第11話 背ビレ

「……」


 私、才能あるかもしれない。既に五匹の魚を釣り上げた。これだけ集まると、バケツの中で狭そうにしている。


「琴音マジすごいじゃん」


 ギャルの子に話しかけられた。名前は……、名前……。思い出せないなあ。


「あ……、ありがとう」


 とりあえずお礼は言わないとね。それ以上の言葉は思いつかないけど。


「釣りしたことあんの?」

「いや、初めてで……」

「じゃあなんで五匹も釣れんの? 天才じゃん」


 褒められて少し心が躍る。ニヤけないよう努力するけど難しいな……。私、褒められるとつい顔に出ちゃうから。


「そういえばさ、琴音〜。最近魔法少女よく見かけるくない?」

「えっ? ああ、うん……」


 よく見かけるも何も、私が魔法少女、セイントブラックなんだけど……。姿がバレるわけにはいかない。うまく話を合わせよう。


「学校の前に怪人出た時マジビビった〜。セイントブラックが倒してくれたけど」


 それも私なんだけど……。


「東京の方とかめっちゃ荒れてるしさー。神奈川が平和なのってセイントブラックのおかげと思わない?」


 それを聞いて心が温まる。私がしていることは人の役に立っている。それが実感できる。


「ねえ、楓もセイントブラックすごいと思わない?」


 隣で魚がかかるのを待つ黄田さんに、ギャルの子が話しかける。突然で驚いているようだが。


「え? ああ、うん」


 しっかり者で明るい黄田さんにしては素っ気ない。どこか上の空な感じ。

 また一匹魚がかかる。


「これで六匹目……」


 恐ろしいくらいに順調な釣り。将来は漁師かな……。


 ☆


 その後の一大イベント、海水浴の時間が訪れた。よく晴れていて、波も穏やかに押し寄せては引いてを繰り返している。


「琴音ちゃん、一緒に泳ぎましょう!」


 黄田さんが誘ってくれる。しかし私は誰もが認めるカナヅチ。


「あ……、ごめんなさい。私泳げなくて……」

「あっ、そうだったんですか? じゃあ浅いところでいいので」

「あ、うん。それなら……」


 私は黄田さんと海に入る。足元からひんやりと冷たい感覚が伝わる。


「気持ちいいですねー」

「うん」


 これ以上進んだら深すぎて溺れる……。ビビりまくりながら少しずつ歩く。


「じゃあ、私は他の子たちのところも見てきますので」

「うん……」


 黄田さんが他の班員のところに行く。一人になってしまった……。どうしよう。泳げないかつぼっちなんて、何が楽しくて海水浴してるんだろう。と思いながらバシャバシャと波をかき分けていた時。


「向こうに何かいる?」


 沖の方から高速で向かってくる何かがいる。まさか……。

 そいつはすぐにここまでやってきた。腕はパペットみたいになっていて、鋭い歯を持っている。


「俺はサメ男だー! 貴様らを食ってやる!」


 こんな時にまで怪人!? ここは海水浴場だよ!? 楽しい海水浴は一変し、恐怖の時間となった。クラスメイトは逃げ惑う。頼れるのは私だけ。あそこの岩陰で変身しよう。


「光の戦士! 変身! セイント☆ブラック!」


 そしてサメ男の前に立ちはだかる。


「お前か……。俺の破壊を邪魔するやつは!」

「怪人の好きにはさせない!」


 先手必勝。シュバルツを突き出してサメ男を攻撃する。しかし、サメ男は目にも止まらぬ速さで避ける。避けたことにすらすぐには気づかないほど。


「遅えよ!」


 サメ男のパペットが襲いかかってくる。私はそれをシュバルツで受け止める。


「ぐうっ……」


 重い……、なんて力なの……。スピードだけでなくパワーまでも強力だった。このままじゃ押し切られる!


「はあっ……!」


 相手の動きをよく見るんだ。次の攻撃を予測して……。


「ここだ!」


 隙を見て、シュバルツを振り上げる。今度は先端がサメ男の体を切り裂いた。

 サメ男は少し後ずさりする。しかしすぐに体勢を立て直す。


「なかなかやるじゃねえか……。ならこれはどうだ!」


 サメ男は海に潜った。海の中では相手の方が有利。シュバルツを構えてサメ男を待つ。いつ来てもいいように集中をする。しかしなかなか来ない……。


「……」


 まるで釣りのようだ。魚が食いつくまで待つ。そしてサメ男が現れた瞬間、勝負!

 大きな水音を立ててサメ男が上がってきた。だが構えが間に合わない。


「うぐっ……」


 素早いパンチを受けて後ろに大きく吹き飛ばされてしまった。


「ははは! 手も足も出ないようだな!」


 シュバルツを地面に突き刺して体を支え、なんとか立ち上がる。

 このままサメ男に有利な戦いを続けても勝てないだろう。何か良い方法を考えないと……。このような強力な敵が相手なら特に。


「……」


 釣りはなぜ難しいのか? 成功するかどうかが相手に握られているからだ。そうして導かれた答えは一つ。相手に委ねないこと。したがって行動は決まった。


「【パワースラッシュ】!」


 シュバルツを海に向かって振り下ろす。すると海が真っ二つに割れた。


「なんだと!?」


 サメ男は驚いている。この隙に倒そう!


「いけー! 【パワースラッシュ】!」


 サメ男は腕で防ごうとするが、渾身の一撃を前にあまりに無力。サメ男は粉々に砕け散った。


「なんとか勝てた……」


 よかった……。遠くでクラスメイトたちが手を振っているのが見える。


「セイントブラックさん! ありがとう!」

「カッコいい!」

「すごいよ!」


 みんな、私の戦いを見てくれていたのか。なんだか少し嬉しい。


「セイントブラックさん、握手してー」

「私も私もー」

「あ……、えと……」


 私は大勢の人に囲まれた。こんな経験初めてだ……。みんなから褒められるの最高! だけど今の私はセイントブラック。ニヤけないようにしないと。


「マジカッコいいじゃん! セイントブラック! 写真撮っていい?」


 さっきのギャルの子もやってきた。彼女は大興奮で私のもとに駆けてきた。


「あ……、いいよ」


 パシャパシャ……。いや何枚撮るの? 連写が止まらない。データ容量が心配になる。

 というか、このままだと変身解除するタイミングがないよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る