第捌話

「んだあアイツらは……許せねえ」


「え、嘘」


「え、やばくない?」


 同様の光景を四回も繰り返すと、反応が薄まるのが必然的だとしても眉一つも動かさぬ程冷静さが顔に出た。

 本来の性格とは乖離したと疑われてもおかしくない程、中身の性格が表面化してきたのだ。ここまで来ると運営の作為を実感したが、ここで膝を折れたらそれこそ彼らの思う壺になる。


 だけど、敗因が分かっただけでもマシだと言えよう。同じ轍を踏まないように今回は敢えてリスクの高い方を選ぶつもりだ。同じ会話を辿りルート選択まで持って行ったのはいいものの、


「カメラを避けながらの移動は、やはり難しそう?」


「難しいと思う。物陰にできそうなものなんて少ないだろうし」


「……だわな」


 またしても壁にぶつかってしまった。

 目的地の機械室に行くにはまず学食側面の入口を出て西の方向を約200メートルくらい進み本館に入り、そこから西側廊下へ進み地下室に繋ぐ階段を下りれば後は機械室に着くだけ。

 このルートだけでも最低八台の監視カメラの視野に入ることになるわけだが、幾ら夏目の俊足でも一々監視カメラの死角に入るのは流石に無理がある。


「柚ちん、移動中にえっと、監視カメラの映像を切り替えられそ?」


「まあ一応、できますけど……。あまり長すぎると怪しまれるから、誤魔化せるのは長くても一分ぐらいかな」


「その一分ってさ、全ての映像を切り替える時間なの?」


「いえ、一台だけだけど……。一応、カメラを誤魔化すのは通過するのみにしとく予定ですよ。一気に全部の映像を差し替えるのは怪しまれるだろうし……」


「うんうん。それじゃあ、その一分を二十秒か三十秒程度にしといた方がいいね。ほら、あんま長すぎると変って思われるっしょ?」


「いや、できるにはできますけど……。その人の体力の配慮とかしなくても平気なの?」


「ああ、大丈夫大丈夫。アタシがやるから」


「え」


「足にね、結構自信があるんだ~。だから、どんと任せんしゃい!」


 どんと胸を叩いて言った夏目。聞いているとこちらに心強い安心感をもたらしてくれるが、やはりどうしても失敗かもしれないという不安が付き纏う。

 その時にまたやり直せばいいだけの話に尽きるが、同じ流れに持っていくように会話を辿らなければいけないという苦行が地味に面倒臭い。

 せめて会話ログとか確認できたらいいが――そんなゲームの仕組みと離反する願望がぽつりと思い浮かぶ。


「その機械室、多分鍵とか掛かってるはず……貸して」


「あ、盲点だったわ」


 己の俯瞰力の欠如を思い知らされた駿之介。大蔵に穴を突かれたのはさておくとして、何やら机の下でコソコソと不慣れなモノと苦戦しているような――そう不思議がると夏目の声に引っ張られる。


「だいじょうびだいじょうび。どんな鍵でもあたしに掛かればちょちょいのちょいだよ」


「あ、多分ピッキングは無理っすね。あそこ、電子ロックになってるみたいだから」


「うん? 待て、カメラがないのにどうやって知ったんだ」


「さっき超小型ドローンを飛ばして確認した。操作は大蔵さんが」


 当の功労者はと言うと、不慣れなことをやって疲れが染み渡るような顔をした。

 どうやら、皇国人の彼女が堂々と操作するわけにもいかないからタブレットを机の下に忍ばせて黙々とやったらしい。今唯一話に付いて行けない光風の助けを求める視線を駿之介は一旦無視して、話を進めることに。


「解除するにはカードキーが必要、ということか。ちなみにどこにあるかは」


「知らない」


「だわな……」


「でもほら、すぐ隣に事務室があるようね」


 物陰から事務室の入口を撮影する画面が映っているタブレットを机の下を伝って柚に返した折、駿之介がチラッと見た。


「鍵がここに保管されている可能性が高いわね。一番大切なモノを近いところに仕舞う。大石ならそうするわ」


「ちなみに中にカメラとかは」


「ないよ」


「……このままドローンを取りに行かせるというのは」


「そんな機能持ってないよ、ウチの子」


 使えないドローンだな――そんな無益な感想がよぎったが煮詰まったのも事実だ。

 ただでさえ事務室は一般生徒でさえあまり寄り付かない場所の上に、誰かが潜入して鍵を取らないといけない。

 用事があるのは精々部活動のある生徒のみになるが、元々多忙な月華荘の一行は残念ながら部活に入る余裕もないため全員帰宅部。それに堂々と訪ねて「機械室の鍵ください」なんて愚行は以ての外。一体どうすれば――。


