第34話 仕事中のアリノ=ママニシ

 ――――アリノ=ママニシ(有野間々西)は今日も土木作業の現場に出ていた。





 春。気候的に特別寒くは無いが、現場で作業着を着て重労働をしていると嫌でも汗が噴き出す。ましてやこれが夏場なら……扇風機を搭載した最新型の作業着でも地獄のような暑さだろう。





「――――おいアリノ!! こっちのパイプの溶接を頼む!!」





「――わかった。」





 ――故郷を怪物たちの魔の手で焼き払われて以来、彼は怪物たちを憎んでいる。





 憎んではいるが、今目の前で腐心すべきは復讐鬼に堕すことではなく、同じような想いを誰かがしないように、ちっとやそっとの炎ではびくともしないような耐火性能の高い建造物を世界中に建てることが彼の夢だ。故に、今日も食うに困らない為でもある、厳しい土木作業の現場で働く。





 ――炎の熱さと恐怖心は、その骨の髄まで焼き付いてしまっている。





 尋常な精神ならば、普通は溶接工事に出る火花ですら堪らないほどの恐怖だ。






 だが、このアリノという青年の心は、ある意味で幾分か『死んで』しまっているのかもしれない。






 火と光を防ぐマスクを被りながらパイプの溶接作業に入る。いつもやる直前まで手足の震えが止まらないほどなのだが――――彼は自分自身の夢の為、そして生活の為、と割り切って心を殺し、目の前の溶接工事の熱と光に耐えながら続ける。






 彼自身は、悪を撃滅出来なくともそれである程度満足だったはずの日常。






 だが、ある日…………突如として彼の心の奥底に潜んでいた『悪』を憎む気持ちが強烈に呼び起こされ、訳の分からない苦悶をしているうちに――――彼は何故か火炎を操るパワーファイターのヒーロー・ネイキッドフレイムとして覚醒し、悪の根城の、あの異空間に時たま彷徨うようになった。






 力が覚醒し、使役する時も、異空間に彷徨い歩く時も、不可思議なことに記憶があまり定かではない。怪人や魔物と戦ううちに、やがて自分の意志で街中の何処かから異空間への『穴』を探り当て、変身して彷徨っている間は『悪を討たねばならぬ』という義憤の心で満たされ、炎の熱も痛みも…………あらゆる恐怖心が消し飛んでいた。





 ――何故、自分がそんな夢遊病のような状態で異空間を彷徨い、自ずと悪を成敗する行動を取っているのか。それは彼自身にもよくわからない。






 ――先日も、HIBIKI先端工学研究所に招かれ、ヒビキ=マユによってあらゆる検査をされた。






 ヒーローの力を使う時は、多大な己の肉体のカロリーと、そして炎の熱のせいか衣服を犠牲にしてしまう。衣服はともかくカロリーは度が過ぎると生命に関わるのだが、その代償で得られるパワーは本当に強大なものだった。





 ヒーローの力の原理は、リッチマンであるヨウヘイとはまるで別で、悪を憎む義憤の精神を昂らせて念じるだけで彼はネイキッドフレイムに変身出来る。その強靭なパワーは、リッチマンの戦い方が未だ不明な点も多い為比べにくいが、少なくともニュートラルな状態の力はリッチマンを軽々と超えるほどである。





 加えて、本人が忌避する火炎の力。これは手に持っている戦斧に込めることで強烈な斬撃と炎撃を同時に繰り出せ、大半の敵は掌から放射する火炎で焼き尽くせる。





 だが、ただの破壊の為の炎だけではなく……氷漬けになったリッチマンの脚を融かしたり、冷気から身を守ったりなど、逆に生命を長らえさせる為の創造の炎も使える。






 これはきっと、アリノにとっての悪を心底憎む気持ちと、普段の朴訥として穏やかな精神性が同居しているせいだろうか。






 『力』とは自然界において実に表裏一体だ。炎ひとつでも、創造し、生産する為の正の力にもなれば、ひたすら生命を滅ぼす負の破壊の力にもなり得る。我々人類はこの『力』を時に有効に制御し、そして時に暴走させて多くの生命を脅かしてきた。人間が使役する力など、各人の意志ひとつなのかもしれない。






 ――アリノが心を無にしているうちに、溶接作業は終わった。






「――よおーし!! 昼休みだ。みんな休憩ーっ!! 飯にしろ。」





 工事現場の監督が時計を見遣り、大声で号した。作業員たちが皆「うえーい!!」と野太い返事を返し、各々休憩体制に入った。






 アリノも作業場から離れ、汗を拭って作業着を脱ぎ、近くの日陰に置いてある自分の鞄の中の弁当を取りに行った。






「――アリノ。たまには一緒に飯食わねえか? おめえは口数が少ないから、いまいち何考えてんだか、って思っちまうんよ。」





「……ん。ああ、俺は――――」






 ――――現場監督が声を掛けてきて、返事をしかけた所でアリノの携帯端末が鳴った。すぐに確認して画面に一旦視線を落とす。






「――――そうだな。たまにはご一緒します。」






 アリノは通知を見て一瞬考えが逡巡したが、いつも通り無愛想なトーンながらも現場監督に答えた。






 ――土木作業の現場というのは、作業員の年齢層も広い。休憩時間に明るく談笑する者もいれば…………歳も幾分か離れて、他の作業員ともコミュニケーションを取らずに孤立してしまう者もいる。






 アリノは人付き合いが得意ではないが、場合によっては孤独が毒に繋がることも知っていた。世の中には孤独である方が楽で自由だ、という人もいるが、意外なことにアリノは賑やかでなくとも良いから、人との交流の場には居たいと感じる人間だった。





「――そうか。じゃあこっちの日陰で食おうぜ。今日はあっちいなあ……。」






 休憩に入りながら、再度アリノは携帯端末を確認する。





(――――ヒビキ=マユからの敵地探索の呼び出しか。カネシロ=ヨウヘイ……も来るのか。久々だな――――。)






 ――数日後に、研究所から再びあの異空間へ行くらしい。アリノは危険に身を晒す覚悟を固めつつも、今は弁当を同僚と共に味わうことに専心した――――

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