第2話  乃衣琉と愉快な仲間達 ―その2―

 ……そういえば。

 この空き教室に来た時から薄々感じていたのだけど、賑やかさがいつもと違う。

 その原因は。

「今日、珍しくるいなおコンビいないんだね」自席へ戻りながら私の台詞。

 面白い事大好きな女子2人の快活な顔を思い浮かべ問うと、と話していた空音くおんが振り返る。

「昨日言ってたよ。定期考査テストで『ヤベー点』叩き出したから追試出ないといけないんだけど最後まで抵抗する、しばらく逃げるわって」

「……2人とも?」

「2人とも」

 何故か朗らかな顔で頷く空音。

「それでかー」と、類・尚と同じクラスのが携帯を取り出す。「今朝になって急にメッセージ来てたの」

 操作して、こちらに画面を見せる。

『サガサナイデクダサイ』とだけあった。何故カタカナ。

「……暫く此処来なさそうだね」正確に言うなら、来れなさそう。


 それは置いといて。

(ごめん、類・尚、流させて貰う。)


銀二ぎんじが例の夢、また見たんだって」私が言う。

「ここ迄続くとそんな気がしたわ……。ていうか、目に見えて調子悪そうだし」と空音。

「真面目に病院行った方が良いんじゃない?」

 眉が寄せられたの声音からは、銀二の体調を気遣うものが感じられた。

 今更のことではなく、とうにみんな病院を勧めている。休み時間や昼休みの合間にも顔色悪いから早退しろと言うし、そもそも学校を休めと言う。

 対して銀二の返答はいつも、

「日常生活に支障が出る重症じゃねぇし、そこまで調子悪くない。寝なけりゃ普通だし」

「支障出てると思うけど……。精神的にも。銀二も結構頑固だよね」苦笑いになる

「何も知らない奴が見ても顔色悪く見えるだろうけどな……」

 志傳しでんが僅かに呆れを含ませると、

「それに一応早い段階で『奥宮おくみや』のとこに診て貰ってはいるし。まあ、夢のことは言ってねぇけど」

「『奥宮』でって言われると少し説得力増すな……」

 ちらりと、志傳が私を見遣った。そんなに期待されても困りますよの意味を込めて、私は軽く肩を竦めておいた。「奥宮」はうちの姓だ。

「──ふむ。で、赤い糸と鋏だっけ」

 口元に指を当ててみせ、身体の向きを変えたが銀二を見つめる。

「やっぱりさ、何か意味があると思うんだよね。ちょっと考えてみない? 連想されるものを」

「あ、賛成」

 提案に乗る私。どころか、皆こっちを向いている。何か作業している人も聴いてはいるだろう。よくあるノリなので、銀二も何も言わない。

「切っちゃうのは置いといて、赤い糸って言ったらアレだよね? 現にその夢、指に結ばれてるでしょ」

「好きな人、運命の人との……」

 にや~っと溶けそうな笑みを浮かべて同意する空音に対し、志傳の怪訝な声が掛かる。

「古くないか? アレ」

「ええ? 志傳は夢がないねぇ」

「そんなこと言って、子供の頃はめちゃくちゃはしゃいだんじゃないの? 中学生とか信じてたり」

「サンタみたいな言い方するなよ」

「──でも赤い糸の認識はそれで合ってるんじゃないかなぁ。私は賛成」

 の横。しばった髪を前に垂らしたすずが、文庫本から顔を上げていた。

 私と同じクラスの名倉なぐら鈴。今迄持参して来ていたライトノベルに熱中していた模様だ。あー、あの表紙ジャケたしか某レーベルの新刊コーナーにあったな。

 そして彼女は興奮気味に、

「赤い糸はしばしば二次創作の題材になるからね……!」

「赤い糸の……」「……創作??」

 ライトノベルに限らずアニメや漫画、声優さん等々精通している彼女は、二次元のオタクであると私達には公言している。ちなみにもいけるオタクなんだとか。気分が上がると声が大きくなるタイプだとも言っていた。

「現実はそう夢のあるのと違うと思うけどなー……」振り向かないまま、いつき。「実際のところ見えない、つーか無いし。『必ず叶う糸』じゃないだろ? アレ」

「むぅ、つまらん」

「この面子メンツの男子達って普段から冷めてるよなぁ……。何が彼らをそうさせるのか。よし鈴、もっと言っておやり!」

「ごめん~今展開が良いとこー。起承転結の転したとこの転ー。ピンチの登場の執事さんカッコいい~」本に戻っていた。

「離脱早いよ……!」

「同志が、同志がおらん……! じゃあ、銀二はどうだ!?」

「──と、飛び火したみたいに来たな!?」

 紙パックのお茶を飲んで一息ついていた銀二は、空音に指差されせそうになっている。

「そもそも夢でってことは、銀二のそういう……無意識の……何てったっけ? 潜在意識というか、深層意識?というか……そういうのに起因するかもしれないってことでしょ!? さァどうだ銀二くん──グエッ」

「暴走はその辺にしとけ……」

 いつの間にか彼女の後ろに回っていた斎が、その制服の襟首を掴んでいる。

「あ、制服といえばそろそろ暑くなってきたからブレザーの上着脱ぎたいよねー」

「お前、会話の方向性自在過ぎねぇか!?」

 自分の襟首を掴んできた斎へ首を巡らす空音は、何というか器用だ。

 と、

「古さは置いといて赤い糸は賛成派よ」

 前の方の席から飛ぶ声。

「さっすがレイ!」

「賛成か反対かの話だったか? これ」

 今の今迄、華やかなファッション誌を眺めているとは思えないただならぬ気迫を発してガン見(瞬き一つしないんだもの)していたレイちゃんの声だった。華園怜香はなぞのれいか、通称レイ、レイちゃん。染めた濃茶の髪を、今日はシンプルにまとめている。

