第漆話

「――アイツらは……許せねえ」


「え、嘘」


「え、やばくない?」


「は――?」


 緊迫した状況をよそに、思わず間抜けた反応が出てしまった駿之介。状況確認で周囲を見回すと、撮影会が既に開始していた。

 どうやら彼はほんの数分前に巻き戻されたようだ。鬼畜運営にも仏の心はあったのか、実に良心的なループに思わず称賛を送りたくなる。とは言え、


(どういうことだ?)


 疑問と当惑を解消するにはまだ程遠い。

 今になっていきなり趣向を変えた事実を一旦さておき、まずはこの状況を何とかしないと。前回の反省を活かし、今回はすぐに他の皆と相談――する前に激昂している光風に一言を言わないと。


「光風、今から突入しても返り討ちに遭うだけだぞ」


「あん? そう言うからには何か策があるとでも言いてえのか?」


「ああ、そうだ」


 途端に光風の表情は憤怒から驚きに一転。

 無論その言に驚いているというのもあるが、彼の飛び抜けた頭の回転速度の方がよっぽど衝撃的である。何せ勃発が起こってからまだ三分すら経っていないだというのにもう既に策を思い付いたのだ。驚かないわけがない。


「それを話す前に一つ確認したい。この中で一番足が速いのは誰だ」


 質問を投げ込むと現場の険悪な空気とは似つかぬ、明快な「はーい」が響く。


「えへへへ、何を隠そう! 実はアタシ、結構足が速いんだ~」


 意外な人物が挙手するのを見て駿之介の双眸が大きく見開く。

 彼女のそういった場面は一度も見たことがないが、他のテスターの情報によると大蔵を確保したのは他でもない夏目だ。

 本人が立候補してくれた以上、その可能性に賭けてみるしかない。


「それじゃあ、光風。ここから巫女姫様までの道を切り開けられそうか?」


「おうよ! 勿論、できるぜ!」


「では夏目、巫女姫様をお救いし、彼女を人気のないところまで頼む」


「了解!」


「そんな夏目の援護を光風、頼んだぞ」


「分かりやした! ほら久遠、足を引っ張るんじゃねえぞ!」


「えへへ、そっちにそのまま返すよー。このまま一気に行っちゃう~?」


「行ってやるぜえ!」


 先程の様子とは打って変わって調子のいいことを言い合う二人。

 彼らだけでもワンチャン行けるかもしれない。二人の勝ち誇った横顔が閉ざされた未来に希望の光をもたらす、そんな予感がした。


「二人共、いってら――」


 けれど――無慈悲にもソレが現れた。








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※









「んだあアイツらは……許せねえ」


「え、嘘」


「え、やばくない?」


「マジかー」


 急を要する事態なのにも関わらず、こめかみを押さえては大息を吐く駿之介。

 まさか、保身プランがこうも早く破綻するとは。

 主人公である以上自分の手で救わなければいけないのは薄々勘付いたとは言え、実行に移るにはあまり気が進まないというか面倒くさくなったというか。

 はあと短い溜息を吐き、どうしようかと考えあぐねていると、


「……何か考え事?」


「え? あ、ああ、そうだけど……」


 大蔵の質問に遮断された。話してよ、と回答を催促する双眸に根負けした彼は、巫女姫様を救いたいという旨を伝えたが。話し終えてもただ黙り込む彼女に却ってこちらの不安と似た焦燥感を煽る。

 やっぱり引かれたのか。駿之介の中で折角芽生えた希望の花が枯れかけたその時――。


「――つまり、見られなければいいでしょ? じゃあここの電源を消せばいいじゃない」


「と言ってもなぁ、スイッ――あいや」


「続けて」


「スイッチの場所って入口の方にあるだろ? あそこはほら、護衛が見張ってるから安易に近付けないというか」


 学食入口で待機している二人の黒服を顎で指し示す駿之介。自分達の守るべき対象が禍中にいるのに頑なにそこから一歩も動かないとは、彼らは対象を間違えたとしか言いようがない。


「“すいっち”は何なのか知らないけど……じゃあ、学校中の電気を落とせばいいじゃん」


「お前、見掛けに寄らず、さらっと大胆なことを言うな……」


「どうせ学校側が調べたら故障とかなんとかで処理されるんだから、ここは敢えて大胆に行かないと」


 大蔵の言葉に駿之介は度肝を抜かれた。

 けれどそのしたり顔を見ていると、賭博心が掻き立てられる。後は柚に侵入経路を調べてもらって皆と話し合いながら作戦を固めていくだけだが、早速問題が発生した。


「このルートだとカメラがいっぱいあるから、その分、リスクも高くなるけど……」


 机の真ん中に置かれた柚のスマホが多数の丸いアイコンを記した校内マップが表示されていて、それら全部カメラの位置を示している。

 改めて学校側の安全対策に感心する一方、常に監視されている状態下からこそ、日頃の鬱憤を皇国人に発散していたかもしれないという負の一面があることは否めない。


「距離は?」


「軽く見積もっても400メートルぐらいはあるかな?」


「結構距離あるな。ネット経由で電源を切るというのは」


「それはダメっぽいね。なーんか外部から完全隔離されてるみたいから」


「そうなんだ」


 萱野兄妹の話に付いて行けない人は二人いるが、構わず話を進めることにした。それにしても、皇国なのにしっかりハッカー対策がされたのが癪としないが、出来ればリスクを避けたい。

