2.コスプレ部の部員達

第3話  「あたしコスプレ部ちょっと興味あるかも……」

 翌日。

 俺は昨日と同じように朝の準備を終え、珊瑚ちゃんと一緒に学校へ向かった。

 今日は始業式。昨日よりも人が多いのは在校生も登校しているからだろう。昨日も、神崎愛斗をはじめとして何人かの在校生は部活動などで登校していたが、義務登校ではなかった。

 しかし今日は始業式。正式に春休みが終わりを告げ、また、長い学校生活が幕を開けるのだ。

 

 俺と珊瑚ちゃんは、一度教室に向かい、荷物をおいてから、始業式の会場である体育館へと向かっていた。

 さすが私立高校と言ったところか。校舎は綺麗で、体育館は俺が通っていた高校よりも遥かに広い。生徒数も多く、確か各学年三百人以上いたはずだ。

 その人数をこの体育館にひとまとめにするのだから、これくらいの大きさは必要なのかもしれない。


 「始業式めんどくさいなぁ。どうせ昨日と似たような話だろうし」

 「うん。それに体育館、ちょっと寒いよね」


 珊瑚ちゃんの呟きに俺は頷く。タイツを履いているとはいえ、体育館の床は冷たいため、お尻がひんやりとしてくる。男の時も体育館の床の冷たさは感じていたが、それ以上に冷たく感じる。なんというか、冷たさがダイレクトにお尻に伝わってくる感じだ。


 そうこうしているうちに、始業式が始まった。珊瑚ちゃんの予想通り、始業式は昨日の入学式で話していたような話を校長が話し、新学期での注意、それから各クラスの担任を発表して、一時間半ほどで終えた。


 「長かったぁ~」

 「ね。なにもしてないのになんか疲れたよ」


 教室に戻ってから、珊瑚ちゃんは俺の机に屈伏しながら呟く。俺もそれに同調した。


 「おーい、お前ら席に着けー」


 教室の前方から女性の声が響き渡る。先程発表された俺たちのクラスの担任、芹沢奏せりざわかなで先生だ。


 「お前達の担任になった芹沢だ。えーっと、出席とるから、名前呼ばれたやつは手を上げろよ」


 こうして芹沢先生は出席をとりながら名簿に印をつけていく。それからいくつか連絡事を報せていく。

 大体は始業式でも言われていたことだ。俺にも関係があるのは、『明日に国語、数学、英語の簡単なテストが行われる』というものだけだ。

 そして芹沢先生は手をパンと叩き、最後のお知らせを告げる。


 「今日はこれで解散だ。強制じゃないが、これから体育館で部活動紹介があるから行きたいやつは行けよー」


 この言葉を皮切りに、生徒達は続々と立ち上がる。珊瑚ちゃんもこのタイミングで立ち上がり、俺の席まで歩いてきた。


 「さくらは部活決めてる?」

 「ううん、まだ」

 「じゃあ、部活紹介のやつ一緒に行こ」

 「うん」


 俺は頷いて席を立つ。そして荷物を持って珊瑚ちゃんと体育館へと向かった。


◆◇◆


 「そういえば昨日の人……えっと、関西さんだっけ?」

 「神崎さんのこと?」

 「そうそうその人!」


 体育館の床に座り、俺たちは談笑を始めた。まだ、部活動紹介が始まる気配はない。


 「神崎さんがどうしたの?」

 「あの人何部って言ってたかなぁって。なんかさくら勧誘されてたじゃん」

 「コスプレ部だよ。それに珊瑚ちゃんも勧誘されてたし」

 「えー、あたしついでって感じじゃなかった? それにしてもコスプレ部かぁ。そんな部活あるんだね」

 「珍しいよね」

 「興味ある?」

 「少しだけ」


 部活動紹介。これは原作にもあるエピソードだ。確か原作では、コスプレをした神崎愛斗の幼馴染みにして、コスプレ部部長、生徒会副会長であり、成績は常に一桁のハイスペ女子であり、セクシーなキャラクターを多く担当する赤橙乃愛せきとうのあの姿に、珊瑚ちゃんが憧れて、桃井さくらと一緒に入部するといった流れだったはずだ。

