鈍言
小狸
短編
*
「君の文章は、人を不幸にするよね」
その言葉を、生涯忘れることはないだろう。
中学2年生の担任の先生からの言葉である。
事実、2年次の学年主任は、卒業生に手を出してお縄になっている。
結構な田舎で、生徒の治安も、先生の治安も、お世辞にも良いとは言えなかった。
そんな時代の話である。
私は、趣味で小説を書いていた。
ちなみに、周囲には小説を書く子はいなかった。
そして読む子も、いなかった。
これはもう、田舎特有の空気感、と理解していただくしかない。
高校に進学する子は3分の1くらいで、あとは就職か身元不明になる。進学する子も、地元の、県内でも偏差値最底辺の高校に何とか入学させてもらうのが大半、後は公立高校で、県立の進学校や私立に進んだのは、私を含めて10人くらいだった。
具体的にどこと言えないけれど、そんな環境である。
周囲には「小説を書いたり、小説を読んだりする変な子」として通っていたように思う。
学級の中でも少し浮いていた、と思う。
浮かないように努力はしていた。
田舎の閉鎖的空間である。
必要以上に浮くと、出る杭は打たれるではないけれど、「いじめ」という名の身体的及び精神的暴力に晒されることになる。
それは面倒臭かった。
書いた小説は、仲の良い友達に読んでもらったりしていた。
そんな中、中2の頃の先生は、私の小説の執筆を把握し、どういうルートかは分からないがその文章を読んだらしい。
多分、N子ちゃんあたりが先生にチクったのだろうと、今は思う。
そして先生は――冒頭の言葉を、私に投げた。
当時の私は(今振り返ると黒歴史でしかないが)、どこか
人を不幸にする、文章。
もっと言い方あるだろ普通。
確かに私の書く小説は、陰鬱で暗いものがほとんどである。
影響を受けた作家先生方がそういう作風だったというのもあるけれど、それは私の元々持っている気質であったのかもしれない。
あれから久しぶりに小説というか、つらつらとこうして文章を書いているけれど(随筆と言うべきなのだろうか)、なかなかどうして、いつの間にか陰鬱、陰惨の極みになってしまっている所もある。
書こうと思えば、田舎特有の宵闇ではなく、表面だけをなぞったような、幸福で甘酸っぱい青春の文章も書けたはずなのだ(中学時代に片恋相手はいたが、告白せず卒業してしまった)。
それでも、私の書く小説は、いつの間にか陰鬱な私小説となっていた。
最終的には、なってしまうのである。
どんな語り部を配置しても、どんな冒頭文から始めても、どんなあらすじに乗せても。
必ずといって良いほど、それは内向的で、内省的で、先生の言っていた通り「不幸な気持ち」を想起させる物語になる。
そんな私の――私すらも気付かなかった傾向に肉薄されたような気がして――それから受験勉強で忙しくなったこともあって、小説を書くことはやめてしまった。
あれから3年が経過した。
私は少し遠くの、私立高校に入学した。
高校2年生となった私は、勉強と読書と、時々友達とお出かけしたりしながら、普通に生きている。
時々ふと、小説を書いていた頃を思い出して、筆を取ってみることもある。
その度に、思うのだ。
【鈍言(どんげん)】
人生や生活の上で役に立たず、かえって足かせとなる言葉。
対義語:
(了)
鈍言 小狸 @segen_gen
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