推しのアイドルに裏切られた俺は美少女VTuberのマネージャーになって幸せになります

一ノ瀬和人

第0章 推しのアイドルに裏切られた日

第1話 推しの裏切り

「ど゛う゛し゛て゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛」



 バイトから帰って来た深夜、俺ことたちばな啓太けいたはパソコンの画面を見て絶叫した。

 俺が住んでいるのは家賃4万のボロアパート。もちろんこの部屋には防音設備というものは存在しない。

 その結果アパートの住人が寝静まる深夜0時過ぎ、俺の叫び声がアパート中に響き渡り両隣の部屋から絶賛壁パンをされていた。



『バンバンバン!!!』


「うるせぇぞ!! 深夜なんだからもっと静かにしろ!!」


「こ゛っ゛ち゛は゛そ゛れ゛ど゛こ゛ろ゛じ゛ゃ゛ね゛え゛ん゛だ゛よ゛!゛!゛!゛引゛っ゛込゛ん゛で゛ろ゛く゛そ゛や゛ろ゛う゛!゛!゛!゛」



 周りの住人に迷惑がかかっていても俺が絶叫をやめない理由。それは現在ツイッタラーの1位になっているとあるトレンドのせいだ。



『#まゆりん引退』



 まゆりんとは今世間を賑わせる大人気アイドルグループ、比良坂49のエース名塚麻由里の事だ。

 彼女はこのアイドルグループの不動のエースと呼ばれ、10代の頃から活躍している俺最推しのアイドルである。


 そんな俺とまゆりんの出会いは中学3年生。高校受験の時まで遡る。

 当時無趣味だった俺が模試の点数が全然上がらなくて伸び悩んでいた時、たまたま気分転換で見ていたYourTubeに上がっていた動画の中で彼女を見つけた。



『こんなに歌もダンスも上手いアイドルがいるんだ! しかも俺と同じ15歳だって!? 凄い!!』



 同年代の女の子がメジャーデビューに向けて、必死になって頑張っている姿に俺は感銘を受けた。こんなか細い女の子がアイドルデビューをする為に頑張っているんだから、自分も受験を頑張ろう。そう思った。

 それから俺は彼女に感化され必死に勉強を頑張った結果、無事志望校に合格する。

 合格が決まったあと急いで家に帰り、部屋に飾ってあるまゆりんのブロマイド写真に受験結果を報告した。



『ありがとう、まゆりん!! 君のおかげで無事志望校に合格することが出来たよ!!』



 君の頑張っている姿を見ていたからこそ、俺はここまで頑張ることが出来た。だから今度は俺が君の事を支える番だ。

 君がアイドルグループのセンターになれるまで永遠に推し続けるよ。

 まゆりんが笑っているブロマイド写真の前で俺はそう誓った。


 それからというもの俺はまゆりんのファンになり、彼女が研究生から正式メンバーになった後もずっと彼女の事を最前線で応援し続けた。

 それこそ高校入学後に本格的な追っかけを始めたので、今年で丸8年まゆりんの推し活をしていることになる。



「う゛そ゛だ゛!゛!゛!゛ ゛こ゛ん゛な゛の゛、゛こ゛ん゛な゛の゛フ゛ェ゛イ゛ク゛ニ゛ュ゛ー゛ス゛に゛決゛ま゛っ゛て゛る゛!゛!゛!゛」



 だが現実はそんなに甘くない。俺の願いとは裏腹に、ツイッタラーでは彼女が芸能界を引退するというニュースでお祭り騒ぎになっている。

 ツイッタラーの情報がガセだと信じて彼女が突然引退した理由を探していると、とあるニュースサイトにこんな見出しが載っていた。



『比良坂49のエース名塚麻由里引退!? 同時に結婚、妊娠も発表!!』


「な゛っ゛、゛な゛ん゛で゛」



 このニュース記事を見て俺は愕然とした。この記事の内容が本当であれば、彼女はアイドル時代に俺達ファンと交わした約束を破ったことになる。



「デビューしてから今までずっと俺達にと言っていたのに、あの言葉は嘘だったのかよ‥‥‥」



 ライブの際俺達ファンに向かって、『ずっと私だけを見てね』『私が好きなのは君達だよ』なんて言っていたのに。あの言葉は嘘だったのか。



「総選挙で1位を獲得した時、『私の恋人は、今私の事を推してくれているファンの皆さんだけです。他の人と絶対に恋愛はしません』って言ってたよな? 俺は君のその言葉を本気で信じていたんだぞ‥‥‥」



