第14話 晩餐
「いきなり怪人が現れるなんてびっくりしました……」
「僕も怪人が生まれる瞬間を見たのは初めてだよ」
ヴァイスも驚いている。まあ、ただのトランペットが怪人になるなんて恐怖でしかない。長い間ナビゲートをしているはずのヴァイスでさえ初めて見たというのは意外だが。
「やっぱり東京って怖いですね……」
「そう? 私は久しぶりだから結構テンション上がるよ。それよりお腹すいた」
青山先輩は呑気だなー……。いや、それが彼女の良いところなんだろうけど。でも私としてはもう少し危機感を持とうよ、と思ってしまう。
地図ではこの辺りに本部がある。やはり神奈川の司令部と同じく地下にあるのだろう。目の前には大きなビルが建っているのだから、きっとここが目的地だ。
「じゃ、入るよ。司令官さんに失礼のないようにね」
私はビルの大きな自動ドアの前に立ち、中に入っていく。中は普通のオフィスといった感じ。会社員っぽい人たちもいる。
先輩たちの後ろから歩いていく。やはりエレベーターの前にやってきた。
「それじゃ、ブレスレットをかざしてね」
青山先輩に続いてブレスレットをかざすと、エレベーターが動き始めた。これも神奈川の司令部と同じ。
「これ……、どういう仕組みなんですか?」
「さあ? 私もよく知らないけど、魔力に反応して動いているらしいよ」
魔法の世界ってすごいなあ。私もまだまだ知らないことばかり。
エレベーターは地下50階まで高速で降りてゆき、ドアが開かれる。ここが本部……。見た目は神奈川の方とあまり変わらないけど。
「司令官室はこっちだよ」
ヴァイスがふわふわしながら私たちを案内する。歩いても歩いても似たような景色ばかり。不安になりながらも、『司令官室』の札が掲げられた部屋の前に立った。
「司令官、入りますよ」
青山先輩はノックをして中に入る。そこには大きな机と椅子が。そしてそこに座っているのは……。
「君たち、よく来てくれた」
黒光りする豪華な椅子に座った金髪のロリっ子。この人が司令官さんだ。……実際に見てみると本当にロリロリしいな……。だがその威厳はなかなかのものである。
「どうもー」
「司令官、お久しぶりです」
赤澤先輩は司令官さんにもフランクに挨拶。こういうのって立場を考えてしないとダメなんじゃないのかな……。
それに対して青山先輩は丁寧で、大人びている。が、今現在空腹を我慢しているのだと思い出した途端、つい笑いが込み上げてしまう。耐えろ……、耐えろ……。
「黒井は直接会うのは初めてだな。私が司令官だ。よろしく」
司令官さんは私に手を差し伸べる。私も慌てて手を出し、司令官さんに応える。緊張する……。手汗でヌルヌルしてないか心配だ。しかし手汗というのは気にすればするほど増えてしまう。無になろう……。無理。
握手を終えると、司令官さんはヴァイスに目を向ける。
「ヴァイス、最近の活動はどうだ?」
「ああ、琴音たちの活躍で神奈川は平和だよ」
ヴァイスは司令官さんに敬語じゃないんだ……。まあ仕方ないのかな? 魔物だし。
「道中でも怪人に会ってさー。それも琴音たちが倒したよ」
「やはりまだ怪人が多いか……。……今回もご苦労だった。疲れただろうから、すぐに夕食にしよう」
夕食。その言葉を聞いて青山先輩の目が光る。
「やっと食事ですか! 行きましょう!」
お腹が空いて我慢の限界らしい。司令官室から走り去っていった。廊下は走らない方がいいですよー。
「瑠夏はいつもこうだよな……」
赤澤先輩が頭に手を当ててため息をつく。いつもこうなんですか……。司令官さんも苦笑いを浮かべる。
「我々も行こう。食堂まで案内する」
食堂がちゃんとあるなんて! これは青山先輩でなくてもテンションが上がる。司令官さんに連れられて青山先輩を追いかける。
「ここが食堂だ」
大きな扉を開けると、高級レストランさながらの内装。細長いテーブルに真っ白な椅子が並び、いい匂いが漂ってきた。
「今日はご馳走だなー!」
赤澤先輩もご機嫌だ。東京は久しぶりだと言っていたが、豪華な食事も久しぶりなのだろう。
「黒井も好きな席に着いてくれたまえ」
