第13話 裁判
御者は王の前に捕らえられ、呼び出されていた。
(逃げられなかった…!!)
アリバイ作りに協力してくれる善良な市民など居なかった。そりゃそうだろう。目もうろうろと泳がせ、視線を碌に合わせようとしない。常に汗が顔から垂れていて、そして上から目線。まるで協力される事が前提とした口ぶり。何故そんな事をしなければいけないかを聞くと、あやふやに誤魔化してくる。そんな怪しい部外者に協力してくれる人間など居なかった。
(俺、俺は悪くないと言ってくれる誰かがいるはずだ…!!そりゃ、馬車に細工はしたけど、落ちたのは完全な事故だろう?クロウ様…クロウ様はあの女が憎いはずだし、俺のことを庇ってくれるに決まっている)
体に巻かれた、ロープはギリギリと御者を苦しめる。それに周りから向けられる視線が刺さる。
御者は余りの緊張感に耐えられず、下を向いた。ポタリ、と床に汗が落ちる。
「ルュイト…シュウベルト。緊急の件の為、正直に答えろ。お前が馬車に細工をして、イアリス嬢を落としたように仕向けた様だな。それは誠か」
「ち、違います。あれは改造です!その、早く走らせようと」
「お前にそんな技術はあるのか?」
「ありません…けれど、あれは事故なんです!!本当です!信じてください!!」
「馬車作りの専門家によると車輪を改造しても早くはならないらしいが…おかしいな」
(俺が車輪をイジった事を告発したヤツがいるのか……!?)
「万が一事故だったとして、だ。何故お前はイアリス嬢が崖から落ちた後、誰にも報告せず逃げた?本当に事故なら報告するはずだろう?それにアリバイを作ろうとしていたようだな?ルュイト・シュウベルト」
御者はあぁ、いゃ、と小さな声で呟いた。王はその態度が腹立たしく感じたのだろう。勢い良く椅子を叩かせると、その音が部屋に響いて、何人かの肩が震える。御者もその一人だった。彼は王の顔をチラリと覗くと、また下を俯く。
(こいつがやったことは一目瞭然だ。他にもこのルュイトとかいう者がイアリス嬢の憎しみを語っていたという証言もある)
王は御者を見下ろす。鋭い眼差しだった。
「牢獄に捕らえておけ」
勿論…イアリス嬢を殺した罪でだった。
王の家来が御者をロープで絡められている腕を掴むと、無理矢理立たせる。御者は抵抗しようとした。しかし彼のひ弱な力では騎士程の力のある家来をぴくりとも動かせれない。
「違います!やめてください!俺はただクロウ様の為に!居ないんですか?!クロウ様…、!?」
家来は、暴れるな、と言って御者を気絶させる。ガクリと脱力した御者は、引きずられてこの部屋を出ていく。
クロウも勿論…親と共に呼び出されていた。
ずっと目を逸らし、俯いていたのだ。
「さて、前に出ろ。先程の者はお前の為だと言っていたが…?もしやお前が命じたのか?事故に見せかけて彼女を殺せと、手紙もその為か?」
「違います…!俺は寧ろ彼女とよりを戻そうと考えていたんです……それが…まさかあんな事に」
クロウは自身の服をギュッと掴む。胸が苦しかった。死んだなど、まだ受け入れれていないのだクロウは朝からずっとイアリスを待つ為に服装も髪型も整えて、高級な菓子まで用意していた。これから、これから、という気持ちでいたのだ。イアリス死んだ(ことになっている)以上、それもまた叶わない夢だ。
(クロウ・ガドナー。こいつに関しては証拠が無い。それに公爵という力ある家系のため、簡単に捕らえる事もまた難しい)
王は自身の髭を摩る。処罰に悩んでいた。
「お前には沢山の女性と触れ合っていたようだな、イアリス嬢という婚約者候補がいるというのに。疎ましく思っていたんじゃ無いか?邪魔だと、」
「そんな訳ありません!」
「なら…なぜそんな浮気などというふざけた事を?」
「それは……」
クロウは悩んでいた。両親が横でいる中、これを言うべきかどうかを。でも言わなければ確実に思い処罰を下されてしまう。クロウは目を瞑り、小さい声で言った。
「…っとして、欲しかった…んです、」
王は聞こえなかったのか、もう一度、とクロウに命ずると、今度はヤケクソに叫ぶように言った。
「嫉妬して、欲しかったんです!!」
ここら一帯がザワつく。あり得ないほど、しょうもない理由だったからだ。一気に軽蔑の目がクロウに向かった。
「そうか……醜いな。…お前も落ちぶれたな」
このセリフはクロウだけに向けたものでは無い、クロウ父にも当てられていた。
あの御者を雇う許可を出したのも、この男だ。クロウを教育したのも、あの御者に対し指導していたのもこの男だ。
「ガードナー家は領地を一部没収し、使用人を総入れ替えする事を命じる!!」
「「承知いたしました……」」
三人もこの部屋を出ていく。
クロウの両親は自身らのと息子の業の深さを理解しているからか、案外素早く受け入れた。こいつら自体は、優秀なんだかな、と王は思った。ただ教育能力が無さすぎたのだ。
(すまない…イアリス嬢)
王は、天井を見上げてそう思った。
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