第33話 正妻の愛人
帝国内では婚姻と男女関係に関する
抜け道はあった。夫の場合、妻を複数持つことはできないが、愛人や
リリィには先ほどのアビゲイルの身の上話を聞いても、理解できないことがあった。後ろ盾のない未婚の娘の危うさである。法律も慣習も子を持たぬ女性の味方ではなかった。
皇女は混乱したまま、それ以上アレックスに聞けないで、傷病兵たちの見舞いにまわった。重症の患者は多くない。大体が隣の床に横になっている者に
リリィは一人一人の
兵士の一人一人がリリィに
一階の重症患者たちの見舞いは試練だった。
ある男がいきなりリリィの腕を掴んで言った。血の
「看護婦さん、俺は死ぬんだろう?死ぬんだろう?目も見えなくなって、腰だって骨ごと砕けちまった。一生食ってかれない。立ち上がることだってできない。俺は死ぬんだろう?体じゅう熱くって考え事だってできないんだ。どうか死ぬんだと言ってくれ」
男はリリィをつかんで離そうとせず、哀願するような、啜り泣くような声をだした。
「包帯ですよ、視界を遮っているのは。あなたはまた自分の足で立てますわ。お願い、希望を失わないで」
リリィはかすれた声で言った。
傷病室の端の離れた場所に、一見無傷に思われる男が寝台の上で座っていた。医者は彼が精神錯乱に見舞われていると教えてくれた。何時間も、水もパンも食べずに宙を見つめているのだと言う。女中や看護婦を捕まえて、仲間が死んでいった様子を事細かに語る。どういう風に家族や恋人の名を叫んだか、戦友の内臓が出てきて、体の外と中がひっくり返ってしまったこと。聞くもおぞましい話だ。
「いやだわ、戦争なんていやよ」
傷病室から退室し、廊下をしばらく歩くと、リリィはたえかねて、突然泣き始めた。アレックスが静かにリリィを抱きしめる。優しい思いやりに溢れた抱擁だ。
だが、アレックスは知っていた。犠牲なくして帝国の繁栄はない。父は戦争をやめないし、自分だって必要とあらば、剣をぬき、名誉の遠征に行くのだ。
兵士たちは涙を流さず、代わりに皇女が泣いた。
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