第4話 種

 風が運んできたのか、鳥が運んできたのか、はたまた花自身が飛ばしたものなのか。

 そこに1つの種がそこにあった。


 その種は何度かの季節を越えて、ようやく弱弱しい黒い芽を出した。

 それは更に幾百もの春を迎えた頃に双葉となり、幾千もの夏を越えて一本の真っ黒な葉を持つ木となった。


 その木は花も咲かず実も生らない。

 そんな不気味な黒い木に他の植物たちは距離を置いて様子を見守り、何の恵みも与えてくれない黒い木に動物たちも関心を持たなかった。


 花も咲かず実も生らない。

 しかし、その黒い木は種を生む。

 やがて大樹となった黒い木から生まれた種は、最初にかかった時間とは比べものにならない速度で芽を出し木となった。

 その木々は集まり林となり、やがて大きな黒い森を作る。


 幾万回目かの秋が深まる頃、それまで静観していた動植物は異変に気付く。


 黒い森は他の植物の生態系が維持できない程にまで拡大しており、住処を追われた動物たちは餓えて絶滅する種が後を絶えなくなっていた。


 それでも黒い森の増殖は止まらない。

 森は動物を栄養として増え続け、枯れた木だけでなく、まだ青々と葉の茂った他の植物すらも取り込んでいく。

 多くの命が黒い森に吸い込まれては消えていった。


 他の生き物を吸収し数を増やし続けた黒い木は、やがてその大地のほとんどの場所に生息するようになった。


 植物たちは問う。

 何故自分たちの場所を奪うのか?と。


 動物たちは問う。

 何故自分たちを喰らうのか?と。


 黒い木は答える。

 それが自然界の掟だと。

 世界は弱肉強食なのだと。


 弱きは滅び、強きは栄える。

 単純明快な理由。

 この世界はそんなことわりの中にあるのだと。


 自信満々に、声高らかに答えた。

 力のある自分たちが正義なのだと。


 すでに圧倒的な勢力を築き上げてしまった黒い木に、他の生き物は抵抗することが出来ずに数を減らしていく。

 そして更に増殖していく黒い木。

 世界は自分たちが生きる為にあるのだと豪語していた。


 しかし、やがて彼らは気付くのだろう。

 全ての植物が枯れ果て、全ての動物が絶滅した時。

 それらを栄養に育ってきた黒い木は、その先、どうやって生きていけばいいのかと。


 自分たちだけが生き残った黒い大地の世界の中で。


 他に何の生物の息吹も聞こえない静寂の死の世界で。


 黒い木は何を想うのだろうか。



 幾億回目かの冬の時を迎えた世界。


 それが今の地球と呼ばれる場所である。






「はい。このお話はこれでおしまい。さ、そろそろ寝なさい」


「ねえママぁ。地球ってどこぉ?」


「私たちが暮らしている、この星のことよ」


「じゃあ、他の動物さんや植物さんたちは困っているの?可哀そう……」


「ふふふ。大丈夫よ。このお話はそんなことをしてたらいけませんよっていうお話なの。それに――」


「それに?」




「これは今よりもずっとずっーと昔のお話なのよ。もう、このお話を作った人間はこの地球にはいないの。」


「そっかぁ……」


「ほら、ちゃんと尻尾をお布団にしまって寝ないと風邪ひくわよ」


「はーい。ママ、おやすみなさーい」


「はい。おやすみなさい」




「人間は間に合わなかったんだね……」



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