逃亡編

第十八話 三馬鹿の憂鬱

 三馬鹿がご褒美をお預けされ、帝都に強制帰還してから一週間。


『あー………しんどい………』


 ようやっと彼等は拠点でだらけることが出来た。


「どうよ?この一週間」

「聴取パーティー聴取パーティー聴取パーティー………気が狂いそうだよ………。そっちは?」

「似たようなもんだ。模擬戦模擬戦パーティー模擬戦模擬戦パーティー………癒やしが無ぇ………モフモフ………モフモフがほしい………」


 ぐでんぐでんになって椅子の背もたれに身を預けるレイターの尋ねに、同じ様にテーブルに突っ伏しているジオグリフは返し、さもありなんと二人は乾いた笑みを浮かべた。


 あの後のことだ。


 冒険者ギルドに地竜素材を一部確保して他を卸し、換金した三馬鹿は「よっしゃご褒美貰いに行くべ」と獣人の里を目指し意気揚々と進発しようとして、ギルドから待ったが掛かった。


 当然と言えば当然だ。


 三馬鹿は何しろ地竜の群れが出現するという大事件、その重要参考人なのである。何ならそのまま解決しちゃった系。当然冒険者ギルドは勿論、国からの事情聴取も免れない。とは言え現場を目撃したのが彼等だけでなかったのも幸いして、四六時中尋問紛いな聴取があったわけではない。それぞれに聞くために時間を置いたり休憩を入れたりして、一応、配慮をしてくれてもいた。しかし同じ質問を何度も何度もする前世と変わらない聴取方法に三馬鹿は辟易としていたのも事実。


 そんな合間合間に入ってくるのは、地竜の群れを全滅させた頭のおかしい馬鹿共―――もとい、若き英雄達とお近づきになりたいという打算に満ち溢れたパーティー会食や模擬戦である。


 ジオグリフはリーダーということもあり聴取が多めで、そして紛いなりにも貴族なのでパーティーのお誘いが大量にあった。実家にも影響しかねないので気楽に断ることも出来ず、仕方無しに胃痛を覚えながら参加していたのだ。


 レイターの場合は平民でただのパーティーメンバーヒラということもあって聴取はそこまででも無かったが、その代わり彼の強さを報告した帝国軍人達から興味の視線を一身に集めることになり、ひたすらに騎士や兵士を相手に模擬戦を重ねていた。


「姫は―――気楽そうだな?」


 同じテーブルについて優雅に紅茶なんぞしばいているマリアーネにレイターがジト目を向けると、彼女はカチャリとソーサーをテーブルに置いて。


「―――冗談じゃありませんわ………!!」


 魂のあらんばかりに咆哮した。




 ●




 レイターのように軍に目をつけられず、さりとてジオグリフのようにリーダーでもないマリアーネは二人に比べると確かに幾分か暇であった。代わりにずっとパーティー三昧であったが、そこはそれ。見目麗しき淑女が犇めく環境なんぞ百合豚にとってはご褒美でしか無い。


 当然、それ以外の厄介な男も出現するが、元々マリアーネは美容関係のお陰で社交界との関わりが多かったので躱し方は心得ている。というか、元が男なので手玉の取り方も心得ている。見てくれだけは本当に美少女なのでコロッと騙されてくれる。


 そんな訳で適当に小悪魔ムーブをカマしてその日も下半身に脳がある男共を片手間に転がして、サーチ力のある百合アイでパーティー会場を物色していると騒ぎを見つけた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………!」

「ふん。聖女と言っても所詮は平民の出ですか。これだから下賤の者は………」


 神官用の礼服を来た青髪の少女が、ドレス姿の赤髪の少女にひたすら謝り倒している。よく見ると床には金属のカップが転がっており、中の果実酒がぶちまけられていた。その一部は貴族と思われる少女のドレスに引っかかっており、多分、神官少女の方がぶつかってしまったのだろうとマリアーネは判断した。


(ふむ………?)


