第78話 数日後の、朝の静けさ
――もふもふ家族院、そしてヴァスリオたちとのピクニックから、数日後。
「……ん? あれ、もう朝か」
家族院の一階自室で読書をしていたユウキは、窓から差し込んできた朝陽に気づいてつぶやいた。勉強のためにミオから借りていた本を閉じる。
夢中で読み込んでいて、時間の経過に気づかなかったのだ。
眠らずにすむ体質を利用して、もふもふ家族院の周辺を見回り、帰ってからは勉強する。このところ、そのような生活を繰り返している。今日もそうだった。
とはいえ、体力が無尽蔵にあるわけではない。無理をし続ければ疲れを感じることもあった。そういうときは、決まって転生者の魂たちが注意してくれる。
目に余るようだと『君を巻き込んで我々も休眠する』と怒られることもあった。さすがにそう言われたときには、素直に身体と心を休めるようにしている。
この独特な暮らしも、すっかり馴染んできた。
日々のルーティンも固まってきている。
だからこそ、ユウキは不思議そうに天井を見上げた。
「まだ誰も起きてきてないのかな?」
朝陽の強さからすると、夜明けからしばらく経っているようだ。
だが、もふもふ家族院の仲間たちが階段を降りてくる気配がない。
ユウキは着替えると、部屋を出た。
彼の院長室は一階にある。リビングはすぐそこだった。
しかし、今朝は誰もいない。ひんやりした空気が床に溜まっている。
――ここ数日、朝のリビングは毎回騒がしい。家族院の皆が揃って食事を摂る習慣が定着したからだ。
いつもなら、今頃は朝に弱い子たちが眠い目をこすりながらぞろぞろと集まってくる頃だろう。
毎日のように繰り返されている光景を思い出し、ユウキは一瞬だけ頬を緩ませる。それから首を傾げた。
「今日は皆、寝坊してる?」
キッチンをのぞく。誰も立っていなかった。朝ご飯の良い匂いをまといながら挨拶をしてくるアオイの姿は、今日はない。
珍しいことだった。
綺麗に片付けられたキッチンを見つめていると、足下に軽くなにかがぶつかってきた。真っ白なもふもふ毛玉、ケセランである。
「おはよう、皆」
ユウキは笑顔で挨拶する。集まってきた彼らは、どこか落ち着きなく右へコロコロ、左へコロコロしていた。
リビングに戻ると、他のケセランもユウキの前に姿を現す。少年院長は眉根を寄せた。
ケセランたちは言葉を喋らないが、感情は豊かだ。その彼らが、揃って不安そうにしているのが気になった。
ユウキは、自らの心の中に向けてつぶやく。
「ねえ皆。なにか怪しい気配を感じなかった?」
――いや、感じぬな。少なくとも、魔力を持った不届き者が侵入した形跡はなさそうだ。
――それにしても静かすぎるのは、私も気になるけどね。
ユウキの中にいる良き転生者たちの魂が答えた。ユウキと同じものを見てきた彼らも、困惑しているのだ。
階段下まで戻ってきたユウキは、ふいに玄関扉が開かれるのを見た。
玄関先に、白銀色の毛並みを持つ大きな狼――フェンリルのチロロが座っていた。どうやら前脚で器用に玄関を開けたらしい。
彼の頭の上には、同じくコロコロしているケセランの姿があった。
『早朝の時分から失礼するぞ、ユウキ』
「あ、うん。おはようチロロ。珍しいね、チロロが自分から家の中に入ってくるなんて」
見知った姿に少し安堵しながら、ユウキは応えた。
身体の大きさからか、これまでこの保護者フェンリルはむやみに建物の中へ入ってこようとはしなかったのだ。
チロロの耳と尻尾が落ち着きなく動いている。
『うむ。子どもたちの匂いを建物内から感じるが、少々、いつもと様子が異なるのでな。訪ねてみた』
「そっか。チロロも心配になったんだね」
『わざわざケセランが余を迎えに来たのだ。こやつら、いつにも増して不安そうだった。それも気になっている』
皆はどうした、とチロロが尋ねるので、「まだ起きてこないんだ」とユウキは答えた。
少年院長は階段の上を見た。
「様子を見てくるよ。チロロはそこで待ってて」
『いや、余も行こう』
ユウキはうなずいた。
できるだけ音を立てないよう、静かに階段を上る。
「たまには寝坊もあるかもね」
『全員がいっせいにか? ふん、そのときは遠吠えで叩き起こしてやろう』
「でも、もし体調が悪いならゆっくり休んでもらわないと。そうなったらチロロ、看病を手伝ってくれるかい?」
『それは無論、構わんが』
保護者フェンリルは釈然としない様子でつぶやいた。
『余が子どもらと出会ってから今日このときまで、体調不良に陥ったことなど一度もないのだがな』
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