていたと。
レイ:仕事に追われても、借金とりに追われても、彼女は諦めなかった。一人娘のために。
レイ:……夫が亡くなってから数年後、ある人物が借金返済の催促にやってくる。
レイ:彼はドアを蹴破り、
レイ:室内へ侵入する。
レイ:ジーナは懇願する。
レイ:「もう少しだけ、待ってください」と。
レイ:彼は冷たく吐き捨てる。
レイ:「もう待てない」
レイ:彼は数ある戸棚を全て開け放ち、
レイ:少しでも金になりそうなものを部下に回収させた。
レイ:それを見たジーナは焦った。
レイ:「その棚だけは、見逃してください」
レイ:そこにあったのは、愛する夫が大切にしていた懐中時計。
レイ:2人は揉み合いになり、
レイ:振り払われたジーナは、
レイ:後頭部を棚に強く打ちつけた。
レイ:それを物陰から見ていた娘は、どう思ったでしょうね。
ジャック:……レイチェル・ロバーツ。
レイ:あなたは、私を見て、黙って出て行った。
ジャック:……ジーナは。
レイ:……「大丈夫、大丈夫」と言って、頭にタオルを押し当てて、
レイ:よろめきながら部屋をととのえて、
レイ:最後に、床に落ちた借用書を拾おうとして、そのまま倒れて、
レイ:死んでいったわ。
レイ:…私は、母をあんなズタボロにした父を許せない。
レイ:父は決して悪い人ではなかった、優しくて、家族思いで、
レイ:でも借金が父を狂わせた。
レイ:狂った父は怖かった。
レイ:死んだときは安心したけれど、父の死はまだ、不幸の始まりだったんだわ。
レイ:父のことも許せないけど、それ以上に…許せない人がいる。
ジャック:ジーナ・ロバーツ、レイチェル・ロバーツ、クリス・ロバーツ……。
レイ:私、あの頃の私と約束したの。
レイ:父と母をこんなにしたやつを、殺してやるって。
ジャック:…………。
マーク:(遠くから)ジャック、お話し中すみません、お電話が来ております!
レイ:次、あなたと会ったときが最期よ。じゃあ。
(レイが窓から飛び降りる)
マーク:すみません、お取り込み中なのはわかっているんですけど、お急ぎらしくて…あれ?レイさんは?
ジャック:…いや、いいんだ。電話だな。今すぐに行く。
ジャック(m):もう、こんな日記を書いたって仕方がないのだろう。
ジャック(m):私がどんなに願っても、彼女とは結ばれないのだから。
ジャック(m):でも、忘れられない。
ジャック(m):きっとこれを読んでも、君の心は溶けださない。
ジャック(m):いや、
ジャック(m):溶ける必要はない。
ジャック(m):ただ、叶うならもう一度、
ジャック(m):あの甘美な時間を。
ジャック:(息をつく)
ジャック:来たのか。
レイ:…いい夜ね、ジャック。
ジャック:ああ、今日も、綺麗だ。
ジャック:…少しだけ、話がしたい。
レイ:何を言われても、私の心は変わらないわよ。
ジャック:構わない。少しだけ、時間をもらえないか。
レイ:…どうぞ。
ジャック:…今さら、許してくれなんて言うつもりはない。
ジャック:しかし、君の家族のことは、申し訳ないことをしたと思っている。
ジャック:……あの頃と比べて、随分綺麗になったな。
ジャック:艶やか(つややか)な肌と、濡れ羽色の髪。
ジャック:切れ長な目は、ジーナとよく似ている。
ジャック:……綺麗だ。
ジャック:君と過ごしたあの夜は、甘くて、口に入れれば溶け出してしまいそうな……。
レイ:…まるで、アイスクリームね。
ジャック:しかし、食べさせてはもらえないのだろう。
レイ:あなたに食べられるなら、口をかっ切るわ。
ジャック:…まるで、アイスクリームの中にカミソリでも入っているみたいだな。
レイ:そんな危険なスイーツでも、あなたは食べるというの?
ジャック:いいや……
ジャック:ただ、一度だけでいい、
ジャック:抱きしめさせてはもらえないか。
レイ:…あなたは、おかしな人だわ。
レイ:殺害予告をされているにも関わらず、逃げも隠れもしない。
レイ:それどころか、私に体を明け渡そうとするなんて。
レイ:どうかしてる。
ジャック:本当に…どうしたんだろうな。
ジャック:私が死んだら、私の金は全て、君が持っていけばいい。
ジャック:そんな汚い仕事をしなければならないということは、まだ残っているのだろう、返済は。
ジャック:それで足りるかどうかはわからないが、足しにすればいい。
レイ:……マークがなんて言うかしら。
ジャック:さぁな。金庫の番号は私と君しか知らない。君が持っていかないのであれば、厳重に保管されたただの紙クズだ。
ジャック:暗証番号は、君が幼い頃に住んでいた部屋の番号だ。
レイ:…そう。
レイ:そこまでしてくれるなら、せめてお返ししないといけないわね。
ジャック:いや…いい。私は狂ってしまったんだ。さっきの発言は忘れてくれ。抱きしめたいだなんて、そんなこと…、
(ジャックが言い淀んでいる間にレイが抱きしめる)
ジャック:…………!!
レイ:……こんな出会い方、したくなかったわ。
レイ:こっちを向いてくれる?
(レイは唇を重ねる。リップ音)
レイ:……来世でまた会いましょう、ジャック。
SWEET 3人台本(男2、女1) サイ @tailed-tit
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