キレルメス使い
戸部 アンソン
第1話 メスで切り裂くとあふれるんだよ
ゴッホはママより先に鉛筆と発語したという。
僕の親友の陽三ならば「メス」である。医者が使う素晴らしく切れ味の良いメス別名スカルペル(scalpel)。幼い陽三にメスの使い方を丁寧に教えた両親も変わっている。
僕と知り合ったころ、陽三は身近で手に入る木の葉を集めては、葉の中に見える筋「葉脈」に沿って木の葉を切り開いていく作業を続けていた。葉脈とは、人間の血管と同様、水分や栄養を運ぶための管だ。管にメスがはいると葉の細胞から「いのち」のにおいがふきだす。そのにおいをかぐと、すごく心地良い気分になると言っていた。
中でも茶の葉が一番興奮すると。茶の葉脈は「網状脈」と呼ばれ、文字通り編み目のように筋がある。その葉脈が切れると葉緑素が噴出し茶葉独特のにおいを発する。それは、毎日飲んでいるお茶の香りとは全く違い、うっそうと茂る森林の奥の日の当たらない場所のにおいであるとのこと。
かくして陽三は街中に住みながら、日の当たらない森林の奥のにおいを嗅ぐことができるのだそうだ。
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