現在逃亡中っ☆


 でも、その前に・・・


 『我が組織の全構成員へ告ぐ。長期任務発生。現在抱えている任務を全て放棄し、草として潜伏せよ。同業者へ一切を悟られることなく、地域住民へ違和感を抱かせることなく、一般市民として生活せよ。繰り返す、これは長期任務である。期間は未定。数年間はそちら側からの接触及び、連絡を取ることも禁止とする。直ちに一般市民に紛れ、潜伏を続けよ。この指令を受けた者は、速やかに任務に従事せよ』


 な~んて指令書を複数偽造。首領からの最重要任務としてこの建物内にいる人や、各地の幹部共へ飛ばしておこう。


 まぁ、あれだ。草というのは、一般市民に紛れて情報収集をする役職のこと。端的に表現すると、民間人に紛れているスパイや忍の者と言ったところだろうか?


 時間稼ぎの偽指令ではあるが、この指令に従ってくれる人が多ければ多い程、わたし・・・達への追手が減る。そして、願わくば……犯罪に巻き込まれる人が減ることを、心から祈っている。


 実際、間抜けな話ではあるけど。昔の日本でも、影や忍と称される組織の人間が……一般市民に紛れて長いこと潜伏しながら暮らし続け――――その子孫達が、自らが所謂いわゆる忍者の家系だったということを忘れて平和に暮らし、忍の者としての技術などが失われて行ったという話があるし。半忍半農、もしくは半商、髪結いなどなど、忍者は兼業でやっていた人が多かったというから。そして、自身が忍の者だということを家族にも秘密にしていたからだとも言われているけど。


 闇組織の一員であったことを忘れて、平和に暮らせる人はそうやって平和に暮らして行けばいい。『わたし』みたいに不可抗力だったり、好き好んで闇組織に身を置いている人ばかりではないだろうし。抜けたかった人は、これを契機にして真っ当な振りをし続ければいい。


 中には、どうしたって問題を起こさずにはいられない人もいるだろうけど。振りだとしても平和に暮らせないような奴なら・・・また、闇に沈むだけだ。そんな奴のことまでは、わたし・・・は知らない。


 わたし・・・は、ツェーン十番目だった『わたし』やノイン九番目と呼ばれる彼女みたいな子が少しでも減れば、それでいいと思う。本来なら、そういう子がいなくなるということが理想ではあるけど、ね?


 これが、闇組織の一構成員……暗殺者になるべく育てられた『わたし』にできる、精一杯の平和的で穏便な時間稼ぎ。


 床の掃除がてら(汚れることが多いので、掃除道具は大体の幹部部屋には常備されている)に色々と証拠隠滅と、ボスとナンバー2が仲間割れを起こしたという演出をして――――


 それじゃあ、そろそろ脱出しますか。


 行動に支障が出ない程度に自分の腕を切り付け、少々出血させる。まあまあの痛さだ。でも、これで血の匂いがしてもおかしくはない。


 鼻が利く人には、漂うのが『わたし』の血の匂いだけじゃないことは嗅ぎ分けられるかもしれないけど。まぁ、ここは闇組織だし? 多少血の匂いがすることは特に珍しくもない。首領やら幹部の血が流れるのは、そこそこ珍しい事態かもしれないが。


 ノインを肩に担ぎ、表情を消して部屋を出る。


「ボスからの指令書です。確認後、『直ちに任務へ就け』との仰せです」


 と、部屋の前を護衛していた構成員へと指令書を渡す。


「ご苦労。……これは……?」


 不思議そうな顔をする護衛を無視し、偽指令書を各地の幹部共へ重要任務として最速で飛ばす手配をし、ノインを連れてそのまま組織を後にした。


 さて、とりあえずの問題としては・・・ノインの自我があるか? なワケだ。そして、自我があったとして、彼女はわたし・・・に付いて来てくれるか? と言ったところ。


 まぁ、彼女がわたし・・・と行動を共にしたくないというのなら、別れることもやぶさかではない。ただ、その場合は物語の強制力……的なモノが、どの程度仕事をするかが心配ではあるけど。


 ひとまず、安全な場所までノインを運び――――


「ノイン。起きて」


 気付け薬を嗅がせ、ノインを起こす。


「……ぅ、ぁ……」


 ぼんやりとした瞳が、ゆっくりと焦点を結ぶ。


「? ……ぇー、ン?」

「ああ。わたしだ。身体に違和感は? どこか痛む?」


 あのとき、受け身も取らないで倒れていたし。怪我とかしてないといいんだけど。とは思いつつ、回復魔術は掛けていない。あのヤバい薬がちゃんと解毒できているかわからないし。そして、彼女がわたし・・・に敵対しないとも限らないから。


「? ・・・っ!? ツェーンこそ無事なのっ!? あの薬飲んだよねっ!?」


 パッと身を起こし、ガっ! とわたしの顔を両手で掴むノイン。ああ、『わたし』のことを心配してくれるんだ。


「うん。わたし・・・は大丈夫」


 でも・・・ごめんね? ノインあなたとずっと一緒に過ごして来た、元の『わたし』は、もういないんだ。


「よ、かったぁ……」


 泣きそうに歪むノインの顔。


「って、ここどこ?」

「ぁ~……まぁ、なんというか……」

「なに? どうしたの? 言い難いこと?」

「ボスとナンバー2の人に毒盛って逃亡中、的な?」

「・・・え?」


 ぽかんとした顔が、


「はああああぁぁっ!? 人が気絶してる間になにしてんのアンタはっ!?」


 驚愕に染まり、襟首を掴まれてガクガクと揺さぶられる。


「いや~? ほら? 変な薬盛られて……つか、自分で飲んだんだけど。それで心神喪失状態って言うの? になって。多分わたし、相当錯乱してたんだろうね~? 気付いたら、その場にいたボスとナンバー2に解毒不可能な毒を食らわせててさ。めっちゃヤバいから、正気に戻ったとき横で倒れてた君を連れて、思わず逃げようとして……その前に、ボスとナンバー2が仲間割れ起こしたように裏工作してから、現在逃亡中っ☆」

「なにしてくれてんのアンタは~~~っ!?」

「あはははははっ、一蓮托生ってやつ? ひとまず、協力して一緒に逃げようねー?」


 なんてやり取りをして・・・


「ハァハァっ……」


 息を切らせたノインが静かになり、スッと半眼でわたしを見詰め――――


「アンタ、なんかキャラ変わってない?」


 少々ギクリとするような鋭い質問が飛んで来た。


「ま、アレじゃない? あの薬、精神をぶっ壊す系の薬だったみたいでさ。それでちょ~っと、後遺症的な感じで軽~くアタマ飛んじゃってるみたいな? というワケで、『わたし』だけじゃなくて、同じ薬を飲んだ君の方も、なんか後遺症あったりするかもね~? 一応、解毒剤は使ったけどさ。自覚ある?」


 ノインを注意深く観察しながら、へらへらと答える。


「……解毒剤を、自分に使わないで……わたしに使ったってこと?」

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