第40話 ライバルの気持ち


 ユウキの表情を呆れながら見つめたレン。だが、家族院の少年院長はまったく表情を変えなかった。

 レンの心意気は受け継ぐ――その気持ちに、微塵の嘘も誇張もなかったのだ。

 やがてレンはぽつりと言った。


「どうやって勝つつもりだよ。勝算あんのか?」

「そうだね。正直、出たとこ勝負かな」

「おまえ……」

「けどさ、レン。君が勝算とか言っちゃっていいのかい?」


 ユウキの言葉に、やんちゃ少年の目が見開かれる。ユウキは微笑んでいた。


「レンにとって大切なのは、家族院の皆の名誉を守ること。自分が皆を守るんだって気持ちを見せること。だよね?」

「……」

「だったら勝つよ、僕。レンの気持ちはよくわかるし、無駄にしたくないから」


 自分の胸を叩いてから、ユウキは「それに」と続けた。


「僕はからね」


 怪訝そうな顔になるレンに、ヒナタが鼻息を荒くする。


「そうだよ。ユウキには特別な力がある。きっと大丈夫だよ!」

「……ふん」


 鼻を鳴らす。彼は言った。


「いつの間にかオレの家族と仲良くなってたとか、あんまりいい気はしねえが……おい、院長先生よ」


 手招きされ、ユウキは彼の傍らに膝を突いた。

 すると、レンの腕ががっしとユウキの首を抱え込む。


「お前に任せた。ぜってー勝てよ」

「レン」

「言っとくがな、完全に認めたワケじゃねえからな? けど、お前が言ってたこと、確かにオレの気持ちと同じだったよ。だから、その……許してやる」


 ユウキは小さく笑った。


「レンって、可愛いなって言われない? ヒナタとかアオイとかにさ」

「うっ、うるせえ! ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと勝ってこい!」

「うん」


 力強くうなずいて、ユウキは立ち上がった。その背中を、レンがばしんと叩く。痛かったが、不思議な温かさも感じた。

 男の子って、こういう風に応援してくれるんだな。

 テレビや動画で見た姿。背中のわずかなヒリヒリ感に、勇気と力とワクワクをもらった。

 心の中で、心臓とは違う、魂がドクンと鳴る音を聞いた。


 ――熱いね、少年。そういうの嫌いじゃないよ。


 また、魂が鼓動する。同時に、ユウキの身体に力がみなぎってきた。

 恐怖も不安もかき消される。胸に手を当て、ユウキは「ありがとう。一緒に頑張ろう」と心の中でつぶやいた。


 それからユウキは、子スライムのもとに歩み寄る。こちらをじっと見つめてくる小さな身体に、彼は言った。


「もう一度、かけっこで競争してもらえないかな。今度は、僕が相手になるから」

「みょみょーん!(誰でも来いだよ!)」


 スライムが跳びはね、威勢良く応じる。

 この申し出、難色を示されるかなとユウキは思っていた。少し前に「悪いことをしてはダメだ」と注意したのが、他ならぬユウキだったからだ。けれど、スライムは勝負を避けなかった。

 もしかしたら、スライムの方にも思うところはあるのかもしれない。


 ユウキはちらりと、お父さんスライムの方を見た。一度は決着した子どもたちの勝負、親としてもう一度認めてもらえないかと視線で問いかける。

 お父さんスライムは瞑目めいもくした。


「みょんみょん(ふたりとも、今度は怪我をしないように気をつけなさい)」

「ありがとうございます」


 ユウキは礼を言った。


 レースの再戦が決まった。

 ユウキと子スライム、並んで立つ。スタートの合図をするのはヒナタだ。

 スタートラインの手前で深呼吸をするユウキに、ふと、子スライムが話しかけてきた。


「みょみょ(おまえ、レンとなかよし?)」

「そうだね。僕はレンと家族だよ」

「みょーんみょみょ(だったら、先に言う。かけっこが終わったら、レンに謝っておいて。だいじなものとってごめんって)」


 ユウキはちらりと子スライムを見た。それから横目で、レンを見やる。


「そういうことは、自分で伝えた方がいいよ」

「みょみょみょ(ヤダ。ことば通じないし、はずかしいし)」

「やっぱり君たち、よく似てるよ。それにとっても仲が良い」

「みょんみょん! みょん!(ちがうもん。レンはライバルだもん! ライバルは謝らないんだよ!)」

「そんな決まりはないと思うなあ」

「みょみょーん!(いいの! とにかく勝つのはぼく!)」


 ヒナタが怪訝そうに話しかける。


「そろそろスタートだけど……なんか楽しそうだね」

「うん。楽しい」

「えっと。じゃあ競争はやめる?」

「ううん。やめない」


 ユウキはそう言って、スタートの構えを取る。スライムもまた、ぐっと身体に力を入れた。


「むしろ、スライム君がすごく良い子だから、負けたくなくなった」

「男の子ってよくわからないね」


 言葉ほど呆れた様子もなく、ヒナタは一歩下がった。合図を出すためだ。

 一瞬の沈黙。もふもふ家族院、スライム一家、双方の家族が固唾を呑んだ。

 ユウキたちの間に流れる不思議な高揚感に、当てられたのだ。


 ヒナタが手をあげる。


「よーい」


 ユウキは息を吸う。止める。心臓の鼓動と、魂の鼓動が一致する。


「スタートッ!!」


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