「恋のまじない、伝説、伝承は数あれど、男女──いや老若男女皆が大抵知っている。それって結構凄い事だと思うのよね。何より、」

 急に立ち上がる。

「現実には誰かの妄想や願望でも良いと思うの……! きっと居る、またはそばに居るかもって思う事にこそロマンチックを感じるのよ! そのロマンチック、有って良いと思う。素敵よね!」

 熱い語りで頬を染め、顔近くで自身の小指を強調させるレイちゃんを見て志傳が言った。

「電話のフリみたいな事して何言ってんだ?」

「……志傳、アンタボケなのか素なのかどっちでも構わないからちょっとそこ立ちなさい。長いヘアピンで目ん玉ぶっ刺してやるわ」

 コメディ展開になってきた。志傳のあれはどう見ても真面目に見せかけたボケ(横槍)だろうけど、ここは自業自得。くらい表情のレイちゃんにガッと肩を掴まれて本気で焦り出してるのを放って、はい次。

「他、連想できるものが浮かぶ人ー?」進行役の

「う~ん……赤い糸……鋏…………駄目だ、頑張ってテープカットしか」空音が机に突っ伏す。

「あぁ。糸だけじゃなく紐、リボン、線で考えるのもアリかもね」

 私が空音の言葉に頷いた矢先、「あっ線か」と声を上げたのは斎。何やら閃いた顔で、

「赤い線、鋏──爆弾だ! よく最後に2本だけ残ってどっちを切るかっていう、切るのとも一致するぞ」

「おいおいおいおい、それじゃまるで俺の頭が危険思想みたいじゃねぇか!?」

 堪らず銀二が口を挟む。

「発想はアリかもね……」

「同意するなよ!」

 冗談、冗談、と斎とそれに乗ったが気楽に手を振る。

「ただの連想だし、銀二がどうこうって訳じゃないからー」

「──赤とか糸とかよりも、切るっていうのがやっぱり焦点置いた方が良いんじゃないか? それか合わせて考えるとか……やっぱ何でも切る時ってその人の意思があるだろ」

 そう、穏やかな低音が言った。

 隅の席、ぽっちゃりとした体型の短髪の男子。玄河げんが だん。彼も作業中だった。漫研所属で、校内定期発行の部誌の為にここ暫くは創作に勤しんでいる。今は納得のいくネーム作業に励んでいるとのこと。


 とまあ、長くなってしまったけれど、以上が此処に居る8人のメンバーだ。私を合わせて9。

 本来集うメンバーはまだまだいるので、いずれまた紹介できればと思っている。

 全員同学年で、私の幼馴染みや友人達。

 ほぼ毎朝、時々放課後、このほとんど使われていない所だらけの第3棟空き教室になんとなく集まるようになって、特別何かをする訳でもなく過ごしている──。


 ──さて、話を戻すと。

「なんか今迄で一番まともな意見出た気がするな……」銀二が呟く。

「成る程……切る、を放っとくのはやっぱ駄目かな」腕を組む。「赤の方を置いといて、糸と、切る……?」

「ハイハイ、じゃあやっぱりテープカットだよ!」それを諦め切れないらしい空音が言った。「銀二、なんか最近でめっちゃ目出度めでたい事──とにかくお祝いしたくなるような事なかった?」

「お前、ざっくばらんとし過ぎてないか!?」

 というか、その雰囲気の夢ではないのだ。

「いやそんな事より!」レイちゃんにそんな事と言われて空音がふくれている。「赤も外せないでしょ、だって他の色とでは意味や重要さが違ってくるわよ! 銀二の夢のだってちゃんと小指に結ばれてる訳だし!」

「……確かに、赤色とドブネズミ色とでは」

「よりによってドブネズミを持ち出すな」斎に対し半目になるレイちゃん。

「銀二、それちゃんと結ばれてたのか? そう見えただけとか、実は赤色っぽい茶色とか?」

「コラ、台無し発言するなそこ」

 までが志傳を睨んだ。どうやらこのメンバーの中で赤い糸派は劣勢らしい。……というか志傳、目ん玉刺しの代わりにレイちゃんが付けたと思われるキラッキラのヘアピンがあちこちあるけど大丈夫ですか。

「結局、全部合わせて考えた方が良いってことー? ……振り出しに戻る、みたいな」盛大に溜息をく空音。

「……初めに戻るっていえば」

 私は首を捻る。

「当然といえば当然なんだけど、赤い糸で結ばれてる結ばれないっていうのはあるけど、それを切るって……無いよね」

『赤い糸』の話で「糸を切りましょう」は無い。

 ……縁切り神社でもあるまいし。

「ええ、無いわね」

「切った方が良い、なんて普通では聞かないよね」

「じゃあやっぱり赤い糸とは別モンだろ」

 志傳が断ずる。

「いーや間違いない。何処かに伸びてるってのがまだ見ぬ出逢わぬ相手を想定してのことよ」

 レイちゃんも譲らない。

「偶々赤い色の糸なだけで特別の意味なんかねぇんだよ、きっと」

「アンタ……知らないうちに誰かを泣かせてるかもよ」

「平行線になってきたね……」と私。

「ていうか赤い糸か否かの話になってねぇか?」と銀二。

「大分偏った連想してるよな……あ」

 斎の声に振り向くと、彼はタブレットを見たまま、「時間だ」

 その言葉を合図のように、それぞれ荷物をまとめる。立ち上がる。

「じゃ、続きは放課後ね!」

 すっかりノリノリのだった。

「……良いけどこれ、この面子で何か話の結論出んのかね」

 目が合うと、肩を竦める銀二だった。






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七つ森高校は眠らない 虚城ハル @Utsushiro_hr

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