5
侍女長は困り果てていた。
理由は一つ。
剣鬼から預かった少女である。
王家も贔屓にしている相手とあって、無碍にはできなかったが、今考えれば断らなかった後悔が募った。
仕事があるので、面倒を見きれない。なので、休憩中の同僚に委ねて一時間後に様子見に戻る積もりでいた。
しかし――。
「侍女長!」
「何事です?」
一時間もしない内に、一人が駆け込んで来た。
驚く侍女長は、子供に不祥事が起きたのだと考え、慌てて案内を借りて少女の下へと向かう。もし取り返しのつかない事態なら、剣鬼によって両断されるやもしれない……。
そんな暗い未来図が浮かぶ。
侍女長は、少女のいる休憩室に到着した。
「もう助けて下さい侍女長」
「何事ですの」
努めて平静を装いながら問う。
疲労困憊といった様子の侍女が、部屋の隅を指差した。示された方向に視線を滑らせると、水の入った桶を抱えてうずくまる少女がいる。
外傷は無い。顔色も、来たときより幾分か良い。
何ら問題は無さそうだった。
「どうしたのです?」
「実は……あの
「何度も汲み直させた挙げ句、無言で空の桶を差し出してくるし、大変なんですよ!」
決河の勢いで流れる文句。
侍女長は冷静に一つずつ受け止めた。
頻りに水を求める少女、今も器で掬った分をちびちびと飲んでいる。
侍女長はふと、その器が薄汚れているのに気付いた。衛生的にも悪い、一見して健康状態が悪い少女に使わせるには不適切な物だ。
ゆっくり接近し、少女の隣に屈み込んだ。
替えの器を差し出す。
「器を替えましょう」
「んん」
少女が首を振った。
「でも、それだと水も汚くなるわ」
手を差し出して交換を要求する。
それでも、少女は拒否した。器を庇うように胸に抱く。
特に外観から高価な物でもない。むしろ旅人が気軽に使う品だった。貴賤の価値など計るまでもないほど粗末である。
だがしかし、少女は拒絶した。
「強情な子ね」
困り果てて、ふと侍女長は気付いた。
この器、もしや剣鬼の所持品では。
確かめようにも少女の掌中だが、器を庇う態度などからも心情の概ね把握した。
「どうします、侍女長」
「このままでいいわ」
「どうして?」
侍女長が顔を綻ばせる。
「剣鬼様になついてる様子だわ」
「ええ……あの鬼にですか?」
「美形ですけど、犯罪者予備軍でしょ」
「いや、もう予備軍でも無いな」
口々に剣鬼の悪印象な部分が上げられる。
侍女長も、それを強く否めなかった。
数々の戦場で武功を立て、その分だけ周囲から強い恐怖を抱かれる少年。どんな過去を辿ったのか、全く人を信用していない。
心の奥底で、人を冷めた目で見ている。
侍女長は手を叩いて全員を制した。
「この子は私が面倒を見ます。苦労をかけましたね、あなた方はゆっくり休みなさい」
執事や侍女が、ほっと安堵のため息。
すると、少女が立ち上がった。
音もなく立った姿に、全員が思わず沈黙して注視する。さっきと一変して、不機嫌そうな顔だった。
とてとてと、まだ覚束ない足取りで進んで行く。
そして。
「え?」
一人の執事の足を掴んだ。
突然のことで誰もが戸惑う。
意図を理解できずに見ていると、捕まれた執事の足から、だんだんと蒸気が立ち始めた。
異常な現象。
執事が思わず足で少女を突き飛ばす。
倒れた少女を無視し、慌ててズボンの裾を捲った。
「な、何だこれッ!?」
執事がズボンから出した
「ぎゃああああ!!」
執事が驚怖に震え、見ている者も悲鳴を上げた。侍女長も愕然として立ち尽くす。
「ん」
少女が起き上がる。
その場の全員が萎縮した。
「あなた、何者なの……?」
侍女長が震えながら問う。
しかし。
「ん?」
少女はただ小首を傾げるだけだった。
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