7 平穏な日々
それからもサイラスは、約束通り、週に一回のルナとのお茶の日になると必ず現れた。
「ルナ、採取が終わったらそれで終わりじゃないんだ。鮮度の高いうちに処理しておかないと薬効が落ちるって何度も言っているだろ」
過酷な野外での採取が終わって、一休みしている所へヤクばあちゃんの叱責が飛ぶ。
ふはっと、後ろから柔らかく笑う気配がする。
「相変わらず、子ども相手にも容赦ないなぁ」
サイラスは今日も、柔らかそうな少し癖のある銀髪をなびかせて、ふいに現れた。
「当たり前だよ。この子の将来がかかってんだからね!!!」
「まぁ、その品質へのこだわりが唯一無二のポーションを生み出しているんだから、仕方ないのかぁ」
「あんたみたいに甘やかしてばっかりいたら、ろくな大人にならないんだよ!」
「ハイハイ、師匠は鞭ばっかだと、小さい弟子に嫌われますよ。ルナはちょっと休憩ね」
「だから、その師匠って言うのはやめとくれ! 名前で呼べって何度言えばわかるんだい!」
恒例の仲の良い親子のようなやりとりをニコニコして見守っていると、サイラスにそっと手をひかれる。
サイラスはボディタッチの多いタイプだが、ダレンのような嫌悪感はないし、むしろもっと頭を撫でてほしい、手をつないでほしい、とルナは思ってしまう。最近は、ルナの髪がお気にいりのようで、ルナがお菓子をほおばるのを眺めながら、腰ほどまである銀の髪を手先でもてあそんだり、くるくるしたりしている。ルナはサイラスといると、心がふわふわして浮き浮きして、温かい気持ちになった。
過酷で先の見えない修行の日々に何度もうんざりしながらも、サイラスとの甘くて温かい時間を心の支えにして、ルナは乗り切っていった。
◇◇
ルナが十歳になった頃、ようやく薬草図鑑の全種類の薬草や植物の採取をすることができた。もちろん、判別や仕分けも正確にできる。目に見えて、ようやく成果が出たことで、ルナはほっとするとともに、少し自分に自信がついた。
「ルナ、薬草図鑑の薬草、全部採取したんだって? すごいじゃないか! おめでとう!」
「ふん、まだ調合すらしてないのに、途中地点で喜んででてどうするんだい? まだまだ先は長いんだよ」
「まったく師匠は情緒がないなぁ。何事も一歩ずつだろ? ルナ、おいで」
小屋の外に出て、薬草畑の反対側の野原の方に誘導される。今日は快晴で、どこまでも空が青く澄み渡っていた。
「ルナ、見てて」
サイラスが軽く手をふると、白くて冷たいものが辺りにはらはらと舞う。
「わー」
その澄んだ白いものを掴もうとすると、すっと消えてしまう。
「ルナは見たことないかな? 水が凍ったものだよ。雪とか氷って言われてる」
はらはらと舞う雪に手をかざす。雪が太陽に照らされて虹色にキラキラと輝いている。
「うわー綺麗」
雪を追いかけてくるくる回るルナをサイラスは眩しい物を見るように目を細めて見ている。
「ルナ、うさぎ」
また、サイラスが手を一振りすると、氷でできたうさぎが出現した。
「えーすごい。氷? 氷のうさぎ? 可愛い。きれーい」
透き通って、つるりとしたうさぎの氷の彫刻を、ルナはそっと撫でる。
「わっ冷たい。あははっ、つめたーい。つるっとしてるー」
氷のうさぎは、つるつるしてて、冷たくて、触ると少し解けるけど、雪のように消えてしまうことはなかった。ルナは小さな子どものようにはしゃいだ。
辺りを舞う雪が、日の光で解けて、虹がかかる。
「わー虹だ! 綺麗だね、サイラス。すごいね、魔術ってすごいね。ありがとう、サイラス」
ルナの満面の笑みにサイラスは見惚れた。
「ルナが一番綺麗。ルナの存在が奇跡だよ」
サイラスのつぶやきが零れた。
◇◇
採取をクリアしたら、調合だ。
「とりあえず千回かね」
調剤辞典の全ての薬について、同じものを千回調合する。もちろんヤクばあちゃんの納得する品質のものでなければならない。
調合もまた、神経を使う作業ではあるし、調合する前に必要な薬草を採取する必要もある。それでも、一つ一つの作業を丁寧に行うのはルナの性に合っていて、それほど苦にならなかった。採取のコツもわかってきて、要領も良くなっていた。
その頃には、年頃になり、ダレンはますます男っぷりに磨きがかかってきた。身長も辺境の男達と変わらないくらいに伸び、いつの間にか、冒険者達から剣を教わり、鍛錬を怠らないらしい。昼間に家業の牧畜や、頼まれた村の畑や大工仕事などをしていることもあり、筋肉もしっかりとついて今や熊のような大男になっていた。顔は綺麗なままに育ったので、逞しく麗しいダレンは辺境の村で一番モテていた。
ルナのように噂に疎いものでも、知っているぐらい女関係は派手なようだ。女冒険者や未亡人、同じ年頃の娘達……。仕事や鍛錬の合間に、さまざまな人と遊び歩いているらしい。おかげで、ルナはダレンから解放されたので、ありがたいことだ。
ダレンは、女達と遊び歩くだけでなく、同年代の友達とバカ騒ぎしたり、村長や年かさの男たちの酒盛りの場で飲めないながらも盛り上げたり、そつなく全方位に愛嬌をふりまいていたので、女癖の悪さを咎められることはなかった。むしろ、『辺境の男はそれぐらいじゃなければな』なんて言われたりもしていた。
幸せだなぁ、とルナはふわふわした心地だった。最近はダレンもかまってこないし、修行は順調だし、サイラスとも会えるし。しばらくはそんな平穏な日々が続いた。
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