第3話 星に願いを
本当に降ってきそうなほどに空いっぱいの星が煌めいている。
満天の星空とはこういうものを言うのだろう。
都会の空ではこうはいかない。
少し遠かったけど、わざわざこんな田舎の山まで来てよかった。
誰もいない穴場で少し怖い場所だけど、彼がいれば心細い事は無い。
今日はおうし座流星群がもっとも見える日。
別にそんなものに興味はなかったけど、彼がどうしても見たいということで、車で一時間以上かけてはるばるやってきたのだ。
「綺麗ね」
隣の彼の横顔を見ながらそう呟く。
でも彼は空を見上げたままで返事はない。
もともと寡黙な人なので、そんな反応にも慣れている。
それに、そういうところを好きになったからこそ、私は周囲が引くくらいアタックして、半ば強引に恋人関係になったのだから。
付き合い出して2年。
最近は彼からのメールの返事が少なくなった気がしている。
電話をかけても忙しいからとすぐに切られてしまう。
もしかしたら、他に誰か好きな人でも出来たんじゃないかって不安もあった。
そんな不安を払しょくする為に、私はそれまで以上に連絡を取ろうとした。
10回に1回しか返事が無いなら、20回、30回とメールを送ればそれだけ多くの返事が貰えるだろう。
電話をかけた時が忙しいのなら、1時間おきにかけていたのを10分おきにかけていれば、いつか暇な時間に当たるだろう。
そうして私は何とかして彼の気持ちを私に繋ぎとめようと頑張った。
それが功を奏したのだろうか。
昨日、半年ぶりに彼の方から連絡があった。
一緒に流星群を見に行こうというのだ。
2年も付き合っていたけど、彼にそんな趣味があるなんて知らなかった。
でもせっかくの彼からの誘いを断るなんて選択肢は私にはなかった。
私はそのお誘いに即答した。
私には夢がある。
好きな人と永遠に結ばれることだ。
好きな人とはもちろん隣にいる彼の事。
もう2年も付き合っているのだ。そろそろきちんとした形で結ばれても良い頃だと思う。
もう一時も彼から離れたくない。
今の関係も幸せだったけど、私はもっと幸せになりたいのだ。
もしかしたら今日、彼からそんな言葉を聞けるかもしれないと、内心ドキドキしていた。
彼のポケットの中には何が入っているんだろう?とか、どんなことを流れ星に願ったと言ってくるのだろう?とか、星空を見上げながら、そんなロマンティックなことばかり考えていた。
すると、一筋の光が夜空を横切った。
「――あ」
不意をつかれた私は願い事を言うタイミングを逃してしまった。
でも今日は大丈夫。
なんといっても流星群なのだ。
これからいくらでも流れるだろう。
そんなことを考えていると、すぐに次の星が流れた。
そして次々と夜空を彩る流星群。
何て綺麗でロマンティックな光景。
今日の私たちを祝福するような奇跡的な光景。
私は心の中で願い事を唱える。
彼とずっと一緒にいられますように。
彼とずっと一緒にいられますように。
彼とずっと一緒にいられますように。
ちゃんと3回唱えることに成功した。
生まれて初めてこんなことをしたけど、今だけはこの想いを星に託したいと思った。
この想いが彼にも届いていますように。
「ねえ。あなたは何を願ったの?」
放っておいたら何も言わなさそうだったから、私の方からそう促した。
「願い事は人に言ったら叶わないんだよ」
ああ、そんなこともあったなと思いながら――
「大丈夫。星が叶えてくれなくても、私があなたの願いを叶えてあげるわ」
だって、幸せになるなら私も一緒だもの。
「えっとね――」
そう言いながら彼はポケットの中に手を入れる。
「もう2度と君の声を聴かなくても良いようにって」
その手には小さなナイフが握られていた。
私は満面の笑みを浮かべながら――
「私が叶えてあげるわ」
彼の腰の辺りに、持ってきていたスタンガンを当てた。
彼の願いは叶えられた。
2度と私の声が彼に届くことはないだろう。
そして私の願いも叶えられた。
部屋に戻ればいつでも彼の顔を見ることが出来る。
これからもずっと一緒にいられる。
「いってきます」
私は今日もホルマリンに浮かぶ彼の顔に話しかけて家を出るのだ。
寡黙な彼は何も言わないけど、これからもずっと私に微笑みかけてくれるだろう。
星に願いを。
きっと叶えてくれるから。
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