35 サンジェルマン卿からのお願い

 デザートのリンガのコンポートを食べ終わって、アールグレイティーを飲みながら和やかに談笑している中、チリンとサンジェルマン卿がハンドベルを鳴らす音が鳴り響いた。執事のセバスチャンが何やら指示を受けている様子だ。セバスチャンが頷くとメイド達と共に部屋から出て行った。

 

「あー……コホン、人払いをしたのには理由があってな、ちと内密に話したいことがあるので音声遮断の魔法をかける、『闇よ! 言の葉に夜の帷を下ろせ!【サイレンス】』 これで良し。……皆聞いてくれ! 前にワイルドボアの希少種に襲われたことがあっただろう? その件で教皇の爺さんから話があった」


 アルバの顔つきが鋭くなり、ロサさんも険しい表情だ。私は真っ先にサイコロステーキが思い浮かんだ。


「この地図を見てくれ、それぞれ星印が付いているところがこの一年で希少種の情報があったところなんだが、近くに池があるのが共通点でな、全ての池の水質を調査してみた所非常に魔素が濃いという結果が出たんだ、それで池の水を定期的に飲んだモンスターが突然変異を起こして希少種になったという仮説が濃厚になった」


 テーブルに広げた地図を指差して説明するサンジェルマン卿。グラス村付近にある池を指でトントンと叩いた。


「それでだ、リーフタウンの噴水の浄化の報告書を思い出した爺さんが、花巫女であるハナさんに池の浄化をお願いできれば希少種化を防げるのではないかと考えてな」


 んっ! 私?

 噴水の水を綺麗にしたのは私じゃなくてドラなんじゃ?

 浄化なんて私に出来るかなって尻込みしそうになったけど、グラス村での怪我人達を思い出すと放っておけないと思った。


「分かりました、上手くいくか分かりませんがやってみます!」


『ドラ!』


 ドラも頑張ってくれるみたい!

 

「ハナさん、うちに来てもらったのに大したもてなしもできず、こんな形でお願いをすることになってすまない」


 サンジェルマン卿が深々と頭を下げると続けてロサさんとアルバも頭を下げた。


「そんな、皆さん頭をあげてください! 十分過ぎるほど温かくもてなしていただきました」


「そう言ってもらえて嬉しい限りだ!」


 ニカッと屈託のない笑顔を見せるサンジェルマン卿。


 翌朝、帰る前にもう一回温泉に入りたくなった私は、ミィが起きる前にこっそり温泉に入ることにした!

 

 パジャマから襟元と手首に大きめのフリルの付いたブラウスと深緑のロングスカートに着替えて再び大浴場へ。

 

 昨日使わなかった白薔薇石鹸や香りの違うシャンプーを試してみたり、温泉の中で平泳ぎしてみたり、と誰もいない貸切状態を満喫しちゃった。

 

 部屋に戻ったら、こっそり温泉に行っていたことがミィにバレてしまったけどね!

 

 適当にドライヤーで乾かして、さらに適当に結んでいたポニーテールを解かれて、髪の毛を丁寧にブロー&ブラッシングしてもらい、慣れた手つきで左耳部分にかかる髪の毛があっというまに三つ編みに。

 

 皆で食堂に集まって朝食をいただき、セレスティアル邸を後にした。

 ゾロゾロと神殿騎士達に護衛されながら、私とミィとドラを乗せた馬車が山道をゆっくり下っていく。

 

 体がすこし冷えて小さく身震いすると、それに気づいたミィが厚手のショールを肩に掛けてくれた。さらにミィはトランクの中から小さな巾着袋を取り出して揉み揉みしている。


「ハナ様、こちらをお使いください」


「なにこれ? あったかーい」


 ミィから渡された巾着が湯たんぽみたいに温かい。紐を解いて巾着の中を除くと、ブヨブヨしたゼリーの中に水晶のかけらが細かく入っている。


「そのカイロ巾着を揉むと、熱が出てきて温かくなるんです〜」


「へぇーっ、あっこれにも魔道具と同じ模様がついてる、これも魔道具なんだ」


 どう見てもアルファベットのRである。筆記体をオシャレにした結婚式の案内状で使われるようなデザイン。この世界にはひらがなもアルファベットも無いのに何故このデザインなんだろう。過去にこちらに渡ってきた私が関係しているのか、もしくは私以外にも元の同じ世界からこちらに転生して来た人がいるとか……?


「はい、魔塔の魔道具には必ず入っているブランドロゴですね。類似品も出回ってますけど、発火事故や爆発事故が起きたりしてるみたいですし魔道具は魔塔産が一番です!」

 

 ちょ! 類似品の発火や爆発って怖すぎでしょ。


「こういう魔塔の商品ってどこで買えるの?」


「魔道具専門店ですね、国内にはリーフタウンにある一店のみです。ちなみに神殿にある魔道具のほとんどは納税の一部として納められたものみたいですよ」


「神殿に戻ったら、リーフタウンに行きたい! 魔道具専門店見たーい!」


 ミィがトランクを開けて、一枚の紙を取り出す。手渡されたものは新聞だった。しかも号外! 素材は透け感があって和紙っぽい。


『号外! 教皇庁バルコニーにて教皇と花巫女のダブル演説が行われる』『花巫女パレードに教都が熱狂に包また』『傾国の美少女現る!』


「えええええええ!!」


 何これ! ほとんど私の事じゃん! しかも写真かと思うくらいそっくりな肖像画まで! 傾国の美少女って大袈裟な……。


「ハナ様の肖像画がこうして出回ってしまった以上、護衛無しに外出するのは難しいでしょう」


「護衛がいてくれればいいんだ?」


 神殿に戻ったらアルバに相談しようっと!

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