 壇上でトロフィーを受け取り涙を流しながら決意表明をする彼女の言葉を聞いた時、俺も恋愛などには現を抜かさず本気でこの人を推して行こうと心に決めた。

 例えどんな事が起ころうとも彼女を一生推し続ける。そんな覚悟を決めた瞬間であった。



「それなのに‥‥‥それなのにこんな仕打ちなんてあんまりだよ‥‥‥」



 芸能界を引退するだけなら、1万歩譲ってまだわかる。本当はわかりたくないけど、別の道で頑張ることを決めたならまだ彼女の事を応援できる。

 だけどこのタイミングで結婚と妊娠を報告するのはどう考えたって間違っている。

 まゆりんはファンの事を何だと思ってるんだ。俺達は君のATMじゃないんだぞ。



「俺達には『ずっと私の事だけを見てて♡ 約束だよ!』とか言っていたくせに‥‥‥‥‥何で自分は恋愛なんてしてるんだよ!!」



 涙と鼻水のせいで画面がにじんでよく見えない。

 近くに置いてあったハンカチで顔を拭くと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった情けない男の顔が画面に写っていた



「あっ!?」



 視界がはっきりとした瞬間、俺の目に入ってきたのは指輪が入った小さいケース。

 そしてそのケースの横でブーケを持って俺に笑顔を向ける、純白のウエディングドレスを着た女性が目に入った。



「ま゛ゆ゛り゛ん゛‥‥‥」



 写真立ての中に入っているブロマイドは、純白のウエディングドレスに身を包んだまゆりんである。

 この結婚が発表される数ヶ月前、『まゆりんとずっと一緒。永遠の愛を誓うエンゲージリング』という謳い文句で発売された定価10万円の代物だ。



「ファンが恋人とか言っていたのは、全部嘘だったのかよ!! く゛そ゛!゛!゛」



 その言葉を信じて俺は高校1年生からこの歳まで、ずっと彼女の事を支えていたんだぞ。

 彼女のCDはもちろん、グッズや雑誌にブロマイド。お金で買えるものは全て買った。もちろん彼女が出演したライブは全て参加したし、ファンミーティングはいつも最前列である。

 それぐらい俺は彼女に本気だった。本気で彼女の事を愛していた。



「あのエンゲージリングだって、なけなしの金をはたいて買ったのに。この仕打ちはなんなんだよ‥‥‥」



 そんな生活をずっとしていたため、学生時代はずっと金欠だった。

 お金がないため高校時代から毎日のようにアルバイトをしており、ライブ直前にグッズが緊急発売されるような時には、即金でお金が入るバイトにも入った。

 それもこれも全てはまゆりんの為。彼女がアイドルグループのセンターで元気に歌って踊れるなら、俺は何だってやった。



「ふ゛ざ゛け゛る゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛ ん゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛!゛」



 力任せに壁に張られたポスターを破る。それと同時に今まで大事にしていたグッズ達を力の限り壊した。



「こ゛ん゛な゛も゛の゛!゛!゛ こ゛ん゛な゛も゛の゛の゛せ゛い゛で゛!゛!゛」



 ケースの中に入っていたエンゲージリングなんて力任せに引きちぎってやった。

 元々脆い作りだったのか、指輪は簡単に壊れてしまう。



「俺は何でこんなガラクタに10万円も費やしたんだろう」



 こんな脆い作りの指輪なんて、ただの鉄くずじゃないか。

 10万円の価値なんて全くない。何故俺はこんなものを買ってしまったのか。今更だけど後悔している。



「俺は大切な時間を無駄にした‥‥‥青春時代を全てまゆりんにつぎ込んだ俺には、もう何もない」



 そういえば昔同じアイドルグループの追っかけをしていた人に言われたことがある。推しを推すのはいいけど、程々にしておけって。

 相手も俺達オタクを相手にしている商売だから、1つや2つ嘘をつくこともある。

 まゆりんに熱をあげていた俺に対して、先輩達から口酸っぱくそう言われた。



「俺が生きて行く唯一の希望が無くなった。これからどうすればいい‥‥‥」



 一通りグッズを破壊しつくして冷静になったことで、今後の身の振り方を考えてしまった。

 年齢も今年24歳になる。今まで就職活動も全くしてこなかったため、ろくな就職先もない。これからの人生、一体何を目標に生きていけばいいんだ。



「そうだ。死ねばいいんだ」



 なんでこんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。

 こんなゴミみたいな女性に入れ込んでいた俺の人生など、もう終わったようなものじゃないか。



「俺の生きる希望が失われた今、生きている意味なんてない」



 そう思ったら何故か心がすぅっと軽くなった。

 それはきっと現世に未練がなくなったからだろう。だからこんなにすがすがしい気持ちなんだ。



「何だよ、さっきからうるさいな!!! 俺の事なんてもう放って置いてくれよ!!」



 家に帰ってからずっとスマホがうるさくなり響いているが、死を決意した俺にとってはどうでもいいことだ。

 スマホの電源を落とした俺は、自分が住んでいる部屋を後にした。



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