【閑話】消えた幼馴染 side ダレン

 「さようなら。あなたのことはきれいさっぱり忘れるから、あなたも私のことは忘れてね」


 そんなセリフを最後に投げると、ルナは揃いの銀髪の男と愛おしそうに見つめ合い、うなずき合うと、俺の目の前から二人は消えた。 


 二人が魔法のように消えた後、どのくらい呆然と佇んでいたのか…


 ルナがいなくなった。


 その事実は俺の心にぽっかりと穴を開けた。しかし、その現実を認めたくなくて、俺は走りだした。


 まずは、ルナの実家へ向かい、夜中にもかかわらず扉をドンドン叩く。鍵が開くと、驚いた顔をしたルナの父親が立っていた。


 「え、ダレン君、ルナと一緒ではないの……?」

 そんな父親の声に答えずに、ルナの寝床である物置を乱暴に開ける。そこはもぬけの殻だった。一切なにも物がなく、ガランとした空間だけがそこにあった。


 「ルナの……ルナの荷物はどこいったんだよ?」

 思い入れのない実家にルナがいるなんて、これっぽっちも思っていなかった。ただ、なにか出奔先の手がかりとかルナを思い出せる物の一つでもないかと来てみただけだ。


 「え、ルナの荷物なんてこの家には元々一つもないよ。ダレン君もルナを身一つで引き取ってくれるって言ってたよね。あれ、でも布団くらいあったはずなんだけど……」

 後ろでもごもごと聞き取りづらい声でしゃべるルナの父親に怒りが湧く。


 お前らが、お前らがルナをちゃんと家族として扱わないから!

 ルナを大切にしないから!

 お前ら家族がルナが村を出て行くのを躊躇させるような重しになれなかったから!


 だから、ルナは村を出て行っちまったんだよ!!!!!


 やりどころのない怒りを物置の扉を蹴り壊すことで発散する。驚くルナの父親の脇をすり抜けて、再び走りだす。


 かすかな希望にすがって、村はずれの魔女の家を目指す。心のどこかではわかっている。あの魔術師の男と消えたルナは魔女の家にはいないってことを。それでも、なにかに駆り立てられるように夜道をただひたすら走った。


 だって、ルナが消えるなんて嘘だろう。

 いや、あいつが消えたからどうだって言うんだ。なにを俺はこんなに必死になってるんだよ。あいつなんて下僕で、憂さ晴らしの相手で、ただの駒の一つだ。数多いる女の一人だろう。少し毛色が違うくらいで……


 どうってことないだろう。金と権力と女。俺を構成するうちのちっぽけな一つのパーツだろ。一つ欠けたことでどうということのない存在だ。

 そうでなければいけない。そうでなければ俺は……


 それでも、息がきれても、自分の心の奥から湧き出る衝動を止めることはできなかった。


 家とも呼べない掘っ建て小屋のような魔女の家にたどり着くと、灯りがついていないことにも構わず力任せに扉を引く。鍵は掛かっていなかったようで、その扉はあっさり開いた。


 灯りの灯し方がわからないので、窓から差し込む月明かりの中、部屋の物を無茶苦茶にひっくり返していく。どうしようもない気持ちをぶつけるように物を手にとっては、空に投げる。薬草、本、書類がめちゃくちゃに部屋に舞った。


 色々な薬草の混じった匂いに、思わずせきこむと、部屋の隅で瞬く黒い瞳に気づいた。


 「ひっ」

 黒いローブに包まれた老婆の黒い瞳は俺の全てを見透かしているようだった。

 「気は済んだかい? 私とあの子はただの茶飲み友達だよ。ここにはお前さんが求めるものはなーんにもないよ」


 「あいつの私物とかないのか? ……あいつの行先とか知らないのか?」

 老婆は静かに首を横にふった。


 だから、なんで誰もあいつの拠り所になってないんだよ!!!

 あいつが持ち物を置いたりとか、行先を相談するとかそういう心を許せるやつがなんで、この村にはいないんだよ!!!


 また、行き場のない怒りが湧いてきて目の前の木のテーブルに拳を叩きつけると、ルナの家の物置の扉のように砕けることはなく、まるで鋼鉄のように硬くて、自分の拳に血が滲む。なんだかやる気をそがれて、魔女の家を後にした。


 それからどうやって家まで帰ったかは覚えていない。怒りとか悲しみとかが後から後から湧いてきて、夜が明けるまで、親父の秘蔵の酒をただひたすら煽った。


 「ダレン、ダレン……やだもう汚い。お酒くさーい」

 ゆさゆさと肩を揺すられて、夢うつつにその手を振り払う。止めてくれ、俺はもう起きたくないんだ。


 ガンッと衝撃が走った後、気づくと床に転がっていた。どうやら、椅子から蹴り落とされたらしい。ガンガン頭が痛むし、気分も悪い。椅子から蹴り落とされたことに怒る元気も残っていなかった。


 「起きろよ、ダレン。婚約者のアビゲイル様からお話があるから」

 なぜか、婚約者のアビゲイルとダレンの取り巻きの一人がにやにやと嫌な笑いを浮かべて、ダイニングテーブルに揃って腰掛けていた。


 こっちは成人の白の正装が所々破れ、泥や木の破片などで汚れているというのに、目の前の二人は成人の正装から着替えて、余所行きの服をまとっていた。いつもの力関係と違っていることに苛立ちを覚えつつ、椅子を戻してのろのろと腰掛ける。


 「ダレン、あなたとの婚約は破棄します。あなたの有責でね。違約金の話は親同士でしてもらうことにするわ」

 「あ、俺が新しい婚約者になって、予定通り一か月後に結婚式挙げるから、心配ご無用だよ。むしろお前は自分の心配しなくちゃだよなぁ……」

 「はっ?」

 これが二日酔いなのか、頭がガンガンする。気持ち悪さが酒のせいなのか二人の言葉のせいなのかわからない。


 アビゲイル、お前子どもの頃からずっと俺の事、好きだったんじゃないのかよ!

 あんなにしつこくつきまとって、結婚だって楽しみだって言ってたのに……


 お前が婚約者ってどういうことだよ!!

 あんなにも俺の事慕ってたくせに。アビゲイルのこともお似合いだって、おめでとうって言ってくれたのに……


 「ダレン、あなたの外見はとっても好みだったの。でも、限度があるわよねぇ。あの外れ者の娘を気にしてるとは思っていたけど、あんなに執着しているだなんて思わなかったわ。ただ可哀そうな幼馴染を気にしているのかと思ったけど、どうやら違ったようね。あの娘は、今どこにいるの? 寝室にでもいるのかしら?」


 「お前、村中、お前とあの娘のこと、噂になってるぞ。アビゲイル様っていうすばらしい婚約者がいるってのに、あんなみすぼらしい娘がよかったのか? その様だと逃げられたのか? まさか、殺したんじゃないだろうな?」


 「殺してなんかいねーよ!!! あいつはこの村が嫌になって出てったんだよ!!!」

 ルナのことを言われて、突然、俺の中の柔らかい触れられたくない部分に触れられた気がして、カッとして言い放つ。


 「あらそう。成人したし、あの娘がどうなろうと知ったことではないけど。騒ぎを起こさないのなら、ダレンも結婚式に招待してあげてよ。では、ごきげんよう」


「噂のこともだけど、今まで、アビゲイル様の婚約者として忖度されてきたから、これからはお前の実力で生きていかないといけないから大変だな! じゃ、元気でな!」

 言いたいことだけ言うと、二人は去って行った。


 気が着けば、全てが手に入ると思った成人の日を迎えた俺の手には、何一つ残っていなかった。

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