第45話:修羅場
いつものように学校へ行く支度を済ませ、鞄を持ち、部屋から出ようとする。
もう何年もやっている動作なので何事も無く進んでいく。が、この時は少し違っていた。何故ならドアに手をかけたところで晴子が呼び止めたからだ。
「今日も弁当持っていかないんだな」
「まぁな。最近は美雪が弁当作ってくれるから作る必要もないんだよ。お陰で大助かりさ」
「……へぇ。美雪の弁当ねぇ……」
「よく分からないけど、最近の美雪はやけに弁当作りに精を出しているみたいなんだよ」
「…………」
しかも日によって中身も違うからいつも楽しみにしている。飽きさせないように工夫しているのだろう。
一度本人に「大変なら無理して作らなくていいよ」と伝えたんだけど、「弁当作るのが楽しいから気にしないで」と返されてしまった。何度も言うのもなんだし、結局その言葉に甘えることにしている。
もしかして料理人にでもなるつもりなのかな。でも美雪の腕前なら繁盛しそうな気がする。俺なら毎日のように通うだろう。
おっと、そろそろ学校に行く時間だ。
「じゃあ俺はもういくよ」
「……ん。ああ、がんばれよー」
晴子はなにやら考え事をしていたみたいだけど……今は気にしてもしょうがない。それよりも早く学校に行かなければ。
チャイムが鳴り響いて午前中の授業も終わり、待ちに待った昼休み。
美雪が俺の席に椅子を寄せ、机の上に二人分の弁当箱を取り出した。
「いつもサンキューな美雪。本当助かるよ」
「……気にしないで。私が勝手にやってることだから……」
実際本当にありがたい。いちいち弁当作る手間も省けるし、何より自分で作るよりも遥かに美味い弁当が食べれるんだ。
美雪が神様か天使に見える。これからは足を向けて寝れないな。
「……? なんで……私に向けて拝んでるの……?」
「気にしないでくれ。それよりも弁当箱開けていいか?」
「うん、いいよ」
さっそく弁当の蓋をつかんで開けようとした時だった。
教室のドア付近から見慣れた声が聞こえたのだ。
「おっ。いたいた」
「!! 晴子ちゃん!」
やってきたのは晴子だった。
その姿を見た瞬間、千葉が即座に反応した。まるで犬みたいなやつだ……
晴子はここ最近、学校に来ていなかったから気持ちは分からんでもないけど。
「晴子ちゃん……その、大丈夫なのか? ほら、あんなことがあったんだから……」
「心配すんな。もう平気だって。心配かけたな」
「よかった……」
「元気になってボクも嬉しいよ」
「天王寺にも世話になったし、本当サンキューな」
晴子は以前のような元気を取り戻したようだ。もう心配は要らないだろう。
これで一安心かな。
「それで、今日はどうしたの?」
「ちょっと春日に用があってな」
「出久保に?」
「ああ。おーい春日。弁当持って来たぞー」
「なに!? 晴子ちゃんの弁当だとぉぉ!?」
よく見たら、晴子は片手に小さな袋を持っていた。
というか弁当ってどういうことだ?
「な、なぁ。おれの分は無いのか!?」
「また今度作ってやるよ」
「マジか!? いやっほぅ!!」
「いいなぁ……」
喜びのあまり浮かれてる千葉を無視し、晴子は俺の元へと近づいてきた。
「おい晴子。なんで弁当なんか作ってきたんだ? 美雪が作ってくれるって朝言ったよな?」
「まぁそういうなよ。せっかくオレが作ったんだからよ」
「いやいや。既に俺の分はあるんだしさ、わざわざ持ってくることはないだろ。つーか弁当二つは量が多い」
「だったらオレの分だけ食えばいいだろ」
「いやだから……」
「……!」
つーか個人的に弁当……というより美雪の料理が食べたいんだ。晴子ならこの気持ちも分かるはずなのにな。
というかなぜ弁当なんか作ってきたんだろう。持ってきてくれなんて一言も言ってないし、作ってくるとも聞いていない。
「……はる君は……どっちのお弁当が食べたいの……?」
「へ?」
美雪から予想外の質問が飛び出てきた。
「あの、美雪? どうしたんだ急に……」
「…………」
ジーっと見つめてくる美雪。
少し怖い……
「い、いやいや。美雪の弁当に決まってるじゃないか。晴子のは勝手に持ってきただけだし」
「……ほっ」
「おいおい。まだ決めるのは早いだろ。オレのはさっき作ってきたばかりだから出来たてだぞ?」
「そ、そうなのか」
「春日も冷めた弁当よりも出来立てのが食いたいだろ? だからオレのにしとけって」
「むっ……」
まずい。美雪が明らかに不機嫌そうにむくれている。
というか何で晴子はこんなにも威圧的なんだろう。晴子らしくない。
「私のお弁当は……冷めても美味しいように出来てるもん……」
「そうかもしれないけどさ。どうせなら出来たての温かい弁当のがいいよな。なぁ春日?」
えっ。俺が答えるの?
