第20話 赤毛は気に入らない

 魔女だってメアリーが怯えているのをわかっていたはずだ。しかし、メアリーは虚勢きょせいを張って引き下がろうとしなかった。こんなんで諦めるなんて、恥さらしもいいところだ。


 魔女の婆さん、背中はひん曲がって、頬もこけているのに、巨人のような風采ふうさいだ。かなりの大柄おおがらだったのだ。メアリーは一瞬、この魔女、ずっと前に小屋の中に入ったきり、戸口から出たことがないんじゃないんかしら、と思った。戸口を通れるほどの背格好には見えなかった。


 メアリーはほんの小さな子どもだった。小さい鼻に、薄いそばかすが散らばっている、愛らしい少女だ。しかし、魔女だって見かけの可愛いさにだまされはしない。容赦しなかった。


「子どもだって言ったって、あんたは立派な貴族の娘で、友だちは皇女さまじゃないのかい?頼めばなんとか用意してくれるだろうね」

 魔女はぞんざいな物言いをした。脅しつけ、嘲笑うような口調である。

 

 メアリーはわざわざ村娘の服装を借りて、扮装ふんそうしてきたというのに。魔女はメアリーの身分を言い当てたのだ。ますます不気味で人間離れして見える。


 結局メアリーがその日のうちに秘薬を手に入れるのはかなわなかった。帰りの舟で、漁師の筋骨逞きんこつたくましい腕がかいをこぐのを見ながら、唇をかんでいた。水面みなもに光がさざめいてまぶしい。波が時々はねて鮮やかな赤毛に、月のように青白い肌にかかった。口の中では潮のしょっぱい味がした。


 その日から、メアリーのが始まった。アレックスは庭のりんごの木の上で読書するのを習慣にしていた。

 

 天気のいい午後、爽やかな風を受けながら読書していると、メアリーがやってきて赤毛や金髪や、魔女のことをがなりたて、アレックスが相手にしないのを見ると、木を激しく揺さぶりだす。

 慌てて木から飛び降りて、メアリーを叱りつける。ところがメアリーは憎々しげにこちらを見て、反省の色一つ示さない。また明日同じことの繰り返しだ。


 皇子は既に十六歳になっていた。十五歳になると同時に自由にしてよい財産が渡されていたので、魔女に代金を払うことだってできたのだ。ところが、アレックスは魔女のこと全てがまやかしだと思っていた。理性的な人なのだ。


「あなたが薬の代金を払ってくれるか、魔女を説得するまでやめない!」

 小悪魔みたいな少女が今度は目を潤ませて言う。

 アレックスは平和な読書の時間を邪魔されるは、泣き落としに遭うはで閉口してしまった。


「一体なんだってそんな秘薬が欲しいんだ?効果があるかも怪しい。それにどうして金髪にこだわる?赤毛だって綺麗じゃないか。君にはよく似合ってるはずさ。鏡を見てごらんよ」

 アレックスがメアリーを諭そうとする。するとメアリーが泣き真似をぴたりと止めて、赤い目でこちらを睨んだ。


「いやよ。赤毛は気に入らない」

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