 この流れは変わらないだろう。今までも、原作にあるシーンでの神崎愛斗や珊瑚ちゃんのセリフは、原作と全く同じだったし。


 だから、このままいけば珊瑚ちゃんは乃愛ちゃんに憧れてコスプレ部に入るし、それに俺もついていく。

 これは俺にとっても悪いことではない。原作通りに進むことで、俺は珊瑚ちゃんが神崎愛斗を好きになるフラグを回収することが出来る。


 「新入生の皆さん、お待たせしました! ただいまより部活動紹介を始めたいと思います。司会は私、生徒会副会長の赤橙乃愛が担当いたします。この格好は気にしないでね」


 乃愛ちゃんはコスプレ衣装で司会を行っていた。まぁ、これからコスプレ部の発表もあり、コスプレの準備は時間がかかるだろうから、利にかなってはいる。いるのだが、思春期男子には目に毒だろう。

 実際、ほぼ下着同じくらいの露出の乃愛ちゃんに体育館中の男が歓声を上げた。容姿も整っている上にあの格好だ。この反応も当然のものだろう。


 「うわぁ、すごい服だね」

 「そうだね」

 「あれってもしかしなくてもコスプレだよね。なんか……あの人堂々としてて格好いいなぁ」

 「うん、お……わ、私もそう思う」


 あっぶなぁ。めっちゃ俺って言っちゃいそうになった。これからは、一人称もちゃんと意識していかないとな。気を抜いてたら俺って言ってしまう。


 「では、まずはサッカー部の皆さんからです!」


◇◆◇


 部活動紹介は順調に進んでいた。


 「では最後の部活動です。コスプレ部の皆さんどうぞ」


 おそらく舞台裏へ向かったんだろう。先程まで乃愛ちゃんが行っていた司会が別の人に変わっていた。

 体育館の幕が開く。


 舞台の上には先程まで司会を行っていた赤橙乃愛ちゃんが佇む。ウィッグは被っているものの、着ている衣装は変わらないのに、纏う雰囲気は先程まで司会を行っていた時の明るいものとは異なっていた。今の彼女はキャラになりきったコスプレイヤーそのものだ。


 俺は言葉も出ず、息をのむ。隣に座る珊瑚ちゃんは小さく言葉をこぼした。


 「綺麗……」


 圧倒され数分にも感じた数秒が過ぎ、舞台に立つ乃愛ちゃんは、先程司会を行っていた時の笑顔を浮かべた。


 「皆さんこんにちは。生徒会副会長もといコスプレ部部長の赤橙乃愛です!」


 張り詰めていた空気が一気に緩み、歓声があがる。


 「えーっと、私たちコスプレ部は去年作ったばっかで、今はそこの眼鏡と二人で活動しています」


 乃愛ちゃんは体育館の角に座っている神崎愛斗を指差す。体育館中の視線がそこに集まるも、神崎愛斗は特に気にする様子もなく、ぼーっと何かを妄想しているかのように上の空だ。


 「もしかしたら、すでにそこの変態眼鏡に勧誘された子もいるかもしれないですね。私たちの活動は、基本的に今の私のようにコスプレをしてコミケをはじめとした様々なイベントに参加することです。もちろん衣装制作など裏方も募集してます。っと、これで以上かな。聞いてくれてありがとうございました!」


 乃愛ちゃんはそう言いきり頭を下げた後、舞台から駆け降りた。体育館の角に座る神崎愛斗のもとへ駆け寄り、何か言い合いをしている。


 ここまで声は聞こえてこないが、この場面は原作にもあったはずだ。

 確か、乃愛ちゃんが「もう、なんで見てないの」と言い、それに対し神崎愛斗は、大勢の新入生の中に混ざっていても一際目立つ美しい白髪の美少女、白鷺蛍を指差して「ごめん、あの子にはどんなコスプレが似合うか考えてた」みたいなことを言って、乃愛ちゃんがそれに呆れる、といった感じだったか。

 確かこのあとすぐに、神崎愛斗は俺たちにやったように白鷺蛍も勧誘しにいくはずだ。


 「さくら、あたしコスプレ部ちょっと興味あるかも……」

 「見学行く?」

 「いいの?」

 「もちろん」

 「へへ、ありがと」


 そう言って珊瑚ちゃんは立ち上がった。俺も少し遅れて立ち上がる。


 「気が変わっちゃう前に、部室行ってみよっか」

 「そうだね」


 俺は頷き、珊瑚ちゃんと共に体育館を出た。


 

 

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