「た、確かに。そりゃ温かい内に食べられればいいけどさ……」
「ほらな? だから美雪ちゃんには悪いけど、春日はオレの弁当が食いたいってさ」
「……むぅ」
やっべ。さらに不機嫌そうな表情になっている。
「ま、待て待て。別に晴子の弁当が食いたいって言ったわけじゃないぞ。どうせなら出来たてのがいいという事であって――」
「やっぱりオレのがいいんじゃないか。じゃ、決まりだな」
「だから待てって言ってるだろ。晴子が勝手に決めんな」
「……はる君は、私のお弁当は嫌……?」
「み、美雪?」
どんどんややこしくなってる気がする……
「だ、大丈夫だって。俺は美雪の弁当が食べたいんだ。せっかく作ってきてくれたのに食べないわけが無いじゃないか」
「本当……?」
「本当だって。だから晴子の言う事なんて真に受けなくていいよ」
「ふふん……」
「……っ!」
なぜか美雪は勝ち誇ったかのような表情をしている。しかも俺に対してじゃなくて晴子に向けてだ。けど美雪のほうが背が小さいので、晴子を見上げるような格好になっている。
今度は晴子が不機嫌そうな表情をし始めた。
「……そうだ。これからはオレが弁当作ってくるからさ、美雪ちゃんはもう春日の分を作らなくてもいいよ」
「……!」
「朝早く二人分の弁当作るの大変だろ? これからはオレが春日の弁当作ってくるからさ。だから安心していいよ」
「……別に大変じゃない」
「いやいや。二人分のおかず考えるのも、作るのも結構面倒だろ? だったら代わりにオレが負担するからさ。美雪ちゃんもその方が楽でいいだろ?」
「そんなことないもん。はる君は私のお弁当おいしいって言ってくれてるし……これくらいなら平気だよ?」
「でも負担になるだろ? だからそんなに無理する必要はないんだぜ?」
「無理してない。はるちゃんこそ、無理しなくてもいいよ……?」
「…………」
「…………」
……おかしいな。
この二人は仲良しだったはず。それなのに何でこんなにも言い争ってるんだ?
しかもたかが弁当ぐらいで口論になるなんて、二人ともらしくない。
さすがにこれ以上ヒートアップするようなら止めたほうがいいかもな。というかいい加減メシ食いたい。
「なぁ。二人とも落ち着けって。たかが弁当ぐらいで――」
「春日は黙ってろ」
「はる君は静かにしてて」
「あ、はい……」
二人に
どうしよう。俺だとこいつらを止められない。
誰か助けて……
「おーおー、随分とモテモテじゃないか出久保」
「羨ましいなぁ……」
「うるせぇ! お前らは黙ってろ!」
ダメだ。
さてどうしよう。ここまま放っておくと昼休みが終わるまで続けてそうだ。それだと弁当を食い損ねてしまう。やはりここは俺が何とかするしかないか。
「二人ともいい加減にしてくれ。休み時間終わっても続けるつもりか? 俺も腹が減ったんだし、そろそろメシに――」
「そうだ。だったら春日に決めてもらおうじゃねーか」
「はる君に……?」
「これからどっちが弁当作ってくるか。それを春日が指名するんだ。これなら文句ないだろ?」
「……望むところ」
「へ?」
あれ?
なんか話の方向が……
二人が俺の方を向いて近づいてくる。
「というわけでどっちの弁当が食いたいんだ? もちろんオレのだよな? 毎日出来たてのまま届けてやるぞ?」
「……私のお弁当、がんばって作ったんだよ? 冷めても美味しいように……してあるよ? はる君が好きなおかずも、たくさん用意してあるよ?」
「あの、ちょっと……」
さらに接近してくるので、思わず後ずさる。
というか少し怖い……
「早く答えろよ春日」
「はる君……答えて」
「お前らさっき俺に黙ってろって言ったよな!?」
「どっちを選ぶんだ? 当然オレだよな!?」
「私は信じてるよ……」
ここは真面目に答えないとダメっぽいな。というかそうでもしないと終わらなさそうだ。
もし毎日、晴子か美雪の弁当が食べれるとしたら……いやまてよ?
よくよく考えてみれば、晴子のはいつでも食べれるんだ。一緒に住んでるわけだしな。
そうなると……
やはり食べれる機会が少ない美雪を選んだほうが――
「まさかとは思うけど、オレのはいつでも作ってもらえるとか考えてないだろうな?」
ギクッ
「だったら……もしオレを選ばなかったら、もう二度と春日にはメシ作ってやらねーからな!」
「は、はぁ!? そりゃないだろ!? 横暴だ!」
晴子の料理もけっこう美味いからな。しかも最近は腕を上げているらしく、明らかに前よりも上達している。もはや料理の腕前は俺よりも上だ。
そんな晴子が二度と料理してくれないとなると少し……いや、かなり辛い。こいつの作る料理も楽しみの一つでもあるんだ。それが無くなるとは考えたくない。
「おいどっちを選ぶんだよ?」
「私だよね……?」
「オレだよな?」
「ちょ……だから二人とも落ち着いて――」
「春日!!」
「はる君っ……!!」
……カンベンしてくれよ。何で俺がここまで追い詰められなきゃならんのだ。
さすがに腹が減ったし、とりあえず無理にでもこの場を収めよう。
その後話し合いの結果、美雪と晴子は交互に弁当を作る事になった。というか最初からこうすりゃよかった気がする。
結局今日は両方が持ってきた弁当を食べる事にした。腹が減っていたせいか、弁当二つをあっさり平らげることが出来た。
「思いのほか二人前でも食べきれるもんだな」
「ま、こんな展開になると予想してたからな。量を少なめにしといたんだよ」
………………だったら最初に言えよ!
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