第33話 ペコと語る不遇

「――――ありゃ? なんかこの部屋……色々変わってねえか?」





 ヨウヘイが屋根裏部屋に入ると、何やら物が増えていた。どうやらペコの物のようだ。





「――イターリアから荷物が届いたんデスヨー。寝具もバッチリだし、服とか雑貨とかも沢山届きマシタ。」





 ペコはそう喋りながら、荷物を開封しては使えそうな処へ仕舞っていっている。





 ――そのペコの私物の数々も、本人の美的感覚通りなのだろうか。手鏡や冬物のコート、下着や化粧品に至るまで……そのほとんどが女物かユニセックスの代物であった。飾り付けたり、手頃な場所へ仕舞っていくだけで、殺風景だった屋根裏部屋だったヨウヘイの部屋はどんどんと色鮮やかになっていく。





「……なあ、その…………おめえの服とかファッションセンスとかに文句言う気はねえんだがよ…………おめえってそういう趣味がなんか変わってるよな。誰かから影響でも受けたのか?」





 ――ペコは一瞬ヨウヘイの方を振り向いて手を止めたが、またすぐに向き直って作業しながら喋る。





「――アハハハ…………実は、完全にボク個人だけの趣味じゃあなくて…………祖国にいる両親の影響も大きいデース……。」





「……両親?」






「――まだ幼かった頃、こう見えても昔は人前に出るのも苦手な引っ込み思案ダッタモノで……友達の輪に入りにくかったデース。それを見かねたマンマ(お母さん)が……ちょうどファッション関係の仕事やってたモノで、試しにボクに女物のコーディネイトをしてみたら、これがスッゴク周りからの評判がヨカッタデスー。かわいいネ、綺麗だネって言われる度に何だか嬉しくて……段々自分から『変身』すること自体が楽しくなっていったデス。ボクが楽しそうにシテルと、パードレ(お父さん)もマンマも幸せそうデース。でも…………。」






 ――ペコはそこまで饒舌に語って、荷物のうちのひとつのトランクを開けた。






 ――中からは、大量に有り余るほどの封筒越しの手紙の山が出て来た。






「――ボクのパードレもマンマも、ボクを大事にし過ぎッテ言うか、過保護だと思いマス。ボクは一人前の人間として身を立てたいのに、いつまでも小さな子供ミタイに思ってるのカナ…………。」






 ヨウヘイは眉を顰める。





「――おめえ……それで無理に女物のファッションを…………。」






「――ち、違うデース!! こういうスタイルがボクの好みなのは元から変わりないデスヨ!! それが悪いことだと思ったことは無いデス。た、ただ…………。」






 ――ペコは俯いてしまった。





「――ボク自身や両親は良くても、祖国の料理学校では受け入れられなかったみたいデース。『男なのに女の振りして、大事にされるつもりか』とか、厳しく、陰湿な迫害に遭いました。この前歯も――――その時教師や同級生に振るわれた暴力で欠けてシマイマシタ。ヒノモトではこういうの『いじめ』って言うデスカー? だとしたら、随分優しい言葉にすり替えられたモンデスネー…………。」






 ――ペコは、すきっ歯になっていた前歯の差し歯を外して、そう語った。






 ――――ヨウヘイは、目の前の青年に掛ける言葉が見付からなかった。常日頃、勝気で酷く生意気で挑戦的な後輩だと認識していたから尚更のことであった。






 それでも、ヨウヘイなりに寝食を共にしながら店の為に、何より自分自身の研鑽の為に過ごしているうちに、そういった身の上話が出来る関係性にはなれたようだ。





「――――わかった。わかったよ。突っ込んだこと言って悪かった。もう訊かねえよ。俺だって…………片親で貧乏丸出しで世間知らずで子供の頃から生きて来てんだ……『迫害』のひとつやふたつ…………この身が千切れそうなほど理解出来るぜ。全く、痛いし苦しいし、悲しいよな。」






 ――顔を逸らしながらもそう呟くヨウヘイを見て、ペコはハッとした。






 今まで仇のように敵意を持って来たバイト先の先輩だったが、もしかしたら自分以上に惨めな思いをしてここまで生きて来たのではないのか、と。






 そんな貧しい暮らしを粒粒辛苦、幼少の頃から刻み込まれるようにして育ったと最初から知っていたはずなのに、自分の負けん気ひとつでそんな人生を送っている相手に、自分は下手をすれば心に五寸釘を打つような接し方をしていたのではないかと――――






「――ゴメンナサイ。暗い話ばかりしてモ、嬉しくないデスヨネ…………イタリア男は陽気なのが取り柄なのに――――そ、ソウダ!! これからチョットずつデスケド、この部屋を使わせてもらってる『交換条件』を果たしますヨ!!」





「――へ? 交換条件?」





 思い当たらないヨウヘイに、ペコは平生のニカッとした笑みで答える。






「この殺風景な屋根裏部屋のインテリア。ボクの手で美しくデコレーションして見せマース!! それこそヨウヘイ先輩には出来ないくらいに徹底的ニネ!! にししし~。」






「……ペコプロデュースの、劇的ビフォーアフターってかあ?」






「そう、ソレ!! イタリアーノは美が正義の国デース!! 少しずつではアリマスガ、見違えるほどいい部屋にしてやりますヨー!! 覚悟しててクダサーイッ!!」






 ――立ち直る切っ掛けになりそうとはいえ、この独特のセンスを炸裂されているペコの手による、ヨウヘイにとっては塒のビフォーアフター。






 一体どんなファンシーな部屋になってしまうのやら…………ヨウヘイは嬉しくも悲しい、何とも複雑な面持ちを返すのみだった――――

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