3 光のような存在

 ヤクばあちゃんと話し合い、ルナは薬師を目指すことにした。ルナには弱いながらも魔力があるらしいが、魔術師になれるほどではない。冒険者登録をしたところで、ルナには戦闘力も魔力もないため、戦うことはできない。ただ、冒険者を支える職業につく者も冒険者登録できるということで、その職業の一つである薬師を目指すことにしたのだ。


 宣言通り、ヤクばあちゃんはスパルタだった。子ども相手に一切の妥協を許さなかった。薬師を目指すと決めて、方向性が決まってほっとしたのもつかの間、現実の厳しさを知ることとなる。


 「まずは薬草の採取と仕分けだね。薬草図鑑に載っている全ての薬草の区別がつくまで、ひたすら採取と仕分けをするんだよ」


 「全部……」

 どさどさっとルナの前に積まれた分厚い本は十冊はあるだろうか?

 古びていて薬草の匂いが染みついている本を開いてみる。薬草一つ一つについて、きちんと色のついた絵が載っていて、手書きで書き込みがたくさん書いてある。


 ヤクばあちゃんは必要最低限の事は教えてくれるけど、わからない事は自分で調べるしかない。最低限の文字や単語しか知らないルナにとって、薬草図鑑は難易度の高いものだった。しかも手書きの文字は崩れていたり、クセがあって読みにくい。何冊もの辞書を引き、メモをして、読み込まなければいけない。そして、そこからが本番で、薬草図鑑に載っているものを採取しなければならない。


 「まずは薬草畑に生えているものからだ。畑の薬草を覚えたら、山や森へ採取に行くからね」

 手始めにヤクばあちゃんの家の裏にある広大な薬草畑から採取する植物を指定される。


 「みんな同じに見える……」

 もちろん、ヤクばあちゃんがつきっきりで誘導して教えてくれるわけもない。ルナは広い薬草畑を前に途方に暮れた。薬草図鑑から書き抜いたメモを片手に畑を右往左往する。


 「ルナ、手当たり次第に取ってくるんじゃないよ。きちんと絵は見たのか? 説明は読んだのか?」

 みんな同じに見える植物と薬草図鑑とにらめっこして、叱られるばっかりで褒められることは滅多にない。


 「あーぁ……もうやだなぁ」

 プチプチと手近な所にある雑草を引き抜く。さすがに、薬草と雑草の区別はつくようになってきていた。


 本当は、ルナの将来のために教えてくれているヤクばあちゃんに感謝しなきゃいけないのはわかっている。成人する日の自分のために必要だってわかってる。でも、十五歳まで八年ある。それは七歳のルナには途方もなく長く感じる。


 この状況から救ってくれる人が現れないかなぁ……

 時折、そんな思いが脳裏をかすめる。


 そんな自分の邪な思いを捨てなければと、ふるふると頭を振った。


 ヤクばあちゃんにこんなによくしてもらってるのに。ヤクばあちゃんは家で洗濯や食事などの世話をルナが十分与えられていないのを知ると、食材や布や石鹸を自由に使っていいと言って、洗濯や料理や繕い物の方法を教えてくれた。

 

