第18話 魔女

 ところで、メアリーの金髪にはある摩訶不思議まかふしぎな事情があった。メアリーは母のアビゲイルと一緒、赤毛の女の子として生まれ落ちている。物心ついてから自分の赤毛が気に入ったことがなかった。金髪こそが自分に相応ふさわしい髪色だと思っていたのだ。


「メアリーが赤毛だった頃を覚えていて?」

 リリィがたずねた。

 アレックスが一瞬答えあぐねて、苦々しい笑みを浮かべる。

「覚えてるよ。あの頃からひどいお転婆だった。メアリーのせいで、僕もリリィも面倒なことになったんだ」

 どうやらアレックスにとって思い出したくない記憶らしい。どこかよそよそしい口調だ。


 実際それは忘れようのない事件だった。メアリー九歳。金髪への憧れと赤毛への嫌悪がどうしようもないくらい高まって、いても立ってもいられない状態に陥っていた。リリィはほんの六歳で、メアリーがよく下唇を噛んでいたのを覚えている。アレックスだってその時にはメアリーの行動力に辟易へきえきしたものだ。


 イリヤ城の岸からほど遠くないところに、魔女の住む小島が浮かんでいる。島自体はなんの変哲へんてつもない。全体に青草が生え、くすんで灰色になった小屋が中心に一軒だけ建っている。ただものすごく狭く、塀もなく、木一本生えていない土地なので、小屋が嵐で吹き飛ばされないのが不思議だった。ジョンはふざけ半分にこの島を「まるはげの島」と呼んだものである。


 どうやって九歳の女の子が魔女の噂を聞きつけたのだろう。メアリーは皇女付きの侍女として教育を受けていた身分だったし、その辺の野育ちの子どもとは違ったのだ。魔術や魔女の存在を公然と信じるのは平民のすることであって、高貴な者のすることではない。民衆の間では、魔女は村や町の治療師の手に負えない病気をいやすのに不可欠だった。貴族は医者に高い治療費を払うことができたが、平民となるとそうもいかない。


 イリヤでは昔から魔術師や魔女、魔法のたぐいみ嫌われており、しばしば迫害はくがいの対象になった。今でも魔女の排斥はいせきは変わらず、現皇帝のリチャードが魔女狩りを取り仕切ることもあった。魔女(あるいは魔法使い)の逮捕も裁判も、火刑もしょっちゅう行われる。逮捕し、火炙ひあぶりにされた者の中で、実際どれほど本物の魔女がいたかは定かではない。中には単に薬学や病の治療に秀でていただけの者もいただろう。リチャードは信心深い男だったので黒魔術の横行おうこうを阻止しようと真剣に考えていたのだ。

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