 そんな考えが顔に出たのか、柚がスマホをいじりながら言う。

 

「まあ一応、カメラがないルートはあるっちゃあるけど」


「え、どこだ」


「この間、女性専用お手洗いに行った時にあることを気付いたっすよ」


「ああ、通気口のことね」


「あ、はい……」


 大蔵に先を越されて途中までドヤ顔で語った柚が一瞬曇った。


「通気口から行けそうじゃない?と思ったけど、流石に内部の構造まで公開していないからマッピングが必要になるのと、あと時間内に辿り着けるのかどうかも分からないからこの案は没ね」


「ふむふむ、なるほどな」


 中途半端な相槌を打ちながらチャットで何者かとやり取りをしている駿之介に、柚は怪訝な表情を向ける。


「って、さっきから何してたの、駿兄?」


「いやちょっと、強力な助っ人を召喚する儀式をやってる最中だよ」


 と、送信ボタンを押すとあっという間に返信が来た。相変わらず仕事が早いなー、と内心で感心しつつ内容を読み上げる。


「えっと、『使用しているアプリのことは分かりませんが、一応、画像データだけ送りました』だとさ。使えそうか?」


「おお、これがあれば……! ちょっと貸してッ」


 写真データを見せるとやや興奮気味の柚にスマホを奪われ、双方のデータを照らし合わせる。邪魔しないように他に何かすることはあるのか、と辺りに視線を彷徨わせた時、丁度苦笑している夏目のと合った。


「ええと、もしかしてだけどさ……ウチのセキュリティ、かなりガバガバな感じなんじゃ……」


「……ノーコメント、ということで」


「あはははは……だよね」


 一教育機関がこうもあっさりと二人にハッキングされるとは前途多難と言わざるを得ないが、その指示を出したのは駿之介だから何とも言えない気持ちが胸中で充満している。


 それから程なくして柚からゴーサインが出て、駿之介は各自に役割を振ることになった。

 通気口で機械室までの経路を確保するのが夏目、停電の後非常電源が復活するまで巫女姫様のところまでの道と救出後退路を確保する切り込み隊長が光風。巫女姫様を救うのが駿之介で、全体のサポートするのが柚となった。


「……どうやって連絡を取り合うの」


「盲点だった」


 話がとんとん拍子に進めて行き過ぎたあまりに、倉庫番になった大蔵に言われるまで気付かなかった。最も重要な部分がすっかり抜け落ちて、どうしようかと頭を抱えると、


「そこは安心してください。こういうこともあるかと予想して、不肖萱野柚、ヘアピン型の超高性能カメラ一個と人数分の小型ヘッドホンを持って来やしたので」


 どこからともなくスパイグッズを取り出し、ふんすと鼻息を噴き出す妹に呆れて物も言えない。が、今は責めるより有難く頂戴した方が賢明だ、と彼が判断した。








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※








 

 作戦開始してから三分が経った頃、臨時本部に残っているのは大蔵と柚だけとなった。サポーターの柚が各々の位置まで案内し終えてやっと一息を吐いた頃、「ねえ」という声に振り向く。


「その、夏目に行ってもらってる通気口のことなんだけどさ。もしかして、幅はこれぐらい?」


 大蔵が両手で幅伍寸ぐらいの長方形を作って見せると、さも当然かのように「そうだよ」と返す。


「……それ、入れなくない?」


「――――あ」


『ちょっと柚ちん! 入り口が小さすぎて、入れないよ!』


「マジっすか……」


 まさかの急展開に柚がポカーンと。彼女はただアニメのキャラが通気口で現場を侵入するシーンを観たことがあるだけで何となく行けそうだなと思って提案したのだが。これでは作戦が破綻するのも同義だ。

 一度全員を呼び戻さないと――そんな思考が柚の脳裏によぎった時。


『こらそこの君! 何をやってるんだ!』


『えっ、あっいや、その、ただ通気口ってなんかいーなーと見てるだけで、別に怪しい者なのでは……』


「え、なになに?」


「見回りの先生?」


『問題無用! 今すぐに職員室に来なさい!』


『ノオオォォォーー!』


 作戦が実行される前に失敗に終わり。夏目の悲痛な叫びと共に、世界が歪んだ。

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