始動編
第一話 そして三馬鹿は出会った
レオネスタ帝国、その首都である帝都レオネスタにも歓楽街は当然ある。
何しろ国家の首都だ。人の往来は尋常ではなく、そこを生活基盤にしている人間もまた多い。故にこそ、首都というのはどこも経済の中心地として機能する。そして人が集まる場所だからこそ、欲望を発散する場所というのが必要なのである。もしもどこも禁止にしていれば、欲望を発散する機会を求める人々が暴発し治安は凄まじく悪くなるだろう。
歓楽街というのは、言うならば必要悪なのである。
さて、そんな歓楽街の目と鼻の先に冒険者ギルドがあった。理由は単純、日雇い労働者とも言える冒険者は宵越しの銭は持たない―――訳でもないが、結構散財する。最早どちらが先かは分かったものではないが、この施設の隣接具合は計算されて作られていた。
時刻は夕方、そろそろ日が沈もうかとする頃。今日の仕事を終えた冒険者達が歓楽街へと繰り出そうとする波を眺める少年が一人いた。
金の髪に碧眼。どこか眠たげな憂いを帯びた表情の少年だ。冒険者ギルドの建屋の外壁に背を預け、人波を腕を組んで眺める彼の姿はすっと通った鼻梁も相まって非常に目立つ。道行く女性がドキッとするぐらいには。
それでも安易に声を掛けられないのは、彼の服装か。黒に金糸の見るからに仕立ての良さそうな上下に、蒼のローブ。そしてそのローブには家紋まで入っているとなれば、貴族家の縁者であることは疑いようがない。この場に紋章鑑定師がいるならば、トライアード家の紋章だと気づいたことだろう。
殿上人、とまでは言わないが貴族には侮辱罪を己が判断で独自行使するだけの法権力がある。触らぬ神に祟り無し、と考えて見て見ぬ振りをするのも仕方がないだろう。
(―――参ったな。日にちと場所は今日とここで合ってるはずだが………合言葉言って変な顔されるのも恥ずかしいってことに今更気づいた)
だが少年―――ジオグリフにとってはむしろ話しかけて欲しかった。引っ込み思案ではないし、それなりにコミュニケーション能力はあるが、とは言え初見の人間に合言葉を投げかけて返ってこなければどう接すれば良いのか全く考えていなかったのである。
そう、リフィール神との邂逅の際、彼等は一つの仕掛けと言うか約束をした。各々15歳の誕生日に、レオネスタ帝国首都の冒険者ギルドで落ち合おうと。故に生まれの希望も三人揃ってレオネスタ帝国になるようにリフィール神に要望したのである。
その際の合言葉も決めているが、その場のテンションに任せて決めてしまったためにちょっと恥ずかしいのだ。それこそ山!川!とか簡単なものにしとけばよかったと今更後悔している。
(どうしようかな。もう半日待ってるし、また明日にしようか………)
そんな風にジオグリフが悩んでいると。
「やっと着いた。ここが帝都の冒険者ギルドか」
ギルドの入り口に同い年ぐらいの少年が現れた。赤毛に鳶色の瞳。体つきは自分よりも大きいが、顔の幼さを見るに年が近い。身につけているものも平民の旅装で、目立つのは右腕にした鈍色のバングルぐらいか。
どこにでもいるような旅人の少年。だがジオグリフには、何か感じるものがあった。だから意を決して声を掛けてみる。
「なぁ」
「お?何だよ」
「あのさ………」
ぶっきらぼうに返してくる少年に、ジオグリフは少々気圧されながらも意を決した。恥ずかしさで顔が赤くなっているが、口を開き、えぇいままよ、とリズムを取って詠唱を開始する。
「も、燃やせ燃やせ怒りを燃やせ………!」
すると少年は一瞬だけキョトンとした後、ニヤリと笑って。
「走れ走れ明日へ走れー!」
合言葉にしていた獣神の歌が帰ってきた。
それを聞いてジオグリフは安堵の余り崩折れた。
「よ、良かった………!間違ってたら確実に黒歴史だった………!」
「何だよ、お前だってノリノリだったろ?」
「決めた時はテンションがおかしかったんだよ………」
ゲラゲラ笑う赤毛の少年―――レイターはげっそりするジオグリフの肩をバンバン叩く。
「だからって何でラ◯ガー?とは思いましてよ、私も」
と、二人に向かって鈴の音のような声が掛かった。二人が振り返れば、少女が一人いた。長い銀髪に、意志の強そうな緑眼。白のワンピースに身を包んだ肢体は、芳醇な色気こそ無いが、青い果実を彷彿とさせる魅力があった。レイターが彼女に視線を向けてふぅん、と鼻を鳴らして。
「プロレスが好きなんだよ。―――で、それを知ってるってことは、だ」
「はい。『僕』ですわ」
少女―――マリアーネは頷いた。
「本気で女性になってる………」
「リフィール神にそう頼んだのは知ってたが、マジか………」
絶句する二人に、彼女はふふん、と得意げにしなを作って。
「惚れては駄目ですよ?」
『無い無い。中身おっさんで百合豚の美少女とか無いわー』
「最近じゃバ美肉というジャンルもあるのですけれどね」
「俺の世代だとネカマか男の娘が精々かな」
「私もそうかな。後は
「差別ですわ!」
「面倒くさいヤツムーブすんなよ」
「と言うか、一体いつからいたのさ?」
「実は結構前からいましたわ」
しれっと告げるマリアーネに、ジオグリフは絶句した。
「話しかけてよ!私半日ここにいたんだけど!?」
「知ってますわ。斜向いのカフェでウロウロしてた貴方を眺めていましたもの」
「話しかけてやれよ………」
レイターの非難に、しかしマリアーネは眉をひそめる。
「だってあの合言葉は冷静に考えるとどうなんですの?もし間違ってたら恥ずかしくて死ねますわよ?」
「ああ、そりゃまぁ………だから私も躊躇ってたし」
「なんだよ~。いいじゃねぇかライ◯ー。忘年会で歌うと上世代にもウケるんだぜ?」
「あぁ、そりゃぁまぁ、飲み会での必須技能だけどさ………」
「確かにみんな何曲かは持ってますわよね、接待用のウケる懐メロ」
古い曲だと侮るなかれ。
オッサン世代には昔の歌謡曲や往年アニソンのウケが異常にいい。それなりに社会人として揉まれてきたのならば、その手の持ち歌の1つや2つは持っていることだろう。逆に流行りの真新しい曲とかだと顰蹙を買う。何なら最近の曲は早すぎて聞き取りづらいとか歌詞が暗いとかお前何様だと噴飯ものの難癖をつけてくる。
会社という箱庭で権力を持ったオジサンは非常に面倒くさい生き物なのである。それを酒の席でいなすための知恵、もしくは処世術が昔の歌謡曲や往年アニソンなのだ。
閑話休題。
「まぁ、ともかくですわ。予定通り合流できましたわね」
「そうだね。まぁ、色々と話したいことはあるけれど………」
「―――まずは成人式だな!飲み行こうぜ!!」
かくて三馬鹿は、この世界での15の誕生日―――早い話、成人の日に再会したのであった。
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