奥の方の席では赤澤先輩と青山先輩が並んで座っている。そこに行くとしよう。
「琴音、ここのハンバーグ本当においしいから。みんなハンバーグでいいよね?」
強制的すぎる。でもハンバーグ、いいね! 私は赤澤先輩の右隣に座る。
「今日は疲れたなー」
「はい……。怪人が生まれる瞬間なんて初めて見ました」
「私もさ。なんてことないトランペットにいきなり魔力が注ぎ込まれて、怪人になったってこと?」
エンデ・シルバーの何者かが怪人を生み出しているのに間違いないだろう。それが例の幹部である可能性も高い。いつかそいつと遭遇してしまったら……。
「これからは敵が増えるかもなー」
赤澤先輩が頭の後ろで手を組んで言う。それはどこか、彼女の不安が溢れてくるような、そんな言葉だった。
食堂には次々に女の子たちが入ってくる。ここの魔法少女たちだ。みんな疲れ切っているのが顔に出ている。
「今日の怪人、強かったね……」
「本当、死ぬかと思った……」
などと言いながら席に着いていく。
いやはや、魔法少女という仕事の恐ろしさを感じる。夕食は魔法少女たちにとって数少ない楽しみなのだろう。少しだけ活力を取り戻しているようにも見える。
「お待たせしましたー」
10分ほどして、ハンバーグが私たちの席に届く。お姉さんが持つお盆の上には、ジューシーな匂いを漂わせるハンバーグ。
「おぉ……、美味しそう……」
本当に美味しそうだ。湯気が立ち、肉汁が溢れている。
「「「いただきまーす」」」
一斉にハンバーグを口に運ぶ。そしてみんなで舌鼓を打つ。
「うまい!」
赤澤先輩の言う通りだ。本当に美味しい! 出来たてほやほやなのも相まってさらに美味しさが際立っている。デミグラスソースの絶妙な味わいがもう堪らないのだ。口に広がる肉汁は魔法のように幸せな気分にさせてくれる。
「だから言ったでしょ? ここのハンバーグは本当に美味しいって」
青山先輩は幸せそうにガツガツと食べている。本当に美味しそうに食べる人だなあ。私もつられて笑ってしまう。
ふと見ると、ヴァイスは私たちが食事を取るのをじっと見つめていた。
「ねえ、ヴァイスは食べないの?」
「魔物だから食べ物は必要ないのさ」
ヴァイスに何を言っても魔物だから、で済んでしまいそう。でもやっぱり、少し寂しい気がするな。猫に人間の食べ物を与えるのはダメって言うし、仕方ないのかな。
☆
「おいしかったー」
食事を終え、私たちはしばし席についてゆっくりしていた。青山先輩、食べるの超早かったな……。
ピンポンパンポーンと何やらチャイム音が鳴る。すると食堂の奥のステージの方に司令官さんが上がってきた。その瞬間、今まで賑やかだった食堂が一気に静まり返り、全員が司令官さんの方に向く。司令官さんはマイクを通して話し始めた。
「魔法少女諸君、今日もご苦労であった。今日も平和維持に協力してくれて感謝する。だが……」
重々しい話し方に圧倒され、私は姿勢を正す。
「街の復興の目処は立たず、怪人も増える一方。それに……」
少し間を開け、何を言い出すのかと思えば、次には衝撃的な一言を放つ。
「今日死亡した魔法少女は四名。いずれも例のエンデ・シルバー幹部との戦いでだ」
私を含め、その場の全員が唖然とする。四名死亡……。
魔法少女は過酷な戦いを強いられている。世界の平和のためとはいえ、普通の高校生が命を懸けてまで戦う必要があるのか、疑問が浮かんでしまった。私がそれを訴えても無駄だろう。
「これが今の魔法少女たちの現状だ。だが、諸君は決して死ぬな。死んでしまったら……、全てが終わりだからな」
何かを思い出したかのような話し方に変わり、背筋が凍る。私たちにも伝わってくる緊張感。まるで本当にそうなってもおかしくはないかのような……。
「今後も引き続き怪人を倒しつつ、街の復興に努めてくれ。頼んだぞ」
そう言い残し、司令官さんはステージを降りていった。その後、魔法少女たちは心ここにあらずといった状態で散り散りに解散していった。
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