第55話:リップクリーム

 日に日に気温が低くなり、季節は冬に差し掛かろうとしている。

 この時期になると布団から出るのも一苦労する。布団の魔力に負けて、何度か寝坊しそうになったこともある。冬の布団は恐ろしい。


 今日はなんとか寝坊せずに無事に学校へ行くことができた。

 そして授業も終わり現在下校途中である。今日は千葉と天王寺が一緒になっている。3人で雑談しながら帰り道を歩いている時だった。


「しかし最近は寒くなってきたよな~」

「だよね。ボクはもうコタツを出してるよ。暖かくてすごく心地いいよ」

「コタツかぁ、いいね。おれもそろそろコタツ出すかなぁ」


 ふーむ。コタツも欲しくなってくるな。

 でもいちいち設置するのが面倒なんだよな。でもこの季節にはコタツは欠かせないし……うーん。

 あ、それなら晴子にも手伝ってもらおう。2人で協力すればそれなり楽になるはずだ。


「あとさ、冬といえばやっぱ『おでん』だよな!」

「それもあるけど、ここはあえて『カレー』ってのも悪くないと思うよ」

「ほほう。どっちも美味しそうじゃないか」


 おでんもいいけどカレーってのも有りだな。寒い日には暖まるだろうなぁ。

 いや、それならもっといいのがある。

 それは――


「寒い日と言えばやっぱ『鍋』だろ!」

「おっ。たしかに出久保の言う通りだ。鍋もいいよなぁ」

「うんうん。体も温まるし、この季節には最高だね」


 やはり鍋はいい。お手軽に作れるし、さまざまなアレンジができる。野菜を入れれば栄養素もバッチリとれるから美味しく食べられる。ボリュームもあって腹も膨れる。まさに冬にうってつけの料理だ。


「やべ。腹へってきた」

「実はおれもなんだよな」

「あ、やっぱり? こういう話題だと食欲が刺激されるよね~」


 その後も飯テロ雑談が続き、途中で2人と分かれて家へと歩いていった。


 けどやはり腹がへった。もう頭の中は食べ物で埋め尽くされている。

 そうだ。今から夕食のおかずを買いに行くか。いちいち家に帰るのも面倒だし、このままスーパーへいこう。

 今日はそれなり食べたい気分だし、晴子にも買い物を手伝ってもらうか。

 そう思いスマホを取り出し、晴子にメールを送った。




 しばらく待っていると晴子がやってきた。いつものようにポニーテールで俺の服を着ている。


「どうしたんだよ春日。いきなり呼び出したりして」

「いやな。今日は鍋でも食おうかと思ったんだよ。だから一緒に食材選ぼうぜ」

「別にいいけど……なんで鍋なんだ?」

「実は千葉達と――」


 さっき3人で飯テロ雑談をしていたことを話した。


「なるほどそういうことか。たしかにこの季節になると鍋が食いたくなってくるよな~」

「だろ? だから今日は鍋の気分なんだよ。というかそれ以外考えられない」

「まぁオレも今日のメニューに悩んでいたところだし。丁度いい、じゃあ鍋にすっか!」

「よっしゃ! そうこなくっちゃ!」


 というわけで一緒にスーパーへと向かうことになった。




 2人で歩いていると、変な感覚に襲われた。

 なんだろう。視線を感じる。誰かに見られてる?

 隣を見ると、晴子がこっちを見ていた。どうやら視線の正体はこいつのようだ。


「なんだよ。俺の顔になにか付いてるのか?」

「…………」

「晴子?」

「……実はさっきから気になってたんだけど、春日の唇少し荒れてるぞ」

「へ?」


 あー確かに。乾燥した空気のせいで唇が荒れているみたいだ。ガサガサとした感触がする。

 この季節になると毎回こうなるんだよな。


「ま、このくらい放っといてもなんとかなるだろ」

「よくねーよ。すぐに治せよ」

「い、いや。この程度なら別にいいだろ」

「ダメだっての。みっともないだろ」


 最近の晴子は口うるさくなった気がする。


「オレは元々お前でもあったんだからしっかりしてくれよ。そんなみっともない格好だとこっちまで恥ずかしくなるんだよ」

「い、いいじゃねーか。人の事はほっとけよ……」

「ダメだ。少しは身だしなみに気を配れっての。ったく、オレってこんな性格だったんだな。情けなくなるぞ」


 露骨にため息をつかれた。

 こいつに言われるとなんかムカつくな……


「とりあえずオレがリップクリーム塗ってやるから、ジッっとしてろ」

「い、今やらなくても……」

「いいから。ほら」


 顔を固定され、俺の唇にリップクリームを塗っていく晴子。

 本当に強引だな……


 晴子が目の前まで寄ってきてるせいで、その顔をまじまじと見てしまう。

 しかし……やっぱりこいつって美人だよなぁ……

 サラサラでツヤのある髪、目も綺麗で透明感のある肌、そして整った顔。ここまで完璧な美人はまず見かけない。まるでモデルみたいだ。学校でも男女問わずに人気が出るのも納得がいく。


 やばい。いつもこんな美人と一緒だと思うとちょっとドキドキしてきた……

 お、落ち着け。いくら外見がよくても中身は――


「ほら。終わったぞ」

「あ、ああ。サンキューな」

「これからも身なりには注意してくれよ?」

「わ、わかったよ……」


 そして再び歩き出し、スーパーへと向かっていく。


 ……あれ?

 今のリップクリームって晴子が取り出したやつだよな?

 ってことは、晴子がいつも自分に使っている物ということになる。

 それを俺の唇に塗ったということは……


 …………


 いやいやいや!

 何を考えているんだ!

 俺は小学生かっての!

 くそっ。晴子が変なことしたせいでこっちまでアホみたいな思考に染まっちゃったじゃないか。

 やめやめ。夕食のことだけを考えよう。


 ……ん?


「~♪」


 晴子のやつ、なぜか嬉しそうにしている気がする。

 どうしたんだ?


「やけに機嫌がいいじゃないか。何かあったのか?」

「べっつにぃ? なんでもねーよっ」


 と言いつつも明らかに嬉しそうな表情をしている。しかも時々スキップなんかしたりしているな。

 変なやつ。何があったんだ?


「へへっ、ほらさっさと行こうぜ。春日!」

「あ、ああ……」


 本当にどうしたんだこいつは。いきなりご機嫌になりやがって。よく分からんな。

 まぁいい。そんなに気分がいいのなら美味い料理を作ってくれそうだしな。今日の鍋は楽しみだ。


 その後もやたら上機嫌な晴子だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る