第87話 勝利の後の、嗚咽


 炎の直撃を受け、魔物スライムの動きが大きく鈍る。

 ユウキは魔法が放たれた方向を見た。

 森の境。ふたつの魔力の高まりがあった。


 ひとつは赤いとんがり帽子の『賢者』クラウディア。彼女の足下には魔法陣が輝いていた。掲げた両手には、数秒前に放たれた魔法の残滓ざんしが火花として散っていた。


 彼女の隣、青い刺繍入りのローブを身にまとった『聖女』クラウディアが、全身に聖なる魔力をまといながら祈っている。

 祈りにより生まれた聖魔力が、彼女の仲間たちに降り注ぐ。


「おおおおっ!!」


 雄叫びを上げながら筋骨隆々の男が走る。飾り羽の付いた兜、『戦士』ベリウス。

 彼は、苦痛に蠢く魔物スライムに肉薄すると、手にした巨大な斧を叩きつけた。白い輝きが魔物スライムの全身に広がり、赤黒い巨体を大きく抉る。


 腹にズシンと響く音。魔物スライムの足下がクレーターのように凹んだのだ。

 外見からは分からなかった魔物スライムの核が、露わになる。


 そこへ、一際強力な魔力が一直線に突っ込んだ。

 自身の魔力と聖女の力をかけあわせた『勇者』ヴァスリオ。

 まるで光のやじりが疾駆したような一撃で、魔物スライムの核は真っ二つに破壊された。


 魔物スライムは喋らない。

 だがユウキは、敵が断末魔の叫びを上げているように思えた。

 魔物スライムの巨体がボロボロと崩れ、地面に落ちる端から消えていく。


 息を呑んでその様子を見ていたユウキは、ふと、魔物スライムの小さな欠片が消えずにどこかへと去ろうとしているのを見つけた。

 グッと集中。集落を護っていた結界を変化させ、魔物スライムを逃さないように囲い込む。逃げ場を失った魔物スライムは、結界内で狼狽えるばかりだった。


 勇者パーティはすぐに欠片の存在に気づいた。

 魔物を捕らえた結界のところまで走ると、クラウディアが魔法を発動させる。

 ユウキの結界を越え、賢者の魔法は魔物スライムをギュッと圧縮。そのまま、彼女が手にした瓶の中へと封印した。


 振り返ったクラウディアと目が合う。

 彼女は会心の笑みを浮かべながら、ユウキに向けて「よくやったわ」と親指を立てた。

 ヴァスリオ、パトリシア、ベリウスも、一応に笑顔でうなずいてくれる。


 それを見て、ようやくユウキは『決着』を悟った。


「はあああ……」


 大きく息を吐く。気がつけばその場にへたり込んでいた。



 ――よくやった、少年。

 ――ええ、本当に。特に最後はよく機転を利かせたわ。えらいわよ。



「あはは……ありがとう」


 転生者の魂たちが労ってくれる。ユウキは力なく礼を言った。

 頬に息。チロロが鼻先を付けてきたのだ。


『ご苦労だったな、ユウキ。院長に相応しい働きぶりだったと言えよう』

『ええ、本当に。あなたの勇姿をこの目で見ることができて、本当に眼ぷ――誇らしいわ』


 天使マリアもやってきて、ユウキの頭を撫でる。少年院長は彼らにも礼を言った。

 その頃には勇者パーティもユウキの側にやってきていた。


「助力、感謝するよ。ユウキ。まさかこのような形で再会できるとは思っていなかった。素晴らしい活躍だったよ。ありがとう」


 まずヴァスリオが口火を切ると、他の面々も口々にユウキを褒め称えた。

 その手放しの称賛にユウキは嬉しくなる。


 ――が、すぐに表情を引き締めた。


「ヴァスリオさん。お願いがあります。皆を……助けてください」

「助ける? どういうことだい?」


 ヴァスリオが怪訝そうにする。

 ユウキは事情を話そうとした。


「実は、もふもふ家族院の皆がきゅ……急、にっ……病気に、な、なって……」


 あれ、とユウキは思った。

 事情を正確に話そうとすればするほど、唇が震え、言葉がうまく出てこない。


「それっ、で……僕、どうすることも……でき、なくて……うっ、ふぐっ!」


 気がつけば、涙を流していた。嗚咽でとうとうまともに喋れなくなる。


 人の命を奪うような凶悪な魔物との、初めての戦闘。

 ヴァスリオたちと無事に会えた安堵感。

 家族院の皆を救わなければいけないという使命感と焦燥感。

 そして、知らず知らずのうちに緊張で張り詰めていた心。

 そうしたものが一気に吹き出し、ごちゃごちゃに混ざり合って、ユウキの感情をかき乱した。

 今、ここにいるのは十歳の年齢相応の少年であった。


 ユウキの姿がとても意外だったのだろう。目を丸くする勇者パーティ。そんな彼らになおも必死に事情を話そうとするユウキ。

 天使マリアが代わって口を開こうとしたとき、ヴァスリオが制した。


「とりあえず、落ち着いた場所に移動しよう。僕たちがお世話になっている家があるんだ。そこで、詳しく話を聞くよ」


 そう言って、勇者はユウキに手を差し伸べた。

 少年院長と目が合った彼は、穏やかに微笑んだ。


「覚えててくれたんだね。僕たちを頼ろうとしてくれて、ありがとう」


 ユウキは、再び泣いた。

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