 マリアーネは即座に脳内で二人の少女の照会を開始する。パーティーに来るような少女の身元など全て頭に入っている。何なら脳内で理想のカップリングを楽しんでいたぐらいだ。何とも妄想たくましい。


(あぁ、平民の少女は聖女と噂のリリティア・ハーバートちゃんですか。ドレスの子はウィレムス子爵家の長女、カタリナちゃんですわね)


 サクッと検索を完了したマリアーネはふぅむ、と考える。


 凄腕の回復術士であるリリティアは幼少期から神童だのと祭り上げられ、それが理由で所属していた領主家であるハーバート家へと去年養子で入った。同時期にリフィール教会(何とあの女神はこの世界の住人に認知されていた)から正式に聖女認定された彼女だが―――やはりまだ教育が追いついていないのか、それとも単なるドジなのか粗相をしてしまったようである。


 怯えて平謝りしている平民のような謝り方を見るに前者かな、とマリアーネは当たりをつけて手助けすることにした。理由は単純、最初は仲の悪い美少女同士が段々と惹かれ合っていく様を特等席で見たかっただけだ。


 つまりこの女、百合物語のお助け友人ポジに収まろうとしたのである。クールに去るぜをやりたかっただけとも言う。


「あら、カタリナ様。それなら私もこの場には相応しくないのですが」

「マ、マリアーネ様!?い、いえそんな事は………!」


 突然割って入ったマリアーネに動揺するカタリナだが、実は仕方がない面がある。既に帝国の政商としての地位を確立しているロマネット家は、様々な影響を考慮して叙勲こそされていない一平民であるが、その大資本は帝国相手に殴り合ってもいい勝負をすると目されているのだ。一介の子爵家では到底太刀打ちできない。


 これで鼻につく行動でもして止事無き方々から睨まれているなら立ち回り方もあるだろうが、ロマネット家、ひいてはロマネット大商会は貴族の美容―――もっと言うなら各貴族家の女性陣を支えている。美を求める女性を助け続けているマリアーネに対し各貴族家の淑女達は並々ならぬ感謝をしており、もしも彼女が助けを求めたら旦那のケツを蹴り飛ばしてでも救援に来るだろう。貴族と言えど、嫁には逆らえないのである。況や、子爵程度の木っ端貴族などその日の内に改易されかねない。


 それは当然、マリアーネ自身も把握しているので敵対する訳じゃないよと柔らかく笑顔を浮かべる。


「責めている訳ではありませんのよ?平民には平民の、貴族には貴族の違いと役割があると思いますの。彼女は今まで平民の立場と振る舞いで良かったのに、聖女として認定されてしまったから急に役割が変わってしまったのです。なのにいきなり貴族として振る舞うことなど到底不可能でしょう?カタリナ様も生まれてからずっと貴族としての教育を受けてきて今があると思います。なのに明日から平民として振る舞えと言われても困ってしまうでしょう?」

「それは………そうですけれど………」


 戸惑うカタリナの手を取ったマリアーネは、今度はリリティアの手も取って重ね合わせる。


「だから長い目で見てあげましょう?そうすれば、きっと良いお友達になれますわ。ね?」


 そしてこの天使のような笑顔である。腹の中に百合豚を飼っているとは思えない極上の笑みに、二人どころか周囲も陶然としたため息をつく。一部の人間は美少女三人のやり取りに尊さを感じて卒倒していたりする。パーティー会場にも素養のある人間がいるのかもしれない。


