第23話 ラクトンのスメル

「ここが私の部屋だよっ! 好きな所に座ってねっ! あっ、トイレは今来た廊下の突き当たりにあるよっ!」

 勉強場所はまさかの、雪野宅だった。

 てっきり図書室や放課後の空き教室だとばかり思っていた一朗は、未だ現実を受け入れられない。

 鼻腔を突く甘く華やかな香り。

 マジで女の部屋っていい匂いするんだな……。

 まさか生まれて初めて入る女の部屋が、雪野のだなんて……。

 戸惑いながらも、部屋の中央にある低いテーブルの回りにあるクッションに腰掛ける。

「じゃあ私は何か飲み物持ってくるねっ!」

「お、おう」

 雪野が出ていった後、改めて室内を観察した。

 可愛らしい色使いで統一されたカーテンやベッド、クッションなどの布製品。

 シンプルで清潔感のある家具の配置。

 ぬいぐるみやドールハウスは、雪野の趣味なのだろう。

 ……可愛い過ぎる。

 これで恋愛対象が、異性だったらなぁ……。

 まあ、だとしても俺が付き合える訳なんて無いんだろうけどな。

 そう心の中で自虐していると、トレイに飲み物を乗せた雪野が戻ってきた。

「何がいいか訊かなかったけど、サイダーでいいよね?」

「あ、うん、サイダー好きだよ。ありがとう」

「よかった! はい、どうぞっ」

「どうも」

 飲み物をこちらに渡すと、雪野はテーブルを挟んで対面に腰掛ける。

「よいしょっ」

 近い……。

 こんなん勉強に集中できねぇぞ……。

 一朗がドキマギしているところへ、雪野が話し掛けてきた。

「そういえば悠希君から聞いたよ?」

「えっ」

 まさか、俺が雪野を好きだってことを――!? 

 一朗はまずその心配をしたが、違ったようで。

「斎木君だけじゃなくて、悠希君も入学前に桜の樹を無くしちゃおうとしてたんだってね? もう私、びっくりしちゃったよっ! そうだったんだーって」

 よかった、そっちか……。

 そもそも黒戸が他人の秘密を、彼女相手とはいえバラすような人間ではなかったなと、一朗は一瞬でも疑ったことを反省する。

 それにしても、あいつ……。

「黒戸のヤツ、自分から話したんだな……」

「うんっ」

 つまり既に、二人の間にはそこまでの信頼関係があるということだ。

 妬けるな……。

 そう一朗は感じてから、ふと自分でも混乱する。

 ……いや、俺は今どっちにヤキモチを……? 

 雪野は感慨深げに続けた。

「でもまさか、悠希君も私と同じことを考えていたなんて……運命だよねっ!」

「あ、ああ」

 そう答えながらも、納得はできない。

 いや、俺も居たのわかってて言ってますぅぅ!? 

 俺は運命から省かれてるんですかぁ!? 

 そんな一朗の気持ちなど知るはずの無い雪野は、こんな質問まで投げ掛けてくる。

「そういえば最初はは好きな女子とか居ないのっ?」

 そうかよ、そこまで意識されてねぇのかよ。

 だったら――。

「……雪野」

「えっ……」

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