「――私達、まだ教科書もらってないよね」


「そうか! なんだ大蔵、今日のお前やけに冴えてるじゃないか。風邪でも引いたのか?」


「なっ、失礼しちゃうわね」


 そっぽを向かれた大蔵が唐突に立ち上がった。


「あれ、まだ話も終わってないのにどこ行くつもりだ」


「時間もなさそうだから、今から行こうとしたところよ?」


「あ、一人で持つのは重そうだしアタシも――」


「いい。夏目にはそれまでに体力温存してもらうから」


「でも、二人が行った方が成功率高くなるかもしれないぞ? 大蔵が中で職員を引き付ける隙に夏目がカードキーを見つける……というのもできそうだな」


 即興で組んだ作戦としては割と合理的だなと彼は内心で自画自賛するところで、立ち上がった人物がもう一人増えた。


「そっか! ナイスアイデアだよ、シュースケ! それで行こう!」


「え、いや、でも……」


「だいじょうびだいじょうび。ほら行くよ、おぐりん」


 これから出発する二人に柚が小型ヘッドホンを手渡して使い方を教える一方、駿之介も自分なりに作戦を固める。

 やがて一通り説明を受けた彼女達は、振り向いてきた。


「そんじゃ、レッツゴー!」


「……行ってくる」


 明快な口調で言う夏目と、どこか慎重の面持ちで顎を引く大蔵。もし彼女一人だけ行かせたら彼だって全力で引き止めるつもりだった。だから夏目が志願すると聞いて内心で安堵した。

 正反対の二人だからこそ、いざという時に互いを助け合えるからだ。


「ああ、行って来い。頼んだぞ、二人共!」


「うーん、よく分かんねえけど、とりあえず『蹴散らして来い』……とでも言っとけばいいのか兄弟?」


「ああ、合ってる」


「にししし、あいよー!」


 ピースサインを作る夏目を最後に二人は歩き出し。そんな二人に負けられないように、駿之介が他の二人にもヘッドホンを付けながら作戦会議をするようにと提案した。








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※









 事務室に向かっている途中で大蔵がそっとイヤホンを外し、隣の夏目を呼び止めるように指でツンツン。「うん?」と碧眼が向けられ、今度は無言で耳を指差すと彼女もイヤホンを外した。


「あのさ、一々私のことを気にしなくてもいいよ。その、仕事でもう手一杯なのでしょ? 偶には自分にも時間を作った方がいいんじゃない?」


「へえー、そんなにアタシのことを気に掛けてくれてたんだあ~」


「別に、そんなじゃ……」


 少しからかうとそっぽを向く大蔵に、目を細める夏目。

 無論、彼女が言わんとすることを理解した。だけど彼女が大蔵を想う気持ちは本物だ――二人の邂逅の短さとは関係なしに。


「まあ、あれを抜きにしてもさ、おぐりんとは仲良くなりたいから。あ、誰かに言われたからとかじゃないよ? 例え違った形で出会ったとしてもきっとこうしておぐりんの隣で歩いてると思うなぁアタシは」


「ふ、ふん、好きにしろ」


「にひひひひ。うん、好きにさせてもらうよ~」


 終了したとばかりにイヤホンを付ける夏目の後を続くように、大蔵もそうした。けれど次第に流れてくる雑談とはらしかぬ、強張った顔付きが浮かぶ。

 もうすぐ問題となる目的地に着く。失敗は許さない。だって、流れている会話は二人が鍵を取った前提で進んでいるからだ。


 ちゃんとやらなきゃ――制限時間が差し迫り、切迫感が高まる中、


「はいは~い、今から事務室に行くよ~ん。皆、応援よろしく~おん♪」


 緊張とは無縁な底なしの明るい声に引っ張られ。振り向いた視線の先、こちらにウィンクを添えてサムズアップする夏目の姿に思わず間抜け顔を晒した。


『うん? ああ、分かった。頼んだぞ、二人共』


『ご武運を、夏目さん、大蔵さん』


『ヤベッ、オレも何か言っといた方がいいのかな……? け、怪我をするんじゃねぇぞー』


 三人の応援が流れ込んできたその時、ふとあることに気付いた。


(そうだ、今の私は一人じゃない)


 自分を落ち着かせるために深呼吸一つ。

 これでもう、迷わない。


「――行ってくる」

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