「マリアーネ様がそう仰るなら………」

「マリアーネ、………―――お姉様♡」


 こうして丸く収まった―――ように見えたのだ、この時は。


 よっしゃカップリング成立―――!と内心でテンション上げすぎてリリティアの最後の呟きを聞き取れなかったのがマリアーネにとっての痛恨事となる。




 ●




「良い話じゃないか。むくつけきおっさんと腹黒いおっさんに尋問されて、特に興味のないパーティーで特に興味ない止事無き淑女に囲まれる私よりもずっと」

「良い話じゃねーか。筋肉まみれな模擬戦をして、そんなに飯も美味くないパーティーで上流階級のお嬢さん方に珍獣みたいな目で見られてる俺よりもずっと」

「そこで済めば良い話だったのですわ。1つの、それも身分差を超えた百合ップルが完成したと………そう、思っていたのですけれど………」


 そんな風にパーティーを終えたのだが、翌日からマリアーネの行く先々にリリティアが出現するようになる。


「マリアーネお姉様!お買い物ですか?奇遇ですね!私もなんですよ!あ、荷物お持ちしますね!」

「マリアーネお姉様!お食事ですか!?偶然ですね!私もお昼にしようと思ってたんですよ!私もご一緒していいですか!?」

「マリーお姉様!」

「私のマリーお姉様私のマリーお姉様マリーは私のお姉様マリーは私のお姉様私のマリーお姉様は私のマリーお姉様は私のマリーお姉様は私のマリーお姉様は私のマリーお姉様は私だけのマリーお姉様………♡」

「いとしのマリーおねーさま―――!!」


 と、この様に異様に懐かれてしまって段々と距離が縮まってきている。


「んだよ自虐風自慢かぁ………?こっちはモフモフ美少女のお預け食らってるのに」

「ずるいよねー。私だってエルフさんって出会いがあったのに次に繋がらなかったんだよ?」


 それをうんざりした顔でレイターとジオグリフが愚痴るが、マリアーネは能面のような表情のままだ。


「本気でそう思いますか?」


 理由は単純。このリリティアの言動、そしてその行き着く先は前世でサブカルに触れるどころか頭まで浸かって溺れているオタク達にとっては簡単に予想がつくのだ。


 即ち。


「重ねて問います。本気で、そう思いますか?」


 ―――クレイジーサイコレズである。


『ざまぁ―――!』

「言うと思いましたわこの馬鹿共―――!!」


 まさに策士策に溺れるを地で行こうとしている悪友に、ジオグリフとレイターはゲラゲラと笑った。


「こ、こんなはずではなかったんですの………!私は、私は百合ップルを編成して、それを特等席でニヨニヨ眺めたかっただけなんですの………!!」

「手を出せばいいじゃねぇか。そうすりゃ晴れて念願の百合物語の登場人物だぜ?」

「それとも見た目が気に入らないとか?」

「いえ見た目はどストライクですわ聖女とかいうステータスも最高ですわね!」


 テーブルをバンバン叩いて嘆くマリアーネに尚も腹抱えてゲラゲラ笑う二人が尋ねてみれば、彼女のリリティアに対する感触は案外悪くないようだった。


「ですがヤンデレ系は駄目です!特にクレイジーサイコレズには致命的な弱点が………!!」

『その心は?』

「百合ハーレムを作れないのですわ………!」

『あー………』


 マリアーネの言葉に、そりゃそうだ、と二人は天を仰いだ。


 ただでさえ束縛系である。内部に貯めて地雷系にジョブチェンジするのならまだ可愛気があるが、それを通り越すととんでもない攻撃性が他者へと向かう。哀しみの向こう側へ行きたくないし、囲った他の美少女が刺したり刺されたりするような皆殺し編など百合豚は望んでいない。


 モテる女は大変だねぇ、とジオグリフとレイターがゲラゲラ笑ってると。


「他人事のように言ってますが、貴方達も対象内ですわよ?」


 水を差された、を通り越して氷を刺された。ひやっを飛び越えてぞっとした。


 そう。相手は未だ進化中ではあるがクレイジーサイコレズ。想い人の周辺をチョロチョロする女性にすら攻撃性を持つのならば、男なぞ何を況やだ。猿だの虫だの煙たがられるぐらいならまだ笑って付き合えるが、皆殺し編に被害者として登場したくはない。


「―――レイ、ちょっと真剣に考えようか」

「―――そうだな先生。俺、いくらなんでも中身おっさんの美少女の恋人と勘違いされて刺されたくはねぇわ」


 その暗い未来を幻視した三人は、青い顔のまま今後の相談をあーだこーだと始める。多分転生して一番濃密で、そして真剣に紫色の脳細胞をフル回転させた。考えすぎて壊死しかけているとも言う。


 3つの心を、今こそ1つに。


 そう、この大事にこそ発揮すべきは日本人脅威の特異能力が1つ。


 今、必殺の―――。


『―――よし、逃げよう』


 面倒な問題は先送りである。


 尚、人はこれを現実逃避とも言う。

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