ハナの命は短し、恋せよ乙女

ゆいか

00 むかしむかしの、そのまたむかし

 ここはとある大森林のエルフの国。

 

 大森林の中央に山のように聳え立つ聖樹ユグドラシル。その巨大な大木の枝葉は風に揺れ、太陽の光が網の目のように地面を照らす。小さな妖精達はかくれんぼに夢中だ。蓮の花の浮かぶ溜め池がいくつもあり、その美しく澄んだ水は周囲の景色を映し出していた。


 エルフ達は自然の恵みをうまく利用してツリーハウスで生活していた。ツリーハウスは大木の枝に絡みついており、屋根の部分は緑の葉で覆われている。入り口には上り下りするための木の階段がついているのが見えた。

 

 エルフの国で一番大きな建物は、ユグドラシルの近くに建てられている白亜の宮殿だ。その宮殿にはハイエルフの王リヒャルトとドライアードである王妃フローラ、そして愛娘のフローリアが仲睦まじく暮らしていた。


 娘のフローリアは国一番の美女と噂されるほどで、背中に届きそうな髪は陽の光を浴びると金の糸のようにキラキラ光るプラチナブロンド、瞳は翡翠のように輝き肌は透き通るように美しく見るもの全てを魅了した。

 

 次期女王としての教育を受けて育ったフローリアだったが、箱入り娘だった為宮殿の外になかなか出してもらえず外への憧れが強かった。そんなフローリアのささやかな楽しみは妖精たちとおしゃべりする時間だ。


「フローリア、おやつちょーだい!」

 

 フローリアの部屋の窓から緑と青の光の粒が入り込み、光の粒がポンっと弾けると、緑の髪の妖精クックルと青い髪の妖精ピピが姿を現した。

 

「ねーねー! クッキーちょうだい」


遅れて桃色の髪の妖精、モモも参加する。


「私の分のクッキーまだ食べてないわよね?」


 手のひらサイズの妖精達がわらわらとフローリアの部屋に集まると、テーブルに用意されたクッキーをもぐもぐと食べはじめる。


「昨日見つけた花の蜜が甘くて美味しかった!」とクックルが言うと、「それはどこにあるの」 とピピが食いつき、「教えてあげないよーだ!」 と舌をべーと出すクックルにピピが怒りだす。喧嘩を始めそうな不穏な空気になり、半泣きになるモモ。

 妖精達がドタバタしているのをフローリアはニコニコしながら眺めた。この騒がしさが大好きなのだ。

 

 妖精は噂話が大好きな種族で、小さな頃からフローリアは人間の噂話、特に冒険譚が大好きだった為、人間に強い興味を持ちいつしか人間の世界で冒険してみたいと思うほどだった。

 エルフや妖精ほど魔力もなく寿命も短い人間。むしろ全く魔力が無い人間の方が多いという。そこで人間の仲間として自分の力が役に立つのではないかという想像に胸が膨らむ。

 

 宮殿内には、ゲートの間と呼ばれる場所がある。

 エルフの国と人間の国を繋ぐ空間の歪みだと、エルフ王リヒャルトは言っていた。

 稀に迷い人と呼ばれる人間が入り込むことがあると、いたずら好きの妖精達が無邪気に「もっと面白い話を聞かせてくれたらね!」「おもしろおかしく笑わせてくれないとね!」と無理難題を出して困らせるだけで、迷い人を人間の国に帰すことは無かった。

 

「今日こそ、人間の国に行ってみせるんだからっ」


 と、フローリアはゲートの間の前で息巻く。

 たとえエルフの国の姫であろうと、王の許可なくゲートに入ることは不可能で、箱入り娘がいくら父にお願いしても「認めない」の一点張りだ。


「父さまったら頑固親父なんだから」


 がんこおやじ……フローリアの言葉遣いは、幼い時から人間の噂話を好んでいたためか、姫らしからぬ物言いだ。一日くらい門番がいない日があるのではないかという期待から、毎晩ゲートの様子を見に行くのが日課になっていた。そろりそろりと門番に近づいて様子を伺う。