 こんなことぐらいで音を上げるなんて最低だ。もう一度、全部一緒に見える薬草とメモに向き合って、採取に励んだ。


 「おや、今日指示した分は採取できたのかい?」

 「ハイ」

 「ふん、まぁ次第点かね。ルナ、育ちすぎでも若すぎてもダメなんだよ。見分けがつくようになったら、よく観察して、一番適したものを選ぶようにするんだよ」

 「ハイ」


 その時、ふわりと空気が揺れたかと思うと、そこに人が立っていた。一瞬、村人かと思って身構えたルナは、その姿が目に入るとつい見惚れてしまった。


 そこには、小柄で、すらっとしていて中性的な美しさを持つ男の人が立っていた。辺境で大柄で筋肉隆々な男達を見慣れているルナにとっては新鮮だった。


 柔らかそうな少し癖のある銀髪をなびかせている。色付きの眼鏡をしているので瞳の色はわからない。 

 でも、色付きの眼鏡をしていても、顔立ちの綺麗さは幼い子どもであるルナにもわかった。


 すらっとしていて、ふわふわの銀色の髪がお日様にあたってキラキラしていて。

 本物の王子さまかもしれない、とルナは思った。


 警備の制服のようなカッチリした服を着て、しっかりと手袋までしているその人もルナを見てびっくりしたような顔をしている。


 「師匠、ついに妖精を召喚できるようになったの?」


 「なに、寝ぼけたこと言ってるんだよ。どこからどうみたって人間の女の子だろ。この村の子どもだよ。ちょっとワケあって、薬師になれるように鍛えてるんだよ」

 

 その時、草の汁と、泥にまみれた自分の手が目に入った。キラキラとした人の前にいる薄汚れた自分が恥ずかしくなって、ヤクばあちゃんの後ろに隠れた。


 「本当に妖精じゃないの? 天使でもなく? 人間って本当?」

 隠れたと思ったのに、いつの間にか、その人はルナの正面に回り込んでいた。厚い皮の手袋でルナの頬についた泥をぬぐってくれる。ルナは自分の頬が真っ赤に染まるのがわかった。


 「サイラス! その子から離れな。かまうんじゃないよ。ホラ、ギルドに納める薬とポーションならこっちの箱に詰めてあるよ。持ってきてくれた物はそのへんに適当に置いておいてくれていいよ。いつもはもっと遅い時間にしか来ないじゃないか。さぁ、まだ仕事の時間だろ? 帰った帰った」


 ヤクばあちゃんはその細い体のどこにそんな力があるのか、サイラスの首根っこを掴むとルナから引きはがした。


 「名前はなんていうの? いくつ? どうしてここにいるの? ねぇ、一緒にお茶でも飲もうよ」

 ヤクばあちゃんに首を掴まれても、ものともせずにグイグイ迫ってくるサイラスに、ルナはどうしたらいいのかわからずに狼狽えた。

 

 ヤクばあちゃんは、ちっと舌打ちを一つすると、サイラスをテーブルの前に座らせた。ルナも手を洗ってから同じテーブルにつくと、ヤクばあちゃんの淹れてくれた薬草茶を静かに飲んだ。


 「うわ―、相変わらず、にっがっ!!!」


 「ほんとに、お前は相変わらず人の言うこと聞かないし、こうとなったらテコでも動かないし……。ルナは、あんたの妹弟子、七歳だよ。ルナ、このうるさいのはサイラス、アタシの魔術の弟子で、王都の冒険者ギルドの職員をしている。


 ルナは、この村で馴染まない色彩を持っていて、村人からも家族からも疎まれている。おまけに幼馴染は意地悪で乱暴なクズで、この子に執着している。そんな状況だから、成人したらこの村から出て自立するために、薬師になれるように仕込んでいるところだよ。わかって、満足しただろ? さ、帰りな」


 「えぇ――。ルナ、こんなに可愛くて綺麗なのに、疎まれてるの? 意地悪されてるの? なんで?」


 「はぁ。だから、この村ではあんたやルナみたいな色彩を持つものがいないからだよ。珍しいものや馴染まないものが疎まれるのは、村っていうちっぽけな社会では仕方がないことなんだよ。幼馴染の意地悪は好意の裏返しじゃないか?」


 「みんながいらないなら、僕にちょうだいよ。大事にするよ。連れて行っていい?」


 「アンタはバカなのかい!! 犬や猫とは違うんだよ! また今度ゆっくり説明するから今日は帰りな!!」


 「またね、ルナ!」


 ヤクばあちゃんからゲンコツをくらって、サイラスはしぶしぶ姿を消した。転移の魔術というものが使えるようで、来た時と同じく、一瞬で去って行った。


 サイラスに名前を呼ばれて、ルナははじめて、自分の名前がとてもいいもののように思えた。

 その日から、サイラスはルナの希望のような、心が温かくなる光のような存在になった。

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