第三話 三馬鹿がゾンビ

 帝都の冒険者ギルドの受付嬢であるカルラは、朝の依頼受付をこなした後に大きく伸びをして一息ついた。冒険者達の熱い視線を一身に受ける胸部装甲がゆさりと揺れる。その様子を目撃した出発準備中の冒険者達の視線も上下する。


 女性冒険者もそれなりにはいるが、荒くれ仕事をしているだけあって気が強い女性が多いのが冒険者業界だ。生死を共にする場合もあるから、愛情よりも友情―――要は仲間意識が先に育ってしまって恋愛感情に至らないことも多い。それ以外で最も関わるのがギルドの受付嬢だ。まして年頃かつ魅力的な容姿の受付嬢となればファンも生まれる。


 今年で18を数えるカルラは勤続3年目になる。もう新人と呼べる歳ではなく、ギルドの事務仕事でも主力と数えて良い。仕事も慣れて、生活も安定している。後はそろそろ結婚適齢期も中盤に差し掛かりつつあるので彼氏が欲しいかなというのが目下の悩みか。


 平民なので幼少期に許嫁が出来て15になったら即結婚するような慌ただしさはないが、後2年もすればアンタもそろそろと言われ、22を超えれば行き遅れと囁かれ始める。25を超えたら完全にレッテルを貼られる。バブルの時代にあったクリスマスケーキ論よりも早いのだから環境の違いとは何とも恐ろしい。


 だが、仕方ない側面もあるのだ。


 産めよ増やせよ地に満ちよ―――と言ったのはこの世界の人間ではないが、何しろ死が身近にある世界だ。魔物という種の外敵がいて、場所によっては戦争もあって、なんなら医療関係も中世レベルだからちょっとした怪我や病気でも死んでしまう。だからこそ、若くて健康な内に子孫を残せ、というのが本能にあった。人にしろ物にしろ技術にしろ、あらゆるものが溢れている現代とは感覚が違うのである。


 故に焦ってはいないがカルラもお相手を探しているのだ。できればいつ死ぬかわからない冒険者は嫌だなぁ、と思いつつかといって職場以外にろくすっぽ出会いもない現状の中、日々の忙しさにかまけて行動もできず今に至る。依頼主で偶に貴族の関係者がいるから玉の輿狙えないかしら、と今日も高望みをしていると。


「す、すみ………ません………………………」

「冒険者、登録………」

「お願い、しまおろろろろろ………」

「ひっ………」


 カウンター越しにゾンビの群れが現れた。


 思わず悲鳴を上げかけるカルラだが、よくよく見ればゾンビではなかった。幽鬼のような陰鬱さと独特な臭気を漂わせているがちゃんと人だ。陰鬱さの元凶はげっそりした顔で、漂っているのは腐臭ではなくアルコール臭と胃液臭。それぞれ手には桶を持っており時々耐えられなくなって虹の放水作業を行っている。


 三馬鹿ジオ・マリー・レイである。


 再会のテンションとこの世界での成人によるアルコール解禁イベントが合わさってはっちゃけた結果、深夜まで飲みまくって潰れた。まぁそれは自己責任でいいのだが、如何に前世で酒豪であっても今世では肉体そのものが違うのだ。しかも長年の飲みニケーションで鍛えた肝臓ではなくまっさらキレイな内臓である。


 当然、分解能力は未知数。


 そんな事に気づかないまま酒量限界を突っ走った結果のこの現状。


「うぇっぷ………」

「き、きぼぢわるい………」

「あー………駄目だ………吐くおぉろおろろろ………」


 早い話が、二日酔いである。


「あ、あのぉ………ご気分が優れないなら一度帰ったらどうです………?」


 おずおずと、臭いからその桶の中身溢す前に立ち去ってくれないかなこいつらと思ったカルラは割りと容赦ない提案をした。


「え、ええ………流石に今日は、登録だけしたら退散します………」

「だから………アルコール抜けてからにしましょうと言ったのですわ………」

「う、動いて汗掻いたら抜けるだろ、と思ったんだよ………」


 新成人あるあるな一種の恒例行事ではあるが、それに巻き込まれるカルラは溜まったものではない。


「え、えーと、では登録用紙出しますので、お名前と年齢、拠点にしている住所と得意にしている技術を記入願います。代筆はいりますか?」

『あ、だいじょぶっス………』


 追い詰められすぎてキャラの維持すら出来ない三馬鹿は震える手で羽ペンを握る。


「くっ………鎮まれ、私の右手………!」

「こ、このままでは私、ゲロインの仲間入りに………!」

「東海道一のバッカスと呼ばれたこの俺が情けない………!」


 追い詰められても意外と個性が残っている三馬鹿がどうにか必要事項を書き終えると、カルラは冒険者ギルドのシステムや受けられる支援、階級の説明をする。だが、頭をガンガンと血の脈動とともに殴られている三馬鹿には全く入ってこない情報であった。


「紹介状はお持ちですか?お持ちであれば、簡単な実技試験を受けられます。その結果を能力を考慮して青銅からスタートも出来ますが」

「あ………それは、俺の師匠が………」


 レイターが懐から封書を取り出す。カルラはそれを受け取って。


「では、レイター様だけですが、試験を受けられますか?」

「え?三人じゃだめなん………?」

「えぇ、一枚につき一人の紹介ですから。ジオグリフ様とマリアーネ様は………」

「持ってないですね………」

「持っていませんわ………」

「なので、レイター様のみになります」


 それに対しレイターはそっかぁとしばし黙した後、カルラから封書を返してもらった。


「じゃぁ、いいや………。三人で冒険者するって決めたから………」

「レイ………遠慮しなくていいんだぞろろろろろ………」

「そうですわ………ここは私達に任せて先へいけおろろろろ………」

「馬鹿野郎………!俺達は仲間だろ?だから登録する時も昇級する時も、そして吐く時も一緒だろろろろろ………!」


 そんな寸劇どうでもいいから早く帰ってくれないかなこの酔っぱらい共ゲロ臭い、とカルラがジト目で圧を掛けているとそれに気づいたか三馬鹿は身を小さくして。


『取り敢えず今日の所は帰ります………』

「はい、そうしてください」


 こうして、ゾンビ達は桶の中身をちょっと溢しつつ冒険者ギルドを後にした。


 尚、余りに臭過ぎたためか新人に絡むベテラン冒険者というテンプレイベントは発生しなかった。

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