第十七話 三馬鹿の評価と不穏の種

 地竜の群れを食材の山に変えた三馬鹿はハイタッチを交わし、互いに頷いて避難民へと向き直る。


 しかしその澄ました表情をする彼等の胸中は―――。


(エッルフさん!エッルフさん!)

(もっふもふ!もっふもふ!)

(ろっりろり!ろっりろり!)


 俗物の極みであった。


 避難民達―――もっと言うなら彼女達の絶体絶命、その危機を救ったのだ。きっと好意を持たれたに違いない。打算と欲望に塗れた行動の結果ではあるが、見た目だけは確かに物語に出てくる英雄が如き大活躍であった。実際には蹴散らす、という形容が生温いほどに圧倒的な戦闘力を見せすぎたせいでちょっとドン引きされているのだが、そんな事は三馬鹿だから気づかない。


 彼等はさぁ凱旋だ、とばかりに歩みだして。


「あだ!」

「いで!」

「あいたー!」


 背後からその頭頂に拳骨が三馬鹿へと降り注いだ。痛みに痺れる頭を擦りながら振り返ってみれば。


「お前らなぁ………!」

『あっ………』


 こめかみを引き攣らせ、仁王立ちする『霹靂』の三名がいた。




 ●




 帝都の冒険者ギルドのある一室で、その部屋の主ギルドマスターである巌のようにガタイの良い中年男性―――ダスクは思いもよらない報告を朝っぱらから聞いていた。


 その日もいつもの時間に妻に優しく起こされ、朝食を取って、子供と少しじゃれ合ってから職場である冒険者ギルドへと向かったのだ。遅刻、というほどではないが、ここ最近特にやんちゃ坊主になってきた息子とのじゃれ合いが思いの外長引いてしまった。一体誰に似たんだか、と呟けば妻に『何処かの元金等級冒険者に似たんじゃないの?』と言われて目を逸らすことになる。若い頃に冒険者として各地を暴れ回った彼の血を色濃く継いでいるようだ。


 いつ死ぬかもわからない冒険者よりも、騎士でも目指して欲しいんだがなぁと彼が父親をしながら職場へ向かえば悲鳴と歓声が入り混じった声が聞こえてきた。


 なんぞなんぞと声が聞こえる解体場に赴けば、山のような地竜の死体がそこにはあった。


 現役時代ですら見たこともない成果にさしものダスクも絶句して、近くにいた解体要員を問い質した。曰く、「朝から銀等級冒険者のラルクがしょぼくれた新人達を連れてきて、その新人達がゴロゴロと地竜の死体を出している」と要点は掴んでいるのに理解が及ばない返答をした。


 結局しょぼーんとしながら地竜の死体を出しては解体作業をしている少年少女達三馬鹿を腕組みしながら睨みつけているラルクに声を掛け、ギルドマスターの部屋へと連れてきたのだ。


 そこから出てくる話の与太臭いこと与太臭いこと。


 事前に地竜の死体の山を見ておらず、そしてそろそろ白銀等級に昇級してもいいぐらいには実績と信頼を積んでいる『霹靂』のリーダーの言葉でなければ鼻で笑ったことだろう。と言うか、ラルクの言葉でもコイツ頭正気か?と喉元まで出掛かった。


 とは言え、だ。動かぬ証拠が解体場にあった。少なくとも100を超える地竜を誰かが殺したことになる。銀等級である『霹靂』には無理だ。どうにか命からがら、1匹倒せれば御の字。それも背水の陣でもなければやらないだろう。基本的に逃げを打つはずだ。




 あの後―――三馬鹿が地竜達を血祭りにあげた後、ラルクを筆頭に『霹靂』は彼等を叱った。それはもうド叱った。滅茶苦茶叱った。




 相手との力量差はあるし結果的には避難民が救われて良かったが、それでも言わずにはいられなかった。三馬鹿の行動は今回の仕事の目的、役割、ルール、それら全てを一切合切無視した独善的行動だからだ。結果オーライだから全部良し、と考える人間は信用ができない。もしもメインが三馬鹿で、『霹靂』がサブの立場ならそれもいいだろう。だが今回のリーダーはラルクで、彼等はその決定に従う義務があったのだ。


 スタンドプレーで結果を出すからいいじゃん、という人間には仮に失敗しても取り戻せるような役どころか、単独で出来る仕事しか任せられない。チームプレイの中には絶対入れたくない。間違いなくチーム内の不和になるからだ。と言うか、そもそも社会人として信用できない。


 まして三馬鹿の実力を『霹靂』はまだ知らず、それを計るための実地試験であったのだから。たまたま三馬鹿が地竜の群れを上回る力量を持っていただけで、もしもただの過信や義憤で突っ込んでいって死んでいたらそれは『霹靂』の管理責任になる。『霹靂』がやむを得ずそう指示した結果ならば望んで背負う責だが、好き勝手やられた結果ならふざけんなと叫びたくもなる。もうちょっと三馬鹿は説得なり遠距離から一匹殺してみせたりとやりようはあったのだ。テンション上がりすぎてすっかりすっ飛ばしてしまったが。


 ―――という説教をくどくどくどくど行い、前世で社会人経験を積んでいたこともあった三馬鹿はそりゃごもっとも大人しく叱られていた。変に若者らしく反論すると熱量が上がると知っていたのもある。


 誤算だったのは、そのまま地竜を回収して避難民達の護衛ではなくギルドへの報告となったことか。いや、シリアスブレイカーズの役割はあくまで補助。それも報告役だからそれも当然だった。


