第8話 パーティ
ある日、招待状が届いた。ああ、友人のローズからだわ。
ぜひ、クロウと共に来てくださいとの事。どうしよう、もの凄く嫌だわ。きっと、クロウの方にも私と共に、なんて手紙が来ているだろう。
「これはプライベートではありませんし、行くしか無いわ」
私は頬に手を添え、そう呟いた。
「イアリス、準備は出来たか!」
嬉しそうにするクロウを要に私は無視をして、耳飾りをメイドに付けてもらっていた。
「イアリス!これはプライベートではないだろ?行くぞ」
ああ、彼は全く反省していないというの?あの時は確かに動揺した顔をしていたのに。
「ええ」
前と変わらず低音で私は返し、彼と馬車に乗る。彼の馬車だけあって、心地いい揺れと柔らかな椅子。
「着きました」
御者が、扉を開けると真っ先ににクロウが降りる。私に手を差しのべることなく、彼はスタスタと会場に向かっていく。
「…」
まあ、べつに良いけれど。復讐のつもりかしら。すると、御者がクロウの代わりに手を出してくれた。
「ありがとう」
「…いえ。本当に迷惑ばかりかけて、申し訳ありません」
「いいのよ」
きって御者も私以上の苦労をしている。クロウは苦労ばっかりね?私は思わず、ふッ、と笑ってしまう。
「あらぁ、イアリス。来てくれてありがとう」
「…こちらこそ、お呼びくださりありがとうございました」
私はローズ様に軽く礼をする。正直、クロウとでは無く一人できたかったけれど。ローズ様は恋バナが大好きだから、二人合わせて呼びたがる。私は恋バナの一つもないと言うのに。
「今日は楽しんでね」
ローズは赤いワインを私と隣にいるクロウに渡す。楽しむ…パーティの楽しみ方って、どうやるのかしら。基本はお喋り。私は周りを見渡した。しかし、友人らしき人は全く見当たらない。ローズ様のご友人で仲の良い人なんて、私には居ないわね。なら…クロウと話す、いや、それは嫌ね。
まあ、クロウはもう他の女性に話しかけてる。全く彼は成長しないわね。私はワインを口に入れると、呆れた目で彼を見る。
……あら、と思った。クロウの奥に、見慣れた赤い髪の彼が居る。
しかし、赤い目では無い。金の如く輝きを放つ、黄色の瞳。もしかして。私はクロウの横を通り過ぎ、私と同じくワインを片手に持っている彼に声を掛ける。
「シエル…?」
あっているか、分からない。けれど、悩むより先に体が動いてしまった。だってもし、シエルなら会うのは12年ぶりだもの。
「イアリス、様」
シエルらしき彼は目を見開けて、私を見る。
「まさか…こんな所で会うなんて思わなかったわ…その吃驚してしまって」
私は、いきなり声をかけてしまって無礼かも、と思い言葉を付け足す。しかし、シエルは「私も吃驚ですよ。イアリス様、お元気でしたか」とすぐ、冷静に話してくれた。切り替えが早い。幼い頃のシエルでは考えられないほど、彼は大きくなって、大人になっていた。
シエルは簡単に言うと、私の幼馴染。そして初めてできた友達でもある。けれどある日を境に、私に会いに来なくなった。その頃は私は彼の家など知らないし、勝手に外出してはいけないと母親から言われていたから、自分からシエルの元に行くことができなかった。シエルは許可をもらって私に会いに来ているのでは無く、抜け出して来ているらしい。もしかしてシエルは親にバレて怒られたのだろうか。
……つまり、そこで彼と私の関係は終わった訳だ。けれど私は忘れられなかった。シエルと遊ぶのは楽しかった。どうして彼が来なくなったのか、分からない。私が婚約をした事を告げた日から来なくなった。
あの時は…凄く寂しかったわね。
ずっと聞きたかった。どうして急にいなくなったのか、と。
「シエル…いやシエル様。少し人気の無いところでお話ししませんこと?」
「良いですよ」
私はシエルを連れて、言葉通り人気のない所、ベランダへ出た。ここでは私と彼、二人きり。遠慮する事無く聞ける。
「シエ…」
「イアリス様は、今の婚約者の事をどう思っていますか」
私が聞くより先に彼が私に問う。子犬のように聞く彼はまるで昔に戻ったよう。
でもどうして…そんな事を聞くの。
「どうっ…て何にも思っていないわ。もう好きにさせてやろうと思いましたの」
「そうですか…」
そう言って、シエルは何か考えこむ。一体、何を考えているのか、彼の顔からそれは読み取れない。
「ねえ、どうして急に私と遊んでくださらなくなったの?」
今度は私がシエルに聞く。ずっと、ずっと悩んでいた事だった。
「そ…れは、恥ずかしいので言いたくありません」
シエルは私から顔を逸らした。恥ずかしい…?
「そんなに言いたくないほど変な理由ですの?」
「まあ、そんな所です…では僕はそろそろ」
シエルはそれだけ言って、ベランダから出ようとした。
「まってシエル様。まだ私は…」
ぴくり、とシエル様が反応して、彼の動きが止まる。一応聞いてはくれるようだ。
「私は寂しかったんですの。貴方が来なくなってからもずっと庭で貴方を待っていたわ。だから、久しぶりに会えて嬉しくて」
私が何を言いたいのか分からない。長い間、積もりに積もった詳しく言語化できない後悔と疑問が、私にはあった。今までそれを吹き飛ばす事も、無くす事はできなかった。だけれど、寂しい、と伝えられて良かった。今になって漸く、積もった気持ちを箒ではくことができた気がする。
「僕も会えて嬉しかったです。…僕の理由は、イアリス様…貴女のもとへ行かなくなったのは、婚約者に悪いと思ったからです。貴方に結婚をして幸せになってもらいたかったんです。でも、クロウ様は…ふさわしくないですね」
最後の文は、こっそりと呟くように言った。しっかりと聞こえたわけじゃ無いけれど、クロウの話をしているのは、分かった。
「イアリス様は、婚約を破棄しないんですか?」
私はんん…と考えた。私としては彼から逃れれるなら婚約を無くしてしまいたい。けれど身分は彼の方が上だ。
「難しいですわ」
「そうですね…確かに、軽率な発言でした。…ところでイアリス様お気づきですか、クロウ様がこちらをずっと睨んでいます」
私は後ろを向く。あら、本当じゃない、すごい形相でこちらを見ているわね。もしかしたら、彼が女の子達を集めて私から離れたのは自分はこんなにモテてる男なんだ、と私に見て欲しいからだったのかもしれない。申し訳ないが、貴方は復讐をしたつもりでも私には全くダメージが無い。ほんと、馬鹿馬鹿しいぐらい。
人のパーティでそんな事をする男が婚約者なんて…どれだけ迷惑をかけるつもりなのだろう、とずっと思っている。
「……そろそろ戻った方が良いですわね。では、シエル様また会いましょう」
私はひらり、と彼に手を振りベランダから出た。
「ええイアリス様、必ず、また」
必ず、という言葉は素敵ね。本当にまた会えるかしら。ぎい、と扉を開けて会場へ戻っていく。さて、クロウは私に何か話したいことがあるのかしら。
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