異世界SSS~ショートショートセレクション~
金城章三郎
第1話「攻略本」
ある転生者がいた。名前を
また、転生時に貰える特典として全てのステータスを最高ランクに。そしてその世界に関する全てが記された攻略本『アカシックレコード』を受け取ると、勇んで異世界へと旅立っていった。
「待ってろ異世界!俺が全部攻略してやるぜ!」
転生してから、蓮太郎の人生はバラ色だった。
その世界で彼はレンと呼ばれ、冒険者となった。圧倒的なステータスを以て、強力なモンスターを次々と討伐。彼は新米でありながらどんどん冒険者ランクをあげて行った。
「レン様、今日は私とデートの約束でしたわよね!」
「何言ってんのよ。レンはこれからあたしの稽古に付き合うのよ!」
「2人とも勘違いしてる……。レンは今日、わたしと買い物に行く予定……」
「やれやれ、皆せっかちだな。心配しなくても、順番に付き合うからさ。喧嘩しないでくれよ」
推しの女の子とはすぐ仲良くなった。ゲームのシナリオ上で辛い経験をするヒロインは悲劇を事前に防ぐ事で救済し、順調にフラグを建て、彼はどんどんハーレムを増やしていく。彼女たちとの生活はとても充実していた。
だが、彼はそれだけでは満足していなかった。
「平民ごときが馴れ馴れしいぞ。彼女は君に相応しくない」
「それを決めるのはお前じゃないだろ?」
シナリオ上で障害となる悪役キャラを、早い段階で排除する。例えば傲慢な貴族や、野蛮な荒くれ者。その他ヒロインを虐げる、いわゆるヘイトキャラの立ち位置にいる者たち。
それらを大衆の前で容赦なく叩きのめし、ヒロインが受けた辱めを倍にして返す。彼にとっては当たり前の行為だった。
「バカな!?この私が、こんな何処の馬の骨とも知れない平民ごときに負けるはずが……」
「彼女に二度と近づくな。次は手加減できないだろうしな」
「貴様、手加減したのか!?」
「お前ごときに本気出すのも癪だしな」
「ぐ、ぬぬ……クソっ!覚えていろ!」
もちろん、這いつくばる相手を威圧するのも忘れない。手を抜いて圧倒したというのもさり気なくアピールし、周囲に実力の差を誇示しておく。敗北が野次馬に知れ渡った以上、仕返しなど出来ようはずもないだろう。
最高ランクの武器やアイテムも手に入れ放題だったし、最上位の魔法も全て習得した。
あらゆるボスモンスターを討伐し、ギルドからも表彰を受け、今やSランク冒険者の仲間入りだ。
アカシックレコードには、ゲームでは描かれなかった世界の細部や、原作におけるストーリーの分岐まで含めた全てが記載されている。やり込んだゲームの原作知識と併せれば、失敗することなど一度とてない。分岐の日時すら書かれているのだから、チャンスを逃すこともない。
喝采、名声、尊敬。彼は全てを手に入れた。
やがて人類と魔王軍の戦いが始まり、王国は戦乱の渦中へと巻き込まれていく。しかし、蓮太郎とヒロイン達は、着々と魔王軍の兵士たちを打ち倒していく。ゲーム内では描かれていなかったが、おそらく王国への被害もずっと減らせているだろう。蓮太郎はそう確信し、蓮太郎は満足していた。
「明日はいよいよ幹部とのボス戦イベント……。本当は負けイベだけど、今の僕らなら敵じゃないさ」
──彼が異変に気づいたのは、敗北した時だった。
転生してから初めての敗北。相手は魔王軍の最高幹部、その中でも最強とされる存在だった。
「こんなものか、人類最強」
「ガハッ……どういう……事だ……」
負ける理由は無かったはずだ。
自分のレベルは最大値。ステータスも最高ランクで、武器も防具も最強のものを揃えている。
あらゆる魔法が使えるし、この世界のあらゆる知識がある。
仲間たちも彼の導きと与えられた装備で、蓮太郎に比肩する強さを持つ存在になっていた。
では何故?
蓮太郎は自分が何を見落としたのか、思考を巡らせる。
その幹部は、ヒロインの1人に関わりがあった。
ヒロインの家族を惨殺した魔族の上司であり、彼女に魔族への憎しみを植え付けた張本人。覚醒したヒロインの最強魔法が無ければ倒せない、という設定のボスだったはずだ。
だからそのヒロインを早い段階で仲間に加え、ここまで辿り着いた。
彼女が経験する事になるはずだった試練や葛藤、仲間との衝突、その全てを取り除いて。
「あ……」
彼女だけではない。他のヒロイン達もだ。
「ウソでしょ……レンが、負けた……?」
「そんな……レン様……」
「撤退……しよう……。レン、今なら……まだ……」
お陰で彼女たちは本来活躍すべきはずの場面で、尽く失敗した。それを彼は自分がカバーする事で共に乗り越えたという気になっていた。しかし実際のところは、彼女たちの活躍の機会を自分の手で奪い取っていただけである。
結果として、ヒロインの何人かは性格や価値観さえ変わっていた。結果だけを前倒しにしたために、辿るはずの運命はバラバラになり、得るべきモノが得られなかった。
その上で何の苦もなく強大な力を与えられてきた。何も自分の力で掴むことなく、舗装された道だけを歩いてきたせいで、その強さはもはや、ステータス画面の数値だけのものでしかない。
「あ……ああ……そんな……まさか……」
残されたのは、
全ての流れを、そして全ての分岐を知っていたが故の失敗。
否、蓮太郎自身がこの世界をゲームだと認識したまま行動してきたが故の失敗だ。
それに気がついた時、彼は絶望した。
急ぎアカシックレコードをめくるが、この展開の先は何も記載されていない。分岐すら存在しないバッドエンド。
当然だ。ここに記されているのは、本来のシナリオに則った上での筋道。それを滅茶苦茶にしたのは彼自身の選択の積み重ねだ。
ここまで来ると、原作知識もアカシックレコードも、もはや役には立たない。
「こんな筈じゃなかった……」
涙を流して膝をつく。
直後、周囲には頭蓋を潰す音が生々しく響いた。
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