第20話:裸エプロンはロマン

 晴子に頼まれ、スーパーで買物を済ませてから帰宅した。

 玄関の扉を開けて中に入ると、台所あたりに人の気配を感じたので、靴を脱いでから確認しに行くことにした。

 すると台所にはエプロンを着た晴子が立っていた。


「おう、おかえり。頼んだやつ買ってきたか?」

「ああ。ここに置いとくぞ」


 テーブルの上に買物袋を置く。


「それより何してんだよ」

「見りゃ分かるだろ。夕飯作ってるんだよ」

「だから何で晴子が?」

「どうせ暇だし。凝った料理を作りたくなってな。いつかはもっと上達したいと思ってたじゃん?」

「まぁ……そうだけどさ」


 俺は料理こそするが、基本的には炒めたり焼いたりする程度の簡単な物しか作れなかった。

 美雪の作ったおかずみたいに、もっと美味しく作りたいとは思っていたが……。しかし思ったより難しく、先伸ばしにしてしまったのが現状だ。

 まさか先に晴子が実践するとは思わなかった。


「出来上がったら呼ぶからさ。部屋で待ってていいぞ」

「わかった」


 晴子に言われ、自分の部屋で待機することにした。

 それにしても何を作るつもりだろうか。料理の腕前は俺と一緒だから、さすがに変な物は作らないと思うが……。

 考えても仕方ない。せっかく作ってくれるんだ。楽しみにしとこう。




「完成したぞー!」


 数十分経ってから声がしたので、部屋を出て1階まで移動した。

 そしてテーブルの上に置いてある料理を目にする。


「……シチュー?」

「おうよ」


 テーブルの上にはご飯とシチューが置かれていた。俺が好きな食べ物の一つでもある。


 椅子に座り、皿を覗き込む。

 実に良い匂いがして食欲をそそられる。見た目はなかなかいい。これは美味そうだ。


「これが食いたくなってな。だから作ってみることにしたんだよ」

「なるほどな。俺も久々に食いたいと思ってたところだ」

「だろ?」

「んじゃさっそく食べるとするか」

「自信作だからな。口に合うと思うぜ」


 スプーンを持ち、シチューをすくって一口入れる。


 …………


「うめぇ……」

「な? いけるだろ?」


 さすが晴子。俺の好みを完璧に把握している。

 恐らく下手な店に行くより美味しいと思う。それぐらい俺の舌に合うよう調整された味だ。もしかしたら美雪よりも上回っているかもしれない。いつの間にここまで上達したんだ?

 ご飯と共にシチューをかきこむ。うん、まさしく求めていた味だ。

 もはや手が止まらず、勢いよく量が減っていく。そしてあっという間に完食してしまった。


「ごちそうさま」

「どうよ?」

「本当に美味かったよ」

「そっか」


 ……そういや母さんもこんな感じでメシ作ってくれてたっけ。

 母さんの作った料理は大好きでいつも楽しみだった。けど少しでも残すと怒られたんだよな。だから出された料理は残さずに平らげる癖が付いたんだ。それは今でも変わらず続けている。

 嫌いなおかずが出てもそれは変わらなかった。でも次からは食べやすいように加工してくれて、そのお陰で苦手なおかずも克服できるようになっていった。だから今では苦手な物は無いと言っていい。これも母さんが努力してくれたからだ。


 優しく、時に厳しいが、いつも俺のことを思ってくれていた。何故かそんな母さんのことを思い出していた。


 すぐ側で立っている晴子は、ポニテでエプロン姿をしている。

 もしかして晴子も同じ気持ちだったんだろうか。いきなり料理するなんて言い出したのは、母さんのことを思い浮かべたからなんだろうか。

 なぜ俺は今――


「ん? もしかして裸エプロンのが良かったか?」

「…………」


 …………色々と台無しだ。

 ああそうだ。晴子はこういう奴だったな……。やっぱりただの偶然だったか。

 ま、腹も膨れたし部屋に戻ろう。そう思い立ちあがろうとしたとき――


「そういや一度は直接見てみたいと思ったことあったな。ちょっと待ってろ。いま脱ぐから」

「えっ」


 エプロンをゆっくり脱ぎだす晴子。


「お、おい! マジでやらなくても――」


 服に手をかけたところで急いで背を向けた。


 いやいや、本当にやるのか!?

 確かに一回ぐらいは見てみたいとは思っていたが……。

 その夢を晴子が叶えてくれるつもりなのか?


 後ろから聞こえる着替える音が生々しい……


 裸エプロンは一度体験してみたかったシチュエーションの一つだ。

 しかし実際にやってくれる人なんて居るわけがない。

 そう思っていた。


 でも晴子ならこの気持ちが分かってくれる。

 だからこそ夢を実現してやろうと思ったのかもしれない。


 さっきから胸の高鳴りが止まらない。


 すぐ後ろで晴子が脱いでいると思うと、嫌でも意識してしまう。


 仮にも晴子はスタイルの良い美人だからな。

 そんな晴子の裸エプロンが見れるかもしれないと思うと、男なら期待してしまうのは当然だ。


 もしかしたら……もしかしたら――


「もういいぞ」


 それを聞いた瞬間、心臓の高鳴りがピークに達した。



 そしてゆっくりと――


 後ろに振り向いた――



 ………………


 ……………………………


 ………………………………………………


 やられたッッッ……!!


 確かに今の晴子は裸エプロンを着ている・・・・・・・・


「ん~? 何を想像したのかな~? 春日く~ん?」

「…………」


 いつの間にあんなの用意したんだよ……


 『裸』という文字が書いてあるエプロンを服の上から着た晴子を見て、大きくため息をついた。

 さっきまで期待してた自分を殴りたい……

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