「!!」


 いつもは二人立って並んでいる門番が、二人ともうずくまって寝ているではないか。門番の足元にはワインの瓶が転がっている。どうやら酔いが回ってそのまま寝てしまっているようだ。

 

(今なら行ける! でも今夜行けると思ってなかったから何も持ってきてなかったわ、どうしましょう。でも今を逃したら一生人間の国に行けないかもしれないし)


 悩んだ末、意を決してゲートを潜ると目の前の景色が歪みはじめ、驚いて思わず目を閉じてしまったが恐る恐る目を開くとそこには暗闇が広がっていた。


 晴れて人間の国へとやってきたフローリア。ゲートの先は森の中、こちら側の世界も夜だ。


「月の明かりもなくて真っ暗闇ね。出直した方がいいのかしら……」


 ゲートがあった方向に振り向くと、そこにはもうゲートがあった空間の歪みが無くなっていた。


「嘘っ? ゲートって一方通行だったの?」


 人間の国にもモンスターがいる。夜の森は危険なモンスターが凶暴化しているかもしれない。

 フローリアは魔法がつかえるが、主に癒したりするもので攻撃できるものはない。


「光よ!我を照らしたまえ【ライト】」


 そう声に出すとフローリアの手のひらから白い光の球がポンっと飛び出し、肩の前のあたりでぷかぷかと浮かび光を放った。


「これでよしっ」


 全く見えなかった周りが、これで少しは見えるようになった。よく見ると人の足跡がたくさんついた道のようなものがあったのでとりあえず足跡を辿ってみることにした。


 夜で視界が悪いことと、一人で知らない森の中にいる寂しさのせいか、来る前はあんなにわくわくしてた人間の国に来たばかりだったフローリアの気持ちが沈み始める。


 木の枝をかき分けながら進む。目の前の枝に集中しすぎていたせいで足元の注意がおろそかになり、足元に何かが触れた瞬間、耐え難い激痛が右足を襲った。


「きゃぁぁぁあ」


 あまりの痛みにしゃがみこみ足元を確認すると、動物を捉える罠のトラバサミに右足が挟まっていた。


 怪我は自分の魔法で治せるのだが、トラバサミを外そうとしても、外し方がわからないので、外そうとするとまた足を痛めてしまう。あまりの痛さに血が滲んで、涙も滲んだ。


「嘘でしょ……」


 途方にくれて、泣くしかないフローラ。


 ガサッ、ガサッ


 なにかが近づいてくる音がする、モンスターかもしれない。音のする方向からランタンの光が見えた。どうやらモンスターではないらしい。この世界で、魔法が使えるとはどういう立ち位置なのかもわからないので、自身を照らしていた光の球を一旦消す。


 ガサッガサッ。


 ランタンの光にぼんやり映ったのは、茶色の髪の人間の男だった。


「悲鳴が聞こえたけど、君かい?」


 モンスターじゃなかった安心感と、初めて会う人間への緊張感と足の痛み。フローリアの頭はいっぱいいっぱいで、言葉が出てこず、涙を浮かべてコクコクと頷く。


「罠にかかったんだね、大丈夫だよ今助けるから」


 男は慣れた手つきで罠を解除する。


「あり、がと……うございます」


 涙で潤んだ瞳で男をじっとみつめるフローリア。

人間から見てもフローリアは十六歳くらいに見える美しい少女だ。


「俺はアグナス。君は? どうしてこんなところに一人で?」


「親と喧嘩して、家出してきたの……」


 咄嗟に出てきたがなかなか良い言い訳ではないだろうか。


「それはいけない、早く帰ったほうがいい。しかし怪我を先に治さないとだな。俺の家にくるかい? ……って!俺の家にって変な意味じゃないから」


 耳を赤くして頭を掻くアグナス。


「変な意味ってどういう意味?」


 首を傾げて考え込むフローリア。


「ねぇ、君ってどこかのお嬢様?」


「そんなことない!」


 出会って早々妖精の国から来た姫とバレるわけにはいかないので訂正しておく。


 フローリアがアグナスと出会って恋に落ちるのに時間はかかなかった。アグナスはどこかの良家から家出してきたと思われるフローリアをいつかは帰さないと行けないと思いつつ、数ヶ月の時が流れていた。


