第12話 福浦洋介と清白真澄

 二人が教室に戻ると、生徒は数えるしかいなかった。授業はもとより本日の日程も終了してしまえば、金髪女性への興味よりも、夏休みの余暇を満喫する方に余念がないようだ。

 まだ着席している雪花の横には男女の生徒が立っていた。

 一人は福浦洋介。謙吾より数センチ高い身長で、日に焼けた褐色の肌がいかにもスポーツ系を示し、隆々とはしていないが引き締まった身体がそれを裏付けていた。運動部からの入部勧誘は引く手に数多だったが、どの部にも入らず活動に協力という形で、各部を日替わりで梯子するほどであった。大会で人数不足の時は必ず声がかかった。お調子者の形容がまさに適当な男子でありながら、その外見を裏切らず体育教員を志望していた。

 もう一人は清白すずしろ真澄。雪花よりは身長が低く、茶色の地毛が特徴的である。スポーツとは縁遠い色白さは文化系らしく見えるが、その実理系女子であった。実家の歯科医を継ぐために歯学部を志望していた。

 雪花と二人は中学からの同学で、謙吾が転入してからは四人で行動することが多かった。それと言うのも、洋介が何かと謙吾に接近し、謙吾もこのお調子者といるのが人見知りな謙吾にとっては不思議なくらい妙に馬が合ったため、必然洋介をクッション材として、雪花や真澄との接点が増えていったのであった。

 そうこうしているうちに、雪花が謙吾を意識し出すようになったのは、洋介にも真澄にも手に取るようにバレバレのことになり、謙吾に好きな子がいるかどうかを洋介が尋ねたり、真澄からして謙吾にはそういう対象がいないのも一目瞭然という見解だったりを雪花へ伝えていた。また、謙吾もとある雑談中に、

「洋介がさ、彼女どうとか聞いてきて参ったよ。いたら俺の携帯は蝉より騒がしいっての」 

とかを雪花の前で言っていたため、雪花としては謙吾の隣ポジションが空席である現状を喜んでいる状態であった。そう、ただ喜んでいる状態であって、能動的にその席を自らが埋めようなどという意思、意欲は今のところ盛んではなかった。というのも、雪花も受験生であり、毎日が勉学で忙しいというのも理由であったし、何よりも一歩を出す勇気がなかったからである。

 待ちかねたと言わんばかりに、洋介が手招きをした。

「で、どういうことか教えてもらえるね、謙吾クン」

 謙吾の肩に手をまわして調子づく。

「どうもこうも。自己紹介せぇだとさ」

 面倒臭そうに洋介の手を払いのけ、サワに回答を任せる。

「私はサワと言う。ケンゴの隣に住むことになってな。留学生と思ってくれ」

 サワが自らボロを出さないとも限らなかったから、簡潔で無駄もなく当たり障りのない紹介は、十分及第点と感じられる回答だ。

「昨日といい、今日といい、修羅場だったそうね。ユキが言ってたけど」

「ちょっ、そんなこと言ってないでしょ」

 謙吾達が教室を出てから、雪花から昨日の詳細を聞き出した真澄の突破口に、雪花は慌てて小声ながら強く反論した。

「いや修羅場って。騒然とはしたかな」

 当事者は至って平静に答えるものだから、

「そうなの。もっと血で血を洗うような様相になればよかったのに」

 真澄は捨てるようにつぶやいた。

「いや、それはないだろ」

「そこまでしないと、分からないでしょ?」

「は? 何のことだ?」

「別に……」

 そんな謙吾を突くようにして真澄が続けるものだから、

「ちょっ! 攻め過ぎだって」

 再び雪花は小声になる。

「まだまだ関節技よ、こんなもの」

「それより、あのサワさん、これ」

 話題を変え、机の横にかけてあった袋をサワに少し残念そうに渡す。謙吾宅への接近を試みる機会の口実が一つ失われてしまった。

「わざわざ洗ってくれたのか? 感謝しよう。では、これを」

 サワからは雪花の制服の入った袋が渡された。

「それよか、もう帰ろうぜ。駄弁りはどこでもできるっしょ」

 洋介の提案に一同は従うことにしたが、雪花は同行できなかった。すでに引退していても部活動で後輩から指導を頼まれていたのだ。

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