 ―――つまり、エルフやら狐っ娘やらロリっ子との触れ合いなど無かった。癒やしなど、何処にもなかったのだ。


 これには三馬鹿も意気消沈。しかも、帰り道はずっとラルクのお説教付きだ。冒険者は自由を旨にしているが、だからこそその責任がどうたらと社会人一年目へと向けて熱血指導。既に精神年齢で言えば50を超える三馬鹿に取っては耳が痛いやら共感羞恥やらで辟易していた。だが非は自分達にあるので「まぁまぁそのくらいで。若い連中も反省しとりますし」と前世では嗜める側に回っていた言葉も使えない。反論して論破することも考えたが、間違いなく火に油を注ぐだけだろうと考え貝になった。


 結果、精神を摩耗してしょぼくれた三馬鹿は「ハイ、スミマセン」と壊れたロボットのように虚ろに繰り返すしかなかった。だいぶ疲弊しているようで、今も解体場で瞳のハイライトを消したまま作業を手伝っている。


 結論として―――はっちゃけた馬鹿の末路である。


 閑話休題。


「一応、聞いておく。試験結果的は?」

「最後の判断だけは頂けなかったが、あの戦果で不合格だったら誰も青銅なんかにはなれないな」

「地竜114匹に、大型地竜1匹か………」


 ラルクの言葉に、ダスクは深く吐息した。大戦果も大戦果。何なら歴史書に載るレベルである。


「実際どうだった………?」

「どうもこうもない。アレは黒鉄等級の器なんかじゃない。一人だけでも最低金等級、三人揃ったら間違いなく白金レベルだ」

「出自や実績から既に赤銅ぐらいは見込んではいたが………」


 マリアーネはともかく、ジオグリフは武門で鳴らすトライアード家の出で、レイターは『迅雷ガド』の弟子だ。成長環境は良かっただろうし、少なくともレイターに限っては元金等級である『迅雷』が紹介状を書くぐらいの実力は持っていると判断していた。


 だが、それもあくまで常識レベルの話である。まさか地竜の群れを皆殺しにできるほどだとは思うまい。


「で、総評としては?」

「地力のあるボンクラーズ?」

「それはなんとも………」


 ラルク的には三馬鹿どもが自らの性癖や感情に流されまくってるので割と妥当な評価だったりする。


「取り敢えずは状況が落ち着くまでは謹慎か。まぁ、色々引っ張り出されるだろうが」

「等級はどうすんだ?」

「実力は最低でも金等級だろうが、いきなり上げても周囲の角が立つ。順次上げていくとして、取り敢えずは赤銅。幾つか依頼を受けさせて段階を踏む。既に地竜のことは騒ぎになってるし、スピード昇級でもそれさえ踏まえていれば周りの不満も出ないはずだ」


 あの三馬鹿に対しての方策は立った。取り敢えずはそれでいい。ちょっと、いや、かなり、いやいや驚天動地な試験結果となってしまったがまぁいい。


 それ以上に深刻な問題があった。


「それで、報告を聞こうか」

「ここ、一応防音だったか」

「ふむ。ちょっと待て」


 ダスクは小声で詠唱して、部屋に防音結界を念の為に張る。その上でいいぞ、とラルクに水を向けた。


「避難民達は一時的に獣人の里へ身を寄せている。疲弊が酷かったしな」

「ミラとアランが護衛についたと言っていたな」

「後は帝国軍の一部もな」


 何しろ10日も極限状況だったのだ。食料もカツカツで、とてもではないが帝都へ戻ってはこれない。一番近いのは元から避難先と見定めていた獣人の里だったので、そのまま向かわせることにしたのだ。


 帝都に戻ってきたのは、元から報告の任を背負ってたシリアスブレイカーズとその監督官であるラルク、それから国への伝令役を任された帝国軍人数名だけだ。


「で、帰りしなに倒した地竜を収納魔法を使えるジオグリフが集めていたんだが、その時に妙なものを見つけた」


 倒した大型地竜の頭部に埋め込まれる形で、拳大の宝玉が出てきたそうだ。それを見たエルフが顔を顰めたらしい。


「躁獣玉………?」

「獣、と名が付いているが魔物全般を操れる魔導具らしい。それが大型地竜の中から出てきた」


 本来いるはずのない森に、地竜の群れ。そしてそのボスの大型地竜から魔物を操れる魔導具。それが意味する所は―――。


「人災、か………」


 故意であれ事故であれ、今回の騒動に第三者が関わっているのは確定だろう。


「誰がやったかまでの特定は至っていない。一応、隊長のリーバー氏には口止めをされたが、ギルド長には告げてもいいと許可されている」

「変わりに異変があれば直ぐに国に報告しろ、しばらくは警戒しておけってことか。まぁ確かにおかしい状況だからな。―――あるとすれば、王国か」


 二十年ほど前までは東のカリム王国と帝国はガッツリ戦争状態にあった。そこから小康状態になって、十六年程前にようやく停戦した。以降は冷戦状態にはなっているが、小競り合いぐらいなら今もしょっちゅうしているので動機も十分。


 とは言え、だ。


「地理的には反対だし、真っ向から疑うには単純過ぎる」


 ラルクの言葉にダスクは頷いた。事件があった開拓村は帝都より南西。帝国の東にある王国からしてみれば敵地深くだ。そんなところからどうやって地竜を運んだだとかの疑問も当然だが、何よりも安直過ぎる。離間工作ではないが、冷戦状態の帝国と王国の戦争の火種を煽ろうとした第三者、と考えた方が幾分合理的なのは確かだ。


「どうもきな臭くなってきたな………」


 不穏の種を見つけ、しかし一介のギルドマスターと冒険者に過ぎないダスクとラルクの手には余る。だが何だかこの先、嫌でも関わりそうな気がしてならない彼等は、深くため息をついた。

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