 いつまでも身分を偽り続けていることが苦しくなったフローリアは、ある日アグナスに全てを告白する。


「私はエルフの国の姫フローリアなの。でももう帰る方法もないしもしあったとしても帰るつもりもない、ずっとあなたのそばにいたい」


「いつか君を手放さないといけない日が来るんじゃないかと、幸せであればあるほどその恐怖に怯えていた。フローリア! 俺と結婚してくれ」


「……はい」


 アグナスの住んでいる家は、名前もない小さな村の中にある家だ。気さくで面倒見の良いアグナスに美しい妻のフローリア。フローリアの持つ力で水は浄化され作物はよく育つ。

アグナスは村長になり、名前のない村にはいつしか人があつまり「フローリア村」となった。

 ある日の夜フローリアはアグナスに渡したい物があるからと、村から一キロほど離れた土地へと誘った。


「ここなら誰も見ていないから大丈夫ね」


 というとフローリアはしゃがみ込み、両手を地面についた。すると周辺の土が緑色に輝き光の中から芽が出てきた。それはめまぐるしいスピードで成長し続けあっという間に大きな木となった。


「きみの力はすごいな」


 フローリアと出会ってから驚きの連続で、ちょっとやそっとでは驚かなくなっていたアグナスだったが、まるで夢を見ているような光景に思わず声が漏れた。


 フローリアが成長した木から一つだけ実った黄金の果実をもぎ取ると果実を失った木は逆成長して消えていった。


 果実を眺めてフローリアは言う。


「私はあなたと出会った時の姿のままで、あなただけが歳を重ねている。私はそれが恐ろしいの。ねぇ、この先あなたが私よりも先に亡くなってしまったら、私はあなた無しには生きていけないわ!」


 アグナスの手に黄金の果実を渡して言葉を続ける。


「この実にはね私の力が宿ってるの。食べれば普通の人間ではいられなくなるでしょう。それでも私はあなたにこの実を食べて欲しいと思ってる!」


 黄金の果実を見つめながらアグナスは考え込んだが、答えを出すのに時間はかからなかった。

 

 シャクッ。 一口齧った。


「過ぎた力は身を滅ぼし兼ねない、俺には不相応の力だ。だから一口だけ。残りは君に返すよ」


 果実をフローリアの手に戻すアグナス。


「私はこのまま力を失ったままでいい……」


 フローリアは果実をぐしゃっと潰す。


「あなたと人間として寿命を全うしたいから。」


 目を見開くアグナス。


「私ね、あなたの子を…………」


「え」


 フローリアがお腹に手を当てて笑顔を見せた直後、二人が初めて出会った森の方からゾロゾロと甲冑に身を包んだ者たちがやってきて、フローリアの腕を掴んだ。


「フローリア様、遊びはこれくらいにしてお帰りください!」


――――妖精の国の戦士だ!

 

「いやよ、帰らないわ! アグナス、アグナスー!」


 いつかフローリアに迎えがくるのではないかと毎日怯えていたアグナスはついにこの日が来てしまったのかと膝から崩れ落ち、フローリアを見送ることしかできなかった。


 エルフは数百年単位で生きるので、人間の元でフローリアが一年や二年過ごしていても、エルフの国にとっては一日程度の感覚だったので、何の連絡も無かったのだが、十数年の時が経ったころ、なかなか帰ってこない愛娘を心配したエルフ王は捜索隊を投入して強制的に連れ戻したのだ。


 フローリアとアグナスが出会うことは二度となかった。

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