Another side.信じる者2

■後神暦 1326年 / 春の月 / 星の日 pm04:00


――クリスティア王国 国境付近



「ジェイル様!! みなさんご無事ですか!?」


ラミアセプス殿との再会から数日後。

我々陽動部隊は先に砦を超えてもらった神子と誰一人欠けることなく合流できた。

神子は我々一人一人に声をかけ、心から無事を喜んでくれる。

ワタクシはこの顔をもう一度見れるとは思っていなかった。



「まさかラミアセプスさんが来てくれていたとは思いませんでした! 

これがジェイル様の策だったのですね!」


「えぇ…まぁ…」


ワタクシを含め、陽動部隊はみな全滅することを覚悟していた。

ラミアセプス殿の助力を得ても犠牲は避けられない、はずだった…

しかし、それがどうだ…



「コホン…神子よ、別れ際にお声がけ頂いた通り、全員無傷で合流です…んヌッ…」


「はい! 女神とラミアセプスさんに感謝します…!」


そう、全員無事…どころか無傷。

何故なら戦闘をしていないからだ…


ワタクシは身震いしながら、あの壮絶な光景を思い出す。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――数時間前 クリスティア国境 守備砦前



「じゃあ行くワぁ~」


城塞都市オーレリアを囲んでいた砦にも匹敵する堅固な拠点。

軍隊とは言えない規模の我々は、砦からクリスティア軍が出てきたら全滅は必至。

出来る事は死力を尽くして神子が国境の奥へ進む時間を稼ぐこと…


そんなワタクシの覚悟など関係ないとばかりにラミアセプス殿は砦へ単身進んでいった。


まるで庭を散歩する貴婦人のように。

日傘の代わりに巨大なはさみを逆手に持って。


そしてあの夜のように影に溶け、次の瞬間、クリスティア軍の砦、それも門の目の前に彼女は立っていた。



「こんにちワぁ~」


――!!!!!!!!!!!!!!!!


交差部を外し、巨大な二本の大剣へと姿を変えた鋏は、堅牢な砦の門扉を紙か薄布のように切り裂いた。

砦壁るいへきから門から離れるよう警告していたクリスティア兵も、まさかドレスを着た女性が、それも一人で砦の入口をバラバラにするなんて思っていなかっただろう。



「神子! 今です! 砦を迂回して国境を越えてください…んヌッ!」


呆気に取られたが、すぐに我に返り、部下と共に神子へ国境を超えるよう伝え――


「行くぞ!! 我々もラミアセプス殿に続け!!」


――残りの者で砦へと馬を走らせた。



「見張りを射貫いぬけ!!」


当初の予定通り、遠見をしている兵を優先的に探す。

神子が砦を迂回していることを気づかせない為だ。

部隊を二つに分け、左右から砦側面を周る…が。



「ドゥーレ様、砦壁るいへきに見張りどころか誰もいません!!」


ワタクシとは逆回りに砦を進んだ者からの報告。

こちらも同じく壁上に人影を見つけることができなかった。



「まさか、全戦力がラミアセプス殿に…?」


急ぎ砦正面へ戻り、中へと突撃した。

恐らく砦には数百のクリスティア兵が常駐しているはずだ。

いくら彼女が常軌を逸した存在であっても、そんな物量を前に無事では済まない。

そう思ってたのだ。


しかし、目に飛び込んできた光景は我々の理解を超えていた。

馬たちも尋常ではない殺気に当てられたのか、いつの間にか脚が止まっていた。



「アハハハハハッ!!」


ラミアセプス殿は襲いくる無数の剣戟をヒラリヒラリと躱す。

流れるステップにクルクルと悪戯に回る動きはまるでダンスのようだった。

そして向かってくる者は無慈悲に切り裂いていく。


クリスティアの弓兵も人が密集して矢を射ること躊躇っていた。

中には自棄を起こして矢を放つ者もいたが、そんなものが当たるはずもない。



我々は何を見ているのだ?

そんなことを考えている間に一人、また一人とクリスティア兵は倒れていった。

気づけば彼女は血と人だったモノに囲まれて天を仰いでいた。

まさに死屍累々、普通ならばその凄惨な光景に吐き気を催しても不思議はないはずなのに、誰一人として嗚咽を漏らす者はいなかった。


何故なら血だまりに佇む黒衣の女性に神々しさすら感じたからだ。

その場にいた全員が同じことを考えていたのではないだろうか。



「あぁ~、楽しかったワぁ」


「……ラミアセプス殿、ご無事で何よりです。

砦内にまだ兵が残っているやもしれません、我々も離脱しましょう」


「それなら心配ないワぁ。ココで遊ぶ前にみんな殺しちゃったから」


子供が「キャハッ」と笑うような屈託のない笑顔。

恐ろしいことにその時の笑顔がワタクシが見た彼女の顔で、一番純粋な表情だった。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



こうして我々は一切の戦闘をすることなく越境することができた。

砦は文字通り全滅、クリスティア兵は誰一人として逃げられなかったのだ。

あの後、砦を見て回ったが、武器も取れずに倒れている兵が大勢いた。

きっと、抵抗する間も無く死んでいったのだろう。



「まさに天災…」


思わず口を衝いた言葉は神子に聞かれることはなかった。

ラミアセプス殿が最後に見せた笑顔と同じような笑みで神子がワタクシに問いかける。



「ところでラミアセプスさんは? お礼を申し上げないと」


「……いつの間にか姿が見えなくなっていました。

ですが、神子へ伝言を預かっていますんヌッ…」


「そうでしたか、直接感謝を伝えたかったのですが…

ラミアセプスさんは何と仰ってのですか?」


「はい、ブラン殿がワタクシたちを追ってクリスティアに来ているはずだ、と……あ、ヌッ!」


「メルミーツェさんが!?」


ラミアセプス殿は我々が超えた国境の反対側から越境してくるだろうと言っていた。

なので、北西に進み、山脈沿いに移動するのが良いだろう、と。



「神子よ、先ずはラミアセプス殿の助言に従って行動しましょう。

そしてこの国を見て、貴女の信念に従って動くと良いと思います…んヌッ」


ブラン殿が追ってきてくれたことを知り、心配と少しの喜びの表情を見せて神子はまだ声をかけていない者たちの元へ行ってしまった。

その背中を見送りながらワタクシはオーレリアでの出来事を思い出す。


調印式より前、ブラン殿に奴隷解放の夜の事を聞いた時のことだ。

彼女はラミアセプス殿がほぼ一人でオーレリアの兵を制圧したと言っていた。

…そんなことが在るはずがない。

そう思い口にもしたが、続く彼女の言葉と今日見た光景で納得せざるを得ない。


ブラン殿はこう言っていた。

――『常識とかって、同じ舞台じゃないと通用しないと思うんです』


確かにその通りだった。

小さな虫が獰猛な魔獣に勝てるワケがない。

強さの常識が違い過ぎる。

ラミアセプス殿は恐らくそう言った類いの存在なのだろう。



「不死の蛇…――」


かつてそう呼ばれた魔物がいたらしい。

ワタクシは不意にその名前を口にしていた。



【越境戦 ラミアセプス イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093076633938119

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