尾張国(1)
泉姫の乗っている青毛の馬はかなり優秀な馬だった。自然と頼貞が乗っている赤毛の馬を追ってくれている。
周りの景色が次々と移り変わっていく。泉姫ははじめのうちは恐くて周りの景色を楽しむ余裕などなかったが、そのうちに今景の背に乗った時ほど恐くはないと気付き目を開けることが出来た。
「泉姫。そろそろ目的の場所に着きますよ」
「!」
頼貞の言葉を聞いて泉姫は「もしかして」と声を上げる。
「甲斐の国ですか」
「いえ。残念ですがそこに着くにはまだまだかかります。ひとまずは
「……ですが」
ここまで来るのにかなり時間がかかっています。これ以上長引いたら……。
そんな泉姫に対して頼貞は馬を止めてこちらを振り返る。
「焦ってろくに休みもせず体調を崩してしまったらそれこそ時間を無駄にしてしまいます。それに尾張にはあまり知られていませんが湯もあるのですよ」
「……」
「それにここまで来れば甲斐の国はもうすぐです」
そう言われては仕方がない。泉姫は渋々と頷いた。
「ひとまずは今晩の宿を探しましょう。どこかいいところがあればいいのですが」
空が段々と夕暮れの赤から黒へと変わっていく。辺りは田んぼや畑が広がっている。ただ田んぼの水は少なく畑の作物も茶色くなってしまっていた。
「きっとどこかに民家があるでしょうから。泉姫だけでも泊まることができないか聞いてみましょう」
頼貞はそう言って馬を進める。泉姫も後を着いていった。
しばらく進むと藁で出来た小さな家がポツリと一軒見えた。頼貞は馬の速度を上げて民家へと一直線に向かう。外はすでに暗かったが泉姫は扇を手に持っていつでも顔を隠せるようにしておく。
頼貞は家に着くと「すみません」と家に入っていった。泉姫も馬をゆっくりと降りて頼貞の後ろを顔を隠して着いていく。
家の中には老夫婦が口をポカンと開けてこちらを凝視している。
それもその通りです。急に身なりの良い男女が訪れてきたら私でも驚いてしまうでしょう。
頼貞は「申し訳ないのですがこちらの私の娘を一晩泊まらせてほしいのです」と泉姫に目を向ける。目を向けられた泉姫は顔を隠したまま深く礼をした。だが……。
「そ、それは出来ません。泊まらせたいのは山々なのですが。この家は狭いですし。それに食料不足ですので十分なおもてなしも出来ません」
「「食料不足?」」
翁の言葉に泉姫と頼貞は思わず声を大にしてしまう。頼貞はゴホンと取り繕うように咳払いをした後、「食料不足とは何かあったのですか」と尋ねる。
「ここ最近は作物がとれていないのです。というのも干ばつが起こっていて、雨が降る日が少なく降ったとしても少量なのです」
「!」
それはっ! 今景様に巻き付いている影が原因なのでは――。
泉姫が頼貞を見ると、頼貞もこちらを見て何も言わず頷いた。頼貞は再び老夫婦に向き直り深くお辞儀をした。
「そうですか。……急に押しかけてしまい申し訳ありませんでした」
「本当に何も出来ずに申し訳ありません。変わりといってはなんですが、この先に偉い法師が住んでいる長屋があります。そちらへ行ってみたらどうでしょうか。それにどうもその法師は雨を降らせるべく近々龍をつくる……と聞いています」
「龍をつくる?」
「ええ。噂ですが」
泉姫は突然に龍の話を聞いて今景を思い出し、胸が塞ぐ気持ちがする。
雨が降っていないということは今景様の体調は未だ良くなっていないのですね。最後に会った時でさえ辛そうでしたのに。さらに悪くなっていたら……。心配でたまりません。やはり早く今景様にお会いしなければ――。
頼貞は「そうですか。それではその法師のもとへ行ってみることにします」と一礼してから泉姫と共に家を出た。
頼貞は不安な顔をしている泉姫に「大丈夫ですよ」と頷いてみせる。
「今から行こうとしている法師は龍をつくろうとしている、とのことでした。もしかしたら今景様のことも何か知っているかもしれません」
「……そう、ですよね」
「ひとまずはその法師の元へ行ってみましょう」
そう言って頼貞は泉姫を馬に乗せた。
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