第128話 全ての終わりに
依子の釈明配信から1週間が経ち、俺は香取さんの会社の応接室にいた。
この部屋に通された俺の前にはこの会社の副社長である甲斐さんがいる。
「香取さん遅いですね」
「そうだね。もうミーティングが終わっていてもおかしくないはずなんだけど、何をしているんだろう?」
甲斐さんの話によると香取さんはミーティングをしているようで、まだここに来ていない。
どうやらあの遅刻癖はまだ治ってないようだ。
「予定時間から30分も過ぎているのに。一体どこで油を売ってるんでしょうか」
「香取を擁護するわけではないけど、あいつのことを責めないであげてほしい」
「それはもちろんわかってますよ。香取さんが忙しいのはわかってますから」
この前電話した時は分刻みのスケジュールで動いていると言っていた。
どうやら今香取さんの会社には色々な仕事が来ているらしく、その対応に追われているみたいだ。
「それならいいよ。実は今日香取が出ているミーティングは依子ちゃんの案件についてなんだ」
「依子の案件? その話、俺は何も聞いてませんよ」
「たぶん香取の事だから、今日話すつもりだったんじゃないかな?」
「なるほど。だから俺が今日ここに呼ばれたんですね」
「たぶんそうだと思う」
いきなり香取さんが俺をここに呼びつけた理由がやっとわかった。
あの後お互い忙しくて電話でのやり取り中心だったからわからなかったけど、そういう事情で俺が呼ばれたんだ。
「そういえば甲斐さん」
「何だい?」
「この前提案してもらった弁護士の話ですが、お断りさせてもらってもいいですか?」
「わかった。一応断る理由を教えてもらってもいいかな?」
「わかりました。実は俺が相談をした弁護士なんですが、この前甲斐さんが紹介してくれた弁護士よりも安くすみそうなのでそちらを選びます」
「まだこっちは値段を提示してないけど、何かあったのかい?」
「はい。俺が直接その人とお話しさせていただいた時、その人が『向こうの値段を教えてほしい。友達料金でその弁護士事務所よりも安くやる!!』と息巻いていたので、その人に任せようと思います」
「なるほど。その弁護士事務所はネット関連の訴訟実績はあるのかい?」
「それはあるみたいです。その事務所は今までそういう案件を100件以上受けてきたから、そういう訴訟に対してのノウハウがあると言っていました」
「なるほど。それなら僕の紹介した弁護士が1円で君達を弁護すると言ったら、その人はどうするつもりだろう?」
「その時は無料でやるんじゃないですか? あの人はそういう人です」
代わりに俺がその人の事務所の雑務をやらされる羽目になりそうだけど、それはそれでしょうがないだろう。
ただでさえ1回の訴訟に数十万もかかるんだ。そんなことで弁護士費用が安く済むなら俺はそっちを選ぶ。
「なるほどな。ちまたでは橘君の争奪戦が起きてるのか。こりゃあ香取も大変だな」
「香取さんが大変というのはどういうことですか?」
「何でもないよ。それはこっちの話だ」
「はぁ?」
これは香取さんにも言えることだけど、たまによくわからない納得のされ方がある。
一体俺の知らない所で何が起きてるのだろう。それが凄い気になっていた。
「すまん!! 遅くなった!!」
「本当ですよ。打ち合わせの予定時間を30分も過ぎてますよ」
「代わりに甲斐さんが対応していたからいいだろう」
「まぁ、そうですね」
「香取、あんまり言い訳をするな。香取と橘君の仲とはいえ、これは会社間での打ち合わせなんだ。これが橘君じゃなければ、とっくに契約を打ち切られているぞ」
「すいません」
珍しく香取さんが怒られている所をみた。
いつもは自信満々の香取さんが甲斐さんの前では縮こまっている。なんだかレアな光景を見た気がした。
「それで香取さん、京極蓮司はあれからどうなりましたか?」
「あいつは今ネットでファンとオフ〇コしてたという情報が出て大炎上しているだろう。あとこれは沢村さんから聞いた情報だけど、以前一緒にコラボしていたクリエーターにも手を出してたみたいで、無期限の活動休止をするらしい」
「やっぱりそうなりましたか」
「その事件と関連して、京極蓮司の問題に絡んであの事務所も今経営が非常にやばいらしい」
「どういうことですか?」
「沢村さんの会社の一部があそこと取引していたらしく、今回の風峰依子との一件を聞いて、取引を完全に停止したみたいだ。他にもグループ会社に所属するクリエーターの女の子にも京極蓮司は手を出していたらしく、そっちも大変な事になってる」
「うわっ!? 他社の女の子にまで手を出すなんて、節操ないですね」
「俺もそう思う。しかも1人じゃなくて複数人いるらしい。中には結婚をちらつかせていた子もいたみたいで、現在そのグループ会社も大変なことになっているみたいだ」
「京極蓮司の悪行が完全に飛び火していますね」
「そうだな。他にもあの会社のクリエーターや社員が不祥事を起こしていたみたいなんだ。その火消しであの会社が他の会社に圧力をかけていたことも発覚して、取引先が全部手を引いたって聞いたぞ」
「なんだか漫画みたいな転落人生ですね」
「だな。多額の損害賠償請求もされてるみたいだから、会社をたたむのも時間の問題だな」
自業自得とはいえ、少しだけ可哀想になってくる。
京極蓮司を擁護できないけど、その後始末をしている会社は大変だろうな。
「それよりも啓太、お前は今の会社をクビにならなかったのか?」
「はい。あれから相馬さんが社長を説得したらしく、顛末書を書くだけですみました」
「なんだよ、つまらない。やめたら即うちの会社で雇用するのに」
「お気持ちは嬉しいですが、あの事務所に依子が所属しているうちはやめませんよ」
「それもそうか。今はまゆりんじゃなくて、依子ちゃんがお前の推しなんだよな?」
「はい! そうです」
「それをっきり断言できるお前が凄いよ」
何故香取さんは呆れてるのだろう。俺はその理由がよくわからない。
「何はともあれこれでこの問題は終わりだな」
「そうですね」
「橘君達は色々あって大変だったと思うけど、僕はこの騒動に少しだけ関われてよかったよ」
「どういうことですか」
「この騒動のおかげで、こうして橘君と直に話すことが出来てよかった。これからもよろしくね、橘君」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
甲斐さんから出された手を強く握る。また1人心強い味方がいてくれると思うと俺は嬉しい。
「まぁ京極蓮司の話はこれぐらいにしておいて、これから先の話をしよう」
「はい!」
2ヶ月前に起きた京極蓮司との騒動もこれで終わりだ。
長かったようで短かったこの2か月間。その間俺の周りには様々な変化があった。
「(この2ヶ月間の間、様々な出会いがあったな)」
依子の為に動いてくれた香取さんや沢村さんに依子のボイストレーニングを引き受けてくれた綾乃さん。
それに甲斐さんや相馬さん。何より依子みたいな素敵な人達に出会えたのがすごく嬉しい。
まゆりんが結婚したからといって、あそこで死ぬような選択をしなくてよかった。
「まずは綾乃とのコラボ楽曲の件だけど、これは明後日収録するから依子ちゃんにそう伝えてくれ」
「はい!」
「それとこれはもう少し先の話なんだが、VTuberフェスというイベントがあるんだけど‥‥‥‥‥」
こうして俺は今出会えた最高の仲間達と未来の話をする。
俺のそして依子の未来は明るい。そう思いながら香取さん達と今後の打ち合わせをした。
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ここまでご覧いただきありがとうございます。
以前あとがきでもお知らせした通り、これにて一旦この作品は完結とさせていただきます。
もし次章を書いてほしいという声が多ければ書こうと思いますので、その際はコメント欄にコメントをお願いします
簡単に次章を書く際のあらすじについて少し話します。
次章はこの話のエピローグにも出てきたフェス、依子の初ライブを中心とした話になります。
依子の初ライブを成功させる為に奔走する啓太。その準備の最中かつての後輩である彩川ましろと深く関わる事となり、依子も交えてドタバタの恋愛劇を見せる。
そんなお話になる予定です。
最後になりますが、このお話を読んでいただいてありがとうございます。
このお話の続きをもっとみたいと思ってくれた方は、ぜひこの作品をフォローしてお待ちください。
推しのアイドルに裏切られた俺は美少女VTuberのマネージャーになって幸せになります 一ノ瀬和人 @Rei18
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