第31話:ノーブラ

 学校も終わり、家に帰ろうとしたときだった。


「やっべ……傘忘れた」


 雨が降っていたのだ。しかも朝は降っていなかったので傘を持ってきていなかった。けど止みそうにないし。結局家まで走って帰ることにした。

 そして全身ずぶ濡れになりながらも家に到着し、部屋のドアを乱暴に開けた。


「ああくそっ!」

「おかえりー。傘持っていかなったのか?」

「朝は天気良かったし、今日は降らないと思ってたんだよ……」

「なるほど」


 いや待てよ、よく考えたら晴子に傘持って来させればよかったんじゃないか?

 そうだよ。今は晴子という存在が居るんだ。なぜその発想が出てこなかったんだろう。


「今気付いたのかよ。バカだなー」

「うっ……」


 ちくしょう。また思考を読まれた。

 晴子が思いついて俺が思いつかなかったのが悔しい……


「気が付いてたなら迎えに来てくれればよかったじゃねーか!」

「いやだってよー、風呂入ったばかりだし。雨のなか外に出たくなかったんだよ。それに洗濯物取り込んでたしな」


 周りをよく見ると、晴子の周辺には洗濯物らしきものがいくつか散らばっていた。

 なるほど。それで来れなかったわけか。これなら仕方ないか。いつも俺の代わりに家事をしてくれるので有り難いしな。


「つーか大丈夫なのか?」

「ん?」

「洗濯物だよ」

「ああ。大丈夫。既に乾いてたし、急いで取り込んだから全部無事だよ」

「ならよかった。いつも悪いな」

「気にすんなって」


 そして晴子は散っていた洗濯物を畳み始めた。が、晴子の近くにある物・・・の存在に気付く。

 それは――ブラジャーだった。


 ……なるほど。晴子はああいうのを身に着けているのか。

 しかし俺がジーっと見ていると、晴子と目が合ってしまう。


「……ははーん」


 やっべ。ブラを凝視していたのがバレたくさい……

 そして晴子はニヤニヤしながら振り向いてきた。


「そうだよなぁ。男なら気になるもんなぁ? つい見ちゃうよなぁ?」

「……お、お前だって男だったじゃねーか!」

「今は女だもん」

「ぐっ……」


 確かにそうだけど……なんか納得いかない……!


「つーかさっさとそれしまえよ!」

「いや、これは着けようと思って置いといたんだよ」

「……着ける?」

「うん。今は着けてないし」


 んん?

 ということは晴子は今ブラをしていないってことか?


 それってつまり……ノーブラ?


「な、なんで着けてないんだよ」

「着けてたやつも一緒に洗濯することにしたんだよ。ついでにと思ってな。それにこのままでも案外悪くないぞ」

「そ、そうなのか?」

「ノーブラも結構快適だぜ?」

「ふ、ふーん」


 さすがにこればかりは女じゃないと分からない感覚だろうな。


 ふと、晴子の胸元を見てしまう。

 服の上からなのに思ったより膨らんでいる。前はDカップって言ってたけど、もしかしたらEくらいあるんじゃないのか?

 ……っていやいや。違う違う。なにアホなこと考えてるんだ俺……

 そしてなぜが再びニヤニヤし始める晴子。


「……なんだよ」

「――スケベっ」

「んなっ!?」

「…………あっはっはっは! お前は本当に分かりやすいなー! なーに顔赤くしてんだよ!」


 そりゃ分かりやすいだろうな。なんたってこいつは元俺なんだからな!


「そ、それよりその箱はなんだよ!?」


 近くに30センチぐらいの箱があったので、急いで話題をそらした。

 というか本当に何なんだろうか。あんな箱見たことないぞ。


「ああこれか。これは風呂に持っていくやつだ」

「……なんだそりゃ」

「ほら。オレが使うシャンプーとかだよ」


 そう言って晴子は箱のフタを開け、中身を見せてくれた。

 中にはシャンプー、リンスなどの容器と、セッケンや見慣れない道具とかがいくつか入っていた。


「なんで部屋に置いてあるんだ?」

「だって風呂場に置いといたら親父にバレるかもしれないだろ? だからオレが使う分はまとめることにしたんだよ」

「な、なるほど……」


 こいつもよく考えていたんだな。事情は分かったが……でもやけに多い気がする。

 シャンプーとか入ってるのは理解できる。でもなぜか複数あるし、化粧道具みたいな物がいくつか入っているのだ。


 俺ってこんな几帳面きちょうめんな性格だったか?

 シャンプーの種類とかあまり気にしない派だ。しかし、箱には色々な種類の容器が入っている。俺はあそこまでこだわる気はない。

 これではまるで――


「というかさっさと風呂に入ってこいよ。また風邪ひくぞ?」

「……あ、うん。んじゃ行ってくるわ」


 晴子に言う通りだ。さっさと入ってこよう。

 そして部屋を出て風呂場へと歩き出しだ。


 最近、晴子が変わってきてるような……?

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