第13話 帰宅寸前の出来事
下校の坂道を下る。サワの好きな食べ物だのといったお決まりのFAQを洋介が続けざまに出していれば、あっという間に岐路となる。坂道を下った所の十字路で、洋介と真澄は右折、謙吾と隣人は左折する。
――これからどうしたものか
などと考えていたが、ほどなく龍宮家となった時のことである。謙吾の家の隣の家の玄関が開いた。サワが更地にあっと言う前に建ててしまった平屋とは違う、もう一軒の隣家である。その音に視界が向けられたのは、朝までそこが貸家の看板が掲げられていたはずなのに物音がすることと、
「沖水?」
見慣れた制服姿のクラスメートが出て来たからである。
自宅まで数歩だというのに、必然足が止まる。
「龍宮さん、こんにちは」
軽く会釈をする隣人は、学校での様子と全く異なることがないのだが、「時間的にはそろそろこんばんはだろ」とツッコむこともできないほどに唐突な感が否めない。
「貴様……」
いかめしい目つきなのはサワである。
それに全くひるむことはなく、沖水は、ゆっくりと二人の前に近づきながら、
「まったく、あんなものを」
沖水は謙吾宅を通り越したところにある一軒家の方に顔を向けつつ、忌々しそうに言った、いや吐き捨てた。黒い艶やかな髪は静かに軽やかに揺れて、整った。
「貴様にとやかく言われるいわれはないが」
苛立たしさを隠そうとしないサワを無視して、
「龍宮さん、これからお見知りおきを」
口調が努めて平静に戻っていた。
「いやすでに知っているが。あのさ、沖水」
一礼して二人から通り過ぎて行こうとする同級生に問わなければならない。貸家だったはずの家に指を向けながら。
「ええ、借りましたが、何か?」
足を止め、半身返した沖水は皆まで聞く前よりも先にあっさりと答えた。
「何かではない」
サワが地を鳴らす勢いで近づくが、
「正規の手続きを踏んでいますが、何か? どこかの輩のように数時間で一軒家を建てるなんて人間社会の常軌を無視したようなことはしていませんが」
正対した沖水は蔑むような目で応戦する。
「それは異国のテクノロジーだといって通っているではないか。当地の人達からは深く理解はされんだろうが、そうした技術があっても無理な論理ではあるまい」
「私はそんな理屈づくりさえしないと言っているのですがね」
「理屈ではない。論理といっているだろ」
「やかましい!」
二人の喧々囂々さに、こちらも負けず劣らずに地を鳴らす勢いで謙吾はどなった。事情が全くつかめないということも、憤慨に助長した理由だった。意味不明な応酬をするより先に、二人の関係を明瞭にしてもらいたかった。
「龍宮さん」
謙吾の苛立たしさを全く意に介さない様子で、あるいは彼のそれをなだめるかの様子で、沖水は謙吾の名を呼んだ。
「なんだ?」
その調子に謙吾の興奮は抑制気味に引き戻され、
「今後は、謙吾さんと呼んでも良いですか?」
これまで見たこともないほど柔和な笑みを浮かべて沖水が言うものだから、沸騰した激情も冷や水をかけられたように急激に静まり、
「そりゃ、かまわないが」
と一言。
「そうですか。では謙吾さん、私は買い物に行くので、さようなら」
「待て、貴様!」
サワのことなど無視して沖水は、スーパーのある方へスタスタと歩いて行った。
「止めろよ、いい加減」
「ふん、でれっとしおって」
継続中のサワの興奮や憤慨は、謙吾へのとばっちりに変換される。
「してねぇよ」
「あー、はいはい。じゃあな、ケンゴさん」
今度はぶっきらぼうにサワが聞く耳を持っておらず、さっさと家に向かう。
「ったく」
頭を掻く。サワが言ったことが思い出される。サワのような海中に生き物が、地上にも人の姿で進出しているということを。
沖水の言い様からしてサワの正体を知っている節があり、沖水もまたイルカか、またはそういう某かであり、サワがそれを知っているとするなら、あるいはライバル関係だったとすれば合点がいくのだが、少なくともクラスメートの沖水滴に、サワのような怪しげな点はこれまでなかった。
一人考えていてもしょうがなかった。事情はおのずから分かっていくのだろうと飲みこむしかなかった。家に入るサワの、街へ遠のいていく沖水の姿をそれぞれ見やってから、謙吾は、ようやく疲れた様子で家に入った。
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