第77話 ピクニックの終わり


 ――その後、ユウキとヴァスリオの声かけでピクニックはお開きになった。

 片付けも終わり、見晴らしのよいピクニック会場で、もふもふ家族院の子どもたちは冒険者一行を見送ることになった。


「パティお姉ちゃん、またね」

「ええ。ヒナタちゃんも元気でね。アオイちゃん、また機会があったら今度は一緒にお料理しましょう」

「はいー。必ずー」


 聖女パトリシアにヒナタとアオイが抱きついている。


 隣では男たちが爽やかに挨拶を交わしていた。


「ベリウスのおっちゃん、絶対また会おうぜ。約束だぞ!」

「冒険のお話、すごく楽しかったです。また聞かせてください」

「がっはっは! もちろんだとも。ワシも小さい頃のヴァンたちを見ているようで楽しかったぞ、坊主たち!」


 レンもソラもキラキラした目で屈強な戦士を見上げている。ヴァスリオたちの元教官というだけあって、子どもの扱いには慣れているのかもしれない。


 別の場所では、モジモジした空気が流れていた。眼鏡少女ミオと賢者クラウディアである。


「……」

「……」

「……その。元気、でね」

「……ミオも、ね。それとあの話、考えとくから」

「……ん。本、楽しみにしてる」

「……」

「……」

「――んああああっ! ふたりともモジモジがきっつーい!! ウチだっているのにぃーっ!!」


 隣で爆発したのが研究者気質のサキ。クラウディアの博識ぶりに興味津々だった彼女だが、途中から邪険にされがちだったらしい。

 それは別れ際のこのときも同様だった。


「ちょっと、うるさいわよサキ。お別れの挨拶中なんだから、少し静かにしててちょうだい」

「ほら、パティなら構ってくれるから。私、子どもの相手が苦手なの知ってるでしょ?」

「なんかウチだけ扱いが雑!??」


 半泣きになるサキを、たまらずユウキは慰める。


 ――そして、見送りの時間がやってきた。


「ヴァスリオさん、皆さん。お元気で」

「君たちも。有意義な時間が過ごせて嬉しいよ」


 少年院長とリーダー勇者が握手する。

 そのとき、彼らの元にどこからか声が降ってきた。


『もふもふ家族院の子どもたち。ご苦労様でした』

「この声……天使様!?」


 辺りを見回すが姿は見えない。

 どうやらユウキだけでなく、この場にいる全員に声が届くようにしているらしい。子どもたちも、冒険者たちもあちこちに視線を巡らせている。


『不測の遭遇となったこと、無用な不安を抱かせてしまったこと、この場でお詫びします。その上で、良き出逢いの場、交流の場となったことを私は嬉しく思います。この思い出、大切になさい』


 まず家族院の子どもたちに声をかけてから、天使マリアは勇者パーティに告げた。


『此度の件、私はあなたたちを見ておりました。子どもたちへ良き影響を与えてくれたことを感謝します』

「ありがとうございます、天使様。これもひとえに、子どもたちが皆純粋で、とても良い子だったからこそです」

『そうでしょう、そうでしょう。なかなか見所がありますねあなたたち』

「はい?」

『なんでもありません』


 咳払いする気配。


『聖域の出口へは私が案内しましょう。安全は保障します』

「感謝します。天使様」

『よろしい。ではユウキ。家族院まで子どもたちの引率、頼みましたよ』


 ユウキはうなずいた。

 もふもふ家族院が手を振る中、勇者パーティたちは丘のふもとへと歩き去って行った。


「またねーっ!!」


 姿が見えなくなるまでの間、子どもたちは何度も声を張り、勇者パーティたちは何度も振り返って応えていた。

 やがて完全に見えなくなると、ふっと気の抜けた空気が流れる。


「じゃあ、帰ろうか」


 ユウキが言うと、皆うなずいた。


 帰り道。子どもたちは勇者パーティの話題で持ちきりになった。それぞれ仲良くなったメンバーのことを興奮気味に話している。

 性格、個性、得意不得意が異なるからか、微妙に話が噛み合わないのもご愛敬。これも家族院らしいとユウキは思った。

 子どもたちの賑やかさに当てられて、ケセランたちも上機嫌だ。コロコロと頭の上で転がる彼らを、ユウキは苦笑しながら撫でていた。


「へっくしょん!」

「へぷちっ!」


 ふと、背後で同時にくしゃみ。

 見ると、レンとヒナタが鼻をすすっていた。

 すぐにアオイがタオルを持ってふたりの元へ駆け寄る。


「あらあらー。まだ乾いてなかったのかしらー?」


 アオイの言葉に首を傾げる。ユウキはミオを見た。彼女は肩をすくめ、事情を話してくれた。


「あのふたり、騒ぎすぎて飲み物を頭からひっかぶったのよ。ちょうどユウキが洗い物に行ってるときね」

「そうだったんだ」


 ミオが「帰ったらさっさとお風呂に入りなさい」と言うと、「あははー。申し訳ない」とヒナタは笑っていた。


 苦笑していたユウキは、ふと、さっきから口を閉ざしている子に気がついた。


「――サキ?」

「……んんんんああああああっ!」


 突然大声を上げたかと思うと、彼女はユウキに飛びついた。


「ユウキ院長君! ウチはもう我慢できんぞ!」

「え?」

「ウチも外に出たい! 出たいったら出たい!」

「ええ……」

「こんなことならこっそりついていけばよかったぁー……あだっ!?」


 ミオに半眼で小突かれ、寝癖少女はしぶしぶ口を閉ざした。

 ユウキは顎に手を当て考える。


「すぐには無理だろうけど、またヴァスリオさんたちに会えるよう天使様にお願いしてみるよ」

「ホント!?」


 タオルで頭を拭きながら、ヒナタがパッと表情を明るくする。他の皆も湧き上がった。ミオでさえ口元を緩めている。


 ユウキは思った。皆にとっても、自分にとっても、彼らとの出逢いは良いことだったなと。

 皆が元気で楽しそうなら、それだけで幸せだ。


「……ということだから、サキ。勝手に聖域の外に出ようとしないように」

「ぶー!」


 頬を膨らませる寝癖少女に、皆